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コメディシリーズ

梱包マニア

作者:あゆ森たろ

 注意※発送物規定は、2011年7月30日までのものです。


挿絵(By みてみん)



 しんしん、と。静かに雪が降る冬の町。
 床居正の妹、床居なつめは深夜1時、自宅の部屋でひとり、悩んでいた。
 最愛の彼氏であるキース・エレキバンが先月に北海道へ転校してしまったのだが、バレンタインに向けてプレゼントを用意してみたものの、それをどうやって贈るのか……それで悩んでいたのである。
 贈るのは、ハートの形になった手づくりのチョコレート。周りに2つ小さな、白とピンクのウサギのチョコレートが添えてあり、店で悩み選んで買ってきたシンプルな箱に入っている。これをキースに贈る、又は、送ろうと……考えているのは、まずはその発送手段である。

「定形外郵便でいいわよね。最近は到着早いって聞いたし」

 ベッドの上で箱を見つめながら棗は呟いた。一体何処からの情報なのかは不明である。たぶん兄。だが、定かではない。
「発送物に補償も荷物追跡番号も一切つかないけど、早ければいいのよね。シロイヌメール便だと普通で2、3日は着くまでに時間かかるし。発送先がお隣の県だったとしても、5日以上かかったなんて話もあるわ。そんなの待っていらんない」
 深夜1時の呟きは、流暢だった。部屋には誰もいないが、隅っこの棚の上には西方神鬼の写真が飾ってあった。獣のように微笑んでいる。
「速達で出せばいいけどねプラス100円だし……っていうか。そもそも厚さが規定の2センチ超えちゃうじゃん! 話になんないよメール便じゃ! 送れない使えない。ぷー」
 やっぱ厚さがどうとかで悩むより、縦・横・高さの長さを足して90センチ以内で済む郵便だね~、とも言いながら、ふと、窓から見える黒い空を見上げていた。星はなく、雪が代わりに活躍し瞬いている。曇ったガラスから見える空のなかに、愛しの顔が優しく浮かび上がった。
「ああキース……本当は会いたい……」
 乙女心は切なく……いっそ自分をラッピングして届けられたらなどと妄想に走る。背の高い彼に。鼻筋の整った美しい彼に。海苔巻きは切らないで、棒なんだ、棒海苔巻きのまま食べるんだと信念強い日本愛好家な彼に。棗は、疑うことなく突っ走っていく……。
 2人の仲を引き裂いた親と火事の都合が憎かった。彼の家は非常によく燃えた。非常に暖かかったが、ただ悲しい。
「量らなきゃ、ね……」
 泣くのを堪えて専用マイ重さはかり器でチョコだけを量ってみると、50g手前で針は止まった。「梱包すると、幾らかしら」
 郵便の送料は重量制である。よって、重くなればなるほど料金は値上がりし、高くなっていく。100gまで140円、150gまで200円、250gまで240円、500gまで390円、1kgまで580円……。最大4kgまでなら発送できる。同じ50gだったとしてもサイズが定形か、そうでない定形『外』の場合は料金が違ってくるので、注意が必要である。
 ちなみに、『定形』をよく『定型』と書き間違えるが、正しくは『定形』である。
「軽くするんだから、エア・クッションで包まなきゃ」
 クローゼットから取り出した段ボール箱のなかから、気泡緩衝材の束を取り出した。気泡緩衝材とは梱包等に使用される緩衝材のひとつで、メーカーによって「エアキャップ」「プチプチ」「ミナパック」「エアパッキン」「エアクッション」「エアマット」「キャプロン」「エアーバック」等の商標が一般名称のように使われている。「空気の丸いあれ」「パチ岡さん」「ぷちぱっちんぷっちぷちー」等、適当な呼称も多すぎるので統一してくれと誰かが言い出すのを待っていた。「プチプチ」に一票、理由は可愛いからだよと、窓の外の、棗には見える彼の顔に向かって棗は囁いた。聞く者はいなかった。8月8日はプチプチの日だった。

