日常。
ただただ毎日を過ごすだけの和宏と、どんなことでも楽しくいきる楽観主義の健汰が織り成す。ただ普通の高校生活。
カンカンと照り返す太陽の光が、眠気に満ちた午後の教室に差し込んだ。
窓際に座る俺は、まとわりつくようなその暑さにうんざりしながら、タラタラと長ったらしく垂れる教師の文句をきいていた。
今やっているのは数学だ。俺がもっとも嫌っている教科、やる気が出るはずもなく授業など上の空で時間が過ぎていく。
(さっさと放課後になんねーかなぁ…)
この教室内で大多数が思っているようなことを思いながら、たんたんとノートに黒板に書かれたことを写していく。と不意に、後ろから肩を叩かれた。
「ん?」
先生に聞こえない程度の声量で肩を叩いた張本人へと問い掛けた。
「ひまだなぁ……。」
「ノート写してろよ。」
他愛のない言葉の応酬を繰り広げる俺達。俺は健汰の広げるノートを見た。空白のページがそこにはあった。
「おま…ノート真面目に写せバカ。」
呆れながら俺は健汰へと言った。
「メンドくさくてさぁ…、あ、そうだあとで校内回ってこね?ほら、なんか最近新しい部活出来たっていってたじゃん。」
力ない表情を浮かべた健汰は、露骨に話を変えてきた。
「別に放課後でも良いだろ…。」
俺はそんな話があったっけなんて思いながら、答えた。我ながらその通りだと思う。
「えぇ~いいじゃん、行こーぜ!!」
「こら!そこ、授業中に騒ぐな!まぁた田中か…、懲りないな?お前は。」
ついつい声を大きくしてしまった健汰が、とうとう先生の鉄槌を下された。
「すみませーん…」
健汰は尻すぼみになりながらも謝り、肩をすくませた。
教室内がドッと笑いに包まれた。俺もその一人だ。
「懲りないな?お前は」
先生がさっき言ったことをそのまま健汰に復唱してやると、健汰は悔しそうに覚えてろよと小さくうめいた。お前はどっかの組織の三下かとでも言ってやりたくなる。
そして。いつの間にか時間がっていたらしい。そんなやり取りをしている間に、授業終わりのチャイムが鳴り響いた。
「んじゃあ、続きはまた今度だ。予習なり復習なり勝手にしとけ~」
適当な口調で教室を去っていく中年先生を見送り、俺は教室を見回した。
健汰が三下みたいなこと言ったから、すぐに向かって来るかと思ったが、当の健汰の姿が教室になかった。
「健汰のやつどこいった、まぁいいか。」
10分後には始業のチャイムが鳴る。どうせその頃にはひょっこりと顔を出すのだろうから俺は気にしないことにした。
だが健汰はそれから五分後には教室に戻ってきた。
嬉々とした表情を浮かべ、まるで子供のように目を輝かせる健汰は、開いた扉を閉めることも忘れ、机の合間を縫っては俺が座る席へと歩み寄ってきた。
開きっぱなしの扉は近くにいた女の子が律儀に閉めてくれた。健汰が申し訳ない。
「なぁなぁ!和、お前、放課後どうせ暇だろ?」
頬杖をついて窓の外を眺めていた俺は、俺が暇だと言うことを前提としたその物言いに、これは訂正しなくては、と呆れ半分に振り向いた。
「…お前なぁ…勝手に人を暇よわばりすんじゃねぇよ。」
溜め息をこぼしながらそう訂正する俺とは逆に、健汰は楽しそうに言葉を紡いでくる。
「いいじゃん、で?暇だろ?」
「ったく、暇ですよ、それがどーした。」
この健汰の子供じみた行動に、クラスのやつらが小さく笑ったのが聞こえた。
