ある文通の記録Ⅰ
拝啓 大先生様
ようやく草木もえいづる季節になりました。いかがお過ごしでしょうか。
誰だお前、とお思いの大先生が目に浮かびます。もちろん私の想像する先生が。先生のそのしかめ面、間違いではありません。私とあなたは初めましてです。
私は先生のファンです。先生の小説が好きです。そして私は、先生の小説を盗もうと思っていました。
私事ながら、素晴らしい小説を盗んでもっと素晴らしい小説を書くのが私の使命なのです。おわかりになりますでしょうか。
しかし、困ったことになりました。なぜだか大先生の小説だけは盗めません。あなたはどんな小説を書いてるんですか!
つきましては、あなたの小説を書く上でのHow to なんかを教えていただきたいと思い、こうしてメッセージを送らせていただきました。ぜひ返信をお願いしたいと思います。
泥棒
大泥棒様
拝啓 すっかり春めいて参りました。こちらは桜が咲き乱れ、息をのむほどです。そちらはいかがですか。
さて、わたしは自ら泥棒と名乗る人間を嫌いじゃないので返信させていただきます。
メッセージを拝読しましたが、要約しますと、盗作させてくれということでよろしいでしょうか。いつまでもそんなことをしていると訴えられますよ。たとえ使命でも、法律は厳しいのです。
ええ。答えはNOです。予告する泥棒は嫌いではありませんが、だからと言って盗まれてやる道理はありません。
しかしわたしの小説のファンとのこと。ありがたいですねぇ。
これからもぜひ、宜しくお願いいたします。
敬具
物書き
拝啓 大先生様
葉桜が萌え繁り始めるころ、まだまだ花粉症には辛い季節です。先生は花粉症ですか。
>>要約しますと、盗作させてくれということでよろしいでしょうか。
小説家を目指すものとして、要約するとは先生も無粋ですね。しかし、どうしても要約しなくては気が済まないとおっしゃられるのなら、その通りです。
つべこべ言ってないで小説書くコツを教えろ。
泥棒
大泥棒様
拝啓 忙しいので時候の挨拶は省略させていただきます。因みに花粉症は今のところ免れています。
荒れていますね、泥棒さん。
思うにあなたは、別にわたしの小説を盗みたいわけではないのでしょう。コツを教えてほしいわけでもないのだと思います。いかがですか。
それでもわたしの小説を盗みたいとおっしゃるのなら……いえ、ぜひわたしの小説を読みこんでください。
敬具
物書き
拝啓 大先生様
先生は忙しいのでとおっしゃっていましたが、時候の挨拶の引き出しがもうないのでは?
この前は少し取り乱していました。申し訳ございません。
しかし、私が先生の小説を盗みたい訳じゃない、とは?先生の読みも大したことはありませんね。私が先生の気をひくためにこんなことを言っているとお思いですか?だとしたら私の小説をお読みください。
追伸:先生の小説はもう何度も読みました。
泥棒
大泥棒様
拝啓 わたしは別に時候の挨拶を知らない訳ではありません。無駄だから書かないだけです。考えてもみなさい。小説に時候の挨拶を使う日が来ましょうか。少なくともわたしの小説で使うことはないでしょう。
それにしても、君は少し喧嘩腰なところがあるようです。わたしのファンとは思えませんよ。気をつけなさい。
>>私が先生の気をひくためにこんなことを言っているとお思いですか?
ふむ、その線は考えていませんでしたが、そうだったのですか?それならば君はなかなか頭がいい。わたしはずいぶんと興味をそそられました。
泥棒さん、君の小説を読みました。君の小説は面白くない。そのことを証明したかったのですか?ならばよくわかりました。君はどうやら勉強が足りない。精進なさい。
敬具
物書き
拝啓 大先生様
私は決して喧嘩腰なわけではありません。ただ、世界の不条理と戦っているだけです。
>>ふむ、その線は考えていませんでしたが、そうだったのですか?
