プロローグ
うすらぼんやりとしているうちに学区内の県立学校に無難に入学してから初めての夏がやってきた。
目が覚めると、すでに英語の時間は終わりに近づいていた。暑いからなのか窓は開いていて、そこから心地よい涼しい風が流れ込んできていた。誰かはしらないがグッジョブ。そんなことをぼーっと考えていると、チャイムが鳴り始める。
次はーーって、昼時ではないか。弁当、弁当っと。
さっと取り出したるは手作り弁当だ。この弁当を作ったのは、何を隠そう姉さん。
「よ~し、頑張るぞぉ」
とか言いながら、意気揚々と料理してくれた。にんまり。最高のスマイルで弁当の蓋を開ける。すぐに、俺のスマイルは困惑に満ちていった。
俺の弁当箱は、白ご飯のみだった。
『よ~し、頑張るぞぉ』頑張ったんだ。
このプラスチック製の仕切りはなんのためにあるんだ。飾りではなかったはずなのだが。
「登君がお弁当ってめずらしい」
そこに、一人の少女が現れた。名前は秋野早苗。長くて真っ直ぐな黒い髪にぴょこんと伸びたアホ毛がトレードマークのクラスメートだ。
保育園の頃からの幼馴染で、何かと世話をしたがる困った奴だ。
「あれぇ? おかずないねぇ」
早苗は隣の席から椅子を引っ張ってきて、ごくごく普通の女の子らしい弁当箱を俺の机の上に置いた。
「俺は白飯だけで充分」
そう言い訳をしながら、一口たべようとするーーあれ、箸がついてねえ。
おいおい、なんて凡ミスしてくれてるんだ、姉さんめ。たまたまバックにコンビニの割り箸があったからよかったものの。
「登君。自分の席で食べろって言わなくなったよね?」
「何回言ってもお前が俺の席で食おうとするから」
「そうだっけ?」なぜか満足げに笑顔を見せる。
教室の後ろにある、個人ロッカーから割り箸をとってきて、ただの白米と戦うことになった。
きっと、この白ご飯には何かあるはずだ。端の方からすっと箸を入れ、一口分を口に運んだ。
うまい!
だがーーだ。
弁当一つ分はいらねえ。てか、逆におかずが恋しくなる。おっと涙が溢れてきそうだ。いろんな理由で。
確かにさっき言った。『俺は白米だけで充分』 ってな。しかしながら実際そうなると、存外悲しいものだ。
「今日おかず作りすぎちゃったから、分けてあげるね」
そう言って、早苗は自分の弁当から卵焼きやら鳥の唐揚げを俺の白米がびっしり詰まった弁当箱に入れて来た。
さっきから周りの男子から、物凄い憎悪の篭った殺気と視線痛いほど感じるのは気のせいだろうか?
午後の授業も無事に終わりを迎えた。……寝てたけど。
現在教室にはほとんど生徒は居ず、いつものように俺が最後だ。ガラにもなく戸締りを確認し教室をあとにした。
校門を出たところで袖口を引っ張られた。早苗だ。
「遅いよ~。何してたの?」
「寝てた」
「寝過ぎだよ。あっそうだ」
早苗が鞄からチケットを取り出した。
「何だよそれ?」
「この間、駅の近くにできたケーキ屋さんの食べ放題タダ券」
へぇーーえ? ケーキ屋の食べ放題?
「俺じゃなくて他の女子に頼めないのか?」
「それがね、カップル限定だから男の子と一緒じゃないとダメなんだって」
「……早苗……お前、強引だな」
「そ、そんなことないよ。でもね、どうしても食べたいケーキがあるの。ね、お・ね・が・い」
まったく、女子ってみんなこんなに強引なのだろうか。昼間の弁当のこともあるから俺は渋々早苗について行くことにした。
ーー別腹というものがいかに物凄いのか、早苗を見てわかった。
何も言わずに山のようにあったケーキを一人でたいらげたのだ。ーー恐ろしいぞ。
帰りに近くの公園に立ち寄った早苗は子供のようにはしゃいでいた。
「ねえねえ。かわいいねえ」
そう言って早苗が抱いていたのは猫だ。しかも明らかに他の猫と違っているのが一目でわかる。ーーとにかくでかい。そして丸い。一応、首輪をしてるから飼い猫みたいだが、首輪に付いている綺麗な青色をした水晶みたいな物がやけに気になるが、よっぽどの金持ちの飼い猫なんだろう。ーーたぶん。
「ぷにぷに~。かわいい~」
俺からして見れば、すごい逃げたがってるのが……って、逃げた!
逃げる猫。それを追う早苗。
以外に俊敏な猫に自分の身体能力では追いつかないのがわかったらしく、早苗は俺に協力してと頼み込んできた。ーー仕方がない。協力しよう。
追いかけているうちに公園から勢いよく出てしまった猫。さすがに諦めかけた瞬間だった。トラックがクラクションを鳴り響かせ、物凄い勢いで迫ってきた。
このままだとヤバイ!
ていうか、猫? この危機的状況で何故のん気に丸くなってんだよ!
駄目だ。ーーくそっ。俺は一つ深呼吸をして全速力で猫に向かって走る。
柵を飛び越え、のん気に丸くなってる猫を抱きかかえる。ーーこいつ、見た目以上に重いぞ。
まあ、いい。早いところ公園にーーって!ヤバイ!もう目の前までトラックがーー!
その時、突然猫の首輪に付いていたアクセサリーが強く青白い光を放ち、一瞬であたり一面真っ白になり、そこでプツンと意識が途絶えた。