俺はそんな子供じみた健汰のテンションにメンドくさくなりながら、暇と決めつけてまで話しかけた理由を聞いた。
「なぁ、探偵部って見付けたんだけどさ、放課後行ってみねぇ?」
健汰が見つけてきたことだ、どうせロクでもないことだと思っていたが、どうもそうではないらしい。
健汰の口から出た言葉とは思えないような単語が飛び出し、俺は少し驚いた。
「はぁ?探偵部?なんだそれ…。」
「だぁかぁらぁ!探偵みたいなことする部活だよ!!」
「そりゃわかるけど…、おまえ、そんなのに興味あったのかよ…初耳だぞ…。」
俺は思っていることをそのまま口にした。こいつは自他共に認めるバカだ、探偵なんてものとはかけ離れていると思っていた。
「そりゃもう、推理小説とか大好きだぜ!」
「……。」
さらに小説。そんなの読むようなやつだったか…?なんて俺は思いながら、心底驚いていた。
「んだよ…!別いいだろ!」
「悪いなんて言ってねぇだろ。」
少し耳を赤くしながら訴える健汰に笑いを吹き出しそうになったがギリギリでこらえた。
「ったく…、でさ、行こうぜ?暇潰しにさ!」
「はぁ…。ガキみたいに目ぇ輝かせてんじゃねぇよ…。」
爛々と目を輝かせる健汰はまさに童心そのものだった、俺はその姿に呆れ半分苦笑半分だった。
「探偵なんてそうそう出来る訳じゃねぇんだからワクワクしてんだよっ!」
子供かと言いたくなる。まぁ、まだ十数年しか生きていない俺達はまだまだ子供なんだろうけど。
「はぁ…つまんなかったら帰るからな…。」
俺は渋々といいながらそれを了承した。
「さんきゅ!んじゃ放課後な!!」
好きなものに真っ直ぐなのは健汰の良いところだ。真っ直ぐすぎて回りが見えなくなるのは玉に傷だけどそれほどということだろう。
子どものような笑みをくれた健汰はそう言ってすぐに自分の席に戻っていった。
「ホント…忙しない奴だな…健汰は…。」
先程から遊び盛りの子供のようにはしゃぐ健汰に苦笑し、また俺は窓の外をながめた。
「……まさか、あいつがそんな趣味とはねぇ…。」
また、あいつの知らない一面をみた。それから時間もそれほど経たない間に、始業のチャイムがなり始めた。
面倒な本日最後の授業が始まった。
空はいつにも増して青い気がした。
♂♀
今日最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
それが鳴りやむより早く、みんな一斉に片付けを始める。どれだけ早く帰りたいんだ何て思ってしまう俺ももう片付けを終えた。
ショートホームルームを手早く済ませ、放課になると、またみんな一斉に教室を飛び出した。
今の時期の俺たち2年は一番自由な頃だ。部活なり遊びなりにみな勤しむんだろう。
とりあえず俺は、さっき健汰に誘われた探偵部とやらを見に行く。不本意だけど仕方がない。
「ここ、ここ」
健汰がそういって、スライド式の木の扉を横にずらした。
教室の入り口にはご丁寧に"探偵部"とデカデカとプレートが下げれている。
健汰に促されるまま中に入ると、一人の生徒が机を並べて横になっている。
顔が見えないがその姿には見覚えがあった。
「滝谷か…。あいつって探偵部なのか?」
「さぁ、そうなんじゃないの?」
「そうよ、私探偵部よ、私が作ったんだし。」
「へぇ…。」
ん?
俺は健汰に話しかけたはずだったのだが、いつの間にか自然に滝谷が会話に混ざりまんでいた。
てか、滝谷がつくった!?