違うと言っているでしょう?先生は人の話を聞かない人間なんですね。信じられません。軽蔑します。
それから、私のどこが勉強不足だとおっしゃるんです?いいえ、勉強不足は重々承知しています。しかし、私のことをよく知りもしないのにそんなことは言われたくありません。
泥棒
大泥棒様
拝啓 時候など、『春』と書いておけばいいのです。
さてさて、泥棒さんはまだ若いですねぇ。悪く言えばお子様です。ふふ……お怒りの様子が目に浮かびますよ。落ち着きなさい。
>>軽蔑します。
冗談に決まっているでしょう。それくらいの冗談、ホームランにできるくらいのセンスがなくてどうします。まさか顔も知らない方に軽蔑されるとは思いもしませんでしたよ。しかし感慨深かったです。わたしもこれから、色々な人に軽蔑されていくのでしょう。それくらいの覚悟は持たなくてはならないのだな、としみじみ思いました。
勉強不足……。では試しに、手紙の書き方を調べてご覧。
敬具
物書き
大先生様
拝啓 風薫る爽やかな季節となりました。いかがお過ごしでしょうか。
敬具
泥棒
拝啓 大泥棒様
君は素直なのか素直じゃないのかわかりませんね。なかなか面白いよ。怒らないでください。
実を言うと、わたしも手紙の書き方なんてよく知らないのです。だから我流で行きましょう。少し苛めすぎましたか。
そのお詫びと言ってはなんですが、君の小説について。
まずは君の小説を読ませてはもらえませんか。
物書きより
拝啓 大先生様
むきになって申し訳ないです。今、すごく反省中です。すみませんでした。
でも私の小説は、前に読まれて面白くないとおっしゃいませんでしたか?
泥棒
拝啓 大泥棒様
あれは誰かの真似をして、苦しくなりながら書いたものでしょう。
わたしが読みたいのは、君の小説ですよ。
物書きより
拝啓 大泥棒様
君の小説を読ませてもらいました。なかなかの長編スペクタクル大作ですね。
しかし、その長編スペクタクル大作をメッセージで、無題という題でポンと送られてみなさい。てっきりストーカーの類いかと思いましたよ。わたしはモテますからね。
冗談はさておき、泥棒さんの小説のことですが。
まだまだ若いですな、泥棒どの。未熟者。お子様。
ストーリーも文の書き方もなかなかに王道だ。流石は泥棒。なんとなくいい雰囲気は出ていますよ。王道は面白いから王道なのです。君の小説も面白い。それなのに、面白味のない小説だなと思わせてしまう。どこかで読んだことがあるからです。
王道が悪いと言っている訳ではありません。『次の展開どうしようかなぁ』と思ったときに、『なんかこういう展開を読んだことがある……そこらへんが無難か。よし、それで行こう』などと思ってはいけないと言っているのです。今、心を読まれたかと思いましたか?わたしもいつだってこの悪魔の囁きと戦っているのです。
それから、君の小説は刺激が強すぎると思う。刺激が強い小説は嫌いではありませんが、その場合は、それに対抗するなにかが必要だ。刺激は読者を集めやすいが、読み終わったあとの混乱も招きやすい。切なさ、ミステリー、愛。それらをもう一つの支柱として建てることで、読み終わったあとに安心感が残る。君がホラーを書いたのではなかったのなら、そうするとよろしい。
物書きより
拝啓 大先生様
先生はおモテになるんですね。心底意外です。略して心外です。
若さ=未熟と、先生はお思いのご様子。しかし、若い故に書ける小説もあるのではないのでしょうか。馬鹿にしないでください。私の小説は完成に近づいている訳ではなく、その瞬間瞬間完成された小説です。この前書いた小説も私の小説だし、今書いている小説も私の小説だし、これから書く予定の小説も私の小説です。
泥棒
拝啓 大泥棒様
>>略して心外です。
君はなかなか上手いことを言う。心外そうな顔の泥棒さんが目に浮かびますよ。
瞬間瞬間完成された小説。若さを含めてそれは完成された小説だ、と。でもね、読者がそれを望まないのなら、その小説はやっぱり未熟だ。完成されたとか若さが小説にいい瑞々しさを与えているとか、結局は読者が判断することです。
だから君はお子様なのです。もうここまで来たら怒るといい。わめき散らしなさい。君のことが知りたい。
君はずいぶん自分の小説に誇りを持っているようですね。それならばなぜ、盗作をするのです。どうにも解せない。……いいえ、解るのです。痛いほどに。だからこそ、わたしはこうして君と文通まがいのことをしている。
だから訊きます。君はなぜこんなことをしているのです。
物書きより