「お前が作ったの!?」
俺たちは驚いた。
まさかこんな部活を作るやつが同学年にいたとは思いもしなかった。
いるとしても1年か、遊び半分の3年だろうと思っていた。
「なに?悪い?探偵みたいなことするの夢なのよねぇ。」
「悪いなんていってないだろ。てか健汰と同じようなこと言ってやがる。」
キッと俺を鋭くにらむ滝谷。
俺と滝谷は中学から一緒だが昔から仲が悪い。なぜか馬が会わないんだ。
「あ…あのぅ…。」
と、そんな会話をしていると、後ろから弱々しい声が聞こえた。
俺たちは一斉に振り替える。
振り返った先にはおよそ今まで見たなかで一番可愛いと思える少女が立っていた。
「あら、朱里、遅かったわね。」
「あっ、すみません…掃除してたから…」
どうやら彼女は本日の掃除当番だったらしい。
「朱里?1年か?」
知らない名前だったから、不本意ながら滝谷に問いかける。
仲の良くないやつに質問するのには勇気がいる。
「そうよ。垣根朱里、新入生のなかでトップクラスの美少女よ!」
まるで自分の子とのように自慢する滝谷。
俺と健汰はそんな滝谷の自慢気な様子をスルーして垣根朱里とやらを見た。
濃茶の髪は腰上まで伸びて緩くウェーブが掛かっており、まるで人形のように整ったかおのパーツ一つ一つが凡人とかけ離れて美しい。
美少女といってさしつかえのない少女がそこにはいる。
「たしかに美少女だ。」
「だな。」
おれと健汰は小さく感想を漏らした。朱里は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。恥ずかしがり屋のだろうか。
そんな仕草もさらに可愛さを際立たせている。
「ちょっと!私を無視しない!!」
「してねぇだろー」
滝谷が吠えた。健汰が宥める。いつもの風景だ。
とりあえず俺は近くの机に腰かけると、三人を順番に眺め、健汰に言った。
「帰っていい?」
「ダメ。」
「入部するために来たんじゃないの?」
「帰っちゃうんですか?」
健汰、滝谷、朱里の順で回答が戻ってくる。いや、即答しなくても…。
滝谷に至っては入部するために来たと思っていたらしい。滝谷がいる部活は入りたかないというのが本音であったが、朱里がいるから迷う。
「はぁ、つかもともと入部する気はねぇよ。」
「なによそれ、冷やかしにでも来たの?」
「さぁな。お前がいるの知ってたら元よりこんなとこ来ねぇよ。」
俺は滝谷のこう言う俺にたいしてすぐ喧嘩腰になるのが嫌いなんだ。
もっとも、俺も売り言葉に買い言葉で答えてしまうのも良くないんだろうけど。
滝谷は滝谷で俺の達観したところが嫌いらしい。この間健汰が聞いたと報告してきた。
「ちょ、おまえら喧嘩すんなよ…。」
「先輩…」
健汰と朱里が仲裁に入ってくれたお陰で事なきを得た。ありがたい。
「わりぃ、やっぱ俺帰る。ここいたらまた迷惑かけそうだからな。」
「おい、待てよ、」
「お前ならともかく朱里に迷惑かけんのは忍びないしな。わり、今度穴埋めするわ」
座っていた机から降りて、俺は出口へと向かった。
教室から出ようとしたそのとき、ぶつかった。
「うおっ?」
「うおっ…」
同じ音が重なった。
ぶつかった反動でよろけながら、ぶつかった相手へと目を向ける。
「悪い。大丈夫か?」
ぶつかった相手は尻餅をついていた。
知らない顔だった。とりあえず謝っておく。
「あぁ、大丈夫、大丈夫、こっちこそ悪いな。ぶつかっちまって。」
人の良さそうな笑みを浮かべて謝る少年。やっぱり見ない顔だ。敬語じゃないってことは先輩なんだろう。
「あ、三枝先輩」
「おっ、未菜ちゃん、早いな。朱里ちゃんも。」
案の定先輩だった。謝ったとき敬語じゃなかった俺をどうか許してほしい。
三枝先輩は教室の中に入ると、俺たちの顔を見て滝谷の顔を見た。
「で?誰?入部希望者?見学?」
「見学っす。」
滝谷に聞いていたんだろうけど健汰が先に答えた。俺としても健汰が答えた方が良かったから口出しはすまい。
滝谷になんていわせたら「冷やかしです」なんてあることないこと言われることは明白だからな。
「そかそか、なんもできないけど楽しんでってな。」
何もないといっておきながら楽しめとはどういうことなのだろうか。
「俺はもう帰ります。」
「あら、そうなの?」
残念そうに三枝先輩が言うと、朱里と健汰が苦笑する。
俺はペコリと頭を下げて探偵部の部室を後にした。
探偵部を後にしてから少し歩くと、背中を叩かれた。
「よっ!少年、元気してるかい?」
中年のオヤジみたいな言い回しで声をかけてきたのは生徒会長の齋藤梓だ。
肩上までのボブの髪に学校指定の制服。
上から下までキチッとしている。さすが生徒会長だ。と感心した。
そんなことよりも、いつもとキャラが違うことに違和感を覚えた。
生徒会長はこんなにボーイッシュじゃないはずなのだが。
「どうしたんですか、会長さん、ガラにもない登場の仕方ですね。」
思いの丈をそのままぶつけてみた。
オブラートとか知ったことじゃない。
「む…、やっぱり似合わないかなぁ。」
ぷっくりと頬をリスのように膨らませる会長。可愛い。
つい撫でたくなったので撫でといた。
うちの会長は撫でられることが好きなのかうっとりとして拒もうとしない。
「やっぱ会長はその方が可愛いです。」
「かわっ…。」
顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。心なしか顔から湯気が出てるように見える。気のせいだけど。
「相変わらず和くんは読めないね…。」
「会長こそ神出鬼没ですね。」
「会長って呼ぶのやめなさい。あたしももうすぐ会長じゃなくなるし、和くんに呼ばれるのヤダ。」
今度は不機嫌そうに頬を膨らませる。これもまた可愛い。
とうの会長様は俺の彼女でもある。
「わかりましたよ、梓先輩」
「先輩も要らないのに…。」
これでも不満か。
俺はできるだけ人前で彼女を名前で呼びたくないんだ。何となくだけど。
「まぁ、名前で呼んでれてるしゆるす!」
「ありがとうございます。」
梓先輩といるとついつい笑みがこぼれてしまう。
そんな先輩が愛しいくて仕方がない。まぁ、それは置いておくとする。
「あ、そだ。和くんもう帰るの?」
当面の目的を思い出したようだ。
梓先輩から問いかけられた俺はこれから帰る旨を伝えた。
「じゃあ、ちょっと待ってて?荷物とってくるからさ、一緒に帰ろ!」
「わかりました、校門前で待ってますね。」
俺が言い終わるや否や人懐っこい笑顔を浮かべたまま生徒会室に走っていった。
その後ろ姿に転ぶなよーと声をかけて、俺も校門前に向かうことにした。
すぐに校門前についた俺は、"唐翁高校"と書かれた石碑が嵌め込まれた門に背中を預けた。
「あれ?槙柴じゃん。彼女待ちかい?」
そうやって待っている俺の元に、いたずらな笑みを浮かべて近寄ってくる生徒がいた。
新嶋省吾。染めた感丸出しの茶髪に、腰パンというチャラ男スタイルの生徒だ。
俺はこう言う見た目だけ頑張りました的な不良が大嫌いだった。
「そうだけど。なんか用か?お前に構ってる暇はねぇんだけど。」
俺はめんどくさそうにそう応対してやったけど、それがやはり癪にさわったらしく、新嶋は睨み付けてきた。相変わらず沸点が低いことで。
「あ?調子こいてんじゃねぇよ!」
一瞬で新嶋がキレた。実際俺が悪いんだけどほんとに沸点が低すぎて辟易する。
案の定新嶋は俺に殴りかかってくる。
俺はそれをギリギリで躱してやった。
それがまた怒りを呼び起こしたらしくまた殴りかかってくる。
「てめぇ、ちょこまかと逃げてんじゃねぇよ!」
「そんなことほざく前に当ててみろよ。」
さっきの滝谷との一連があったせいかおれも若干機嫌が悪い。
また、売り言葉に買い言葉で答えてしまう。
まぁ、もうすぐ梓が来るだろうからそろそろ終わりにしなくては。
次に来る大振りな拳を躱して鳩尾にボディブローを入れて、アッパーカットで顎を撃ち抜いた。
これでちょっとの間は動けなくなるはずだ。と、油断したせいか左頬に鈍い痛みが走った。
いたちの最後っぺってやつか、倒れる前に殴られた。
「って…。」
唇が切れたらしく、手の甲で拭ったら血がついていた。
いや、油断は良くないと思い知らされた。
俺の目の前で伸びてるやつを尻目に、俺はそのあとすぐに来た梓に言い訳をして帰路についた。
空はだんだん薄暗くなり始めてきた。
太陽が沈みかけて、オレンジ色の光を走らせている。
今日もまた一日が過ぎていく。
ありがとうございました~(*´∇`*)
これからもまたよろしくお願いします!