 棗は箱を気泡緩衝材で包み、秤に載せてみれば僅かに50gを超えたことを確認した。「あ、超えちゃった。ま。いいか……」50gを超えると、100gまでは140円となり、それまでには重さに余裕があった。「もっと」棗はどうせなら、と、気泡緩衝材で何重にも包んでみた。さすが気泡、何重と巻いて包んでみても重さは大して重くならない。
「待てよ……?」
 棗は思い発って、段ボール箱のなかからひとつ、小綺麗な箱を取り出した。段ボール箱には側面に『マイ梱包(ハート)グッズ君』とポップ字書きがしてあり、気泡緩衝材の他に使えそうな菓子折りの箱や木箱や封筒、ポリ袋、ビニル袋、ラッピングバッグ、厚紙、色紙、布、シール、缶、瓶、祝儀の袋やソフビ人形など、もはや玩具箱なのかゴミ箱なのか境界の分からないような物になっていた。
 チョコの入っている気泡緩衝材で巻かれた箱を、さらに取り出した箱に入れて量ってみると、100gをオーバーした。「あらら」せっかく偶然にもピッタリと箱に入ったのにと、とても残念そうな顔をした。「いいかな、200円くらいだし……」
 ワンランク送料が上がったが、チョコを無事に傷つかず送れるならと、我慢することにした。乙女心は働いている。「なら、もう少し」棗は調子にのって、さらに手頃な箱に入れた。まだ次のランク、150gまでには余裕があった。「そうだ! 水濡れ対策しておかないと!」折曲がりや水濡れ防止対策は梱包の基本中の基本ではないかこのおバカちゃん☆メーメーと自分の頭をこづきながら、3重に入れられた箱をまた気泡緩衝材で包んだ。たかが気泡、と侮っていると、そのせいで少し150gを超えた。「がーん」ショックが声に出た。しかし重さはオマケしてはくれない、郵便局員のように精密である。

「棗ー、まだ起きてるかー。着払い送り状分けてくれー」

 棗が暫く硬直していると、いきなり兄の正が部屋のドアを開けて来た。
「ちょっとお兄ちゃん! ノックしてよエッチ!」
「エッチっておま。1時だぞ小学生は早く寝てろよ」
「いつまでも小学生じゃないもん、もう中学生だもん! 忙しいんだから早く出てってよ!」
 兄の正はケタケタと笑いながら、「送り状くれ」と再び言った。真っ赤になって興奮していた棗がしぶしぶながら机から着払い用の『ゆうパック』送り状を持ってくると、正に渡しながら「ハゲ!」と言った。
 少々心傷つきながら正は部屋から出て行った。その前にベッドの上にコロンと転がって置いてある小包に目が入っていたが、聞く前に棗によって追い出されてしまっていた。

 気分が悪くなってきた棗は、気持ちを切り替えたいとテレビを点けてみる、すると。
『北は大荒れ』
 天気予報の専門チャンネルをつけてみたが、棗はその情報に驚愕した。
「雪!」
 今晩から朝にかけて、北もしくは北陸地方は大雪が警戒されているという。最悪だった。
「明日の発送じゃ、雪で箱が濡れちゃうかも……。でもバレンタインまでには間に合わせたいし。ああん、どうしよう」
 夜は更けていく。棗の乙女心は加速して止まらない。深夜のハイなテンションも共になって、棗を冷静さからは遠ざけていくのだろう。憎き乙女心、不安は梱包になってチョコを包んでいく……。
 棗はチョコの箱を激しく包んでいった。もう何重になったのだろう。
 結局、箱は500gを超えた。みかん5個以上10個未満くらいの重さである。送料は1kgまでの580円になった。
 これなら、荷物追跡番号や補償が付き、配達日と時間指定ができる『ゆうパック』でもいいのではないか。そうは思うが、届け先までの距離で送料が変わっていく『ゆうパック』では、遠距離となると送料が高くなる。棗の居る所からでは、愛しのキースがいる北海道までは遠い。中学生の小遣いでは到底払えず、できるだけ安く送りたいという心はしっかりと乙女心に勝って働いていた。
 北海道までとなると、発送物は航空便に乗ることになる。ますます梱包を厳重にさせていた。
 激しい夜は、過ぎていく。「580円かぁ……」高くはついたが、棗は満足だった。キースを想いながら、心地よく就寝した……。

 夜中3時。スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている棗の部屋に、そっと、さっきエッチと言われたばかりの兄の正が足音を立てないように忍び込んでいる。
 手に持っていた『それ』を、棗の枕元に置いた。そしてまたゆっくりと、棗に気がつかれないようにドアから外へ出て行ったのだった。『それ』とは――。

『レターパック500』の専用厚紙封筒。郵便局で1枚500円で買える。
 荷物追跡番号が付いており、この封筒に送りたい物を入れて発送する。送料分は封筒購入時に500円を払ったことになるのだった。全国一律500円である。

 朝、棗は目が覚めて封筒を見つけると、住所を書き、早速チョコの入った箱をそのまま入れて封をした。
 すぐに郵便局へ持って行って局員に「よろしくお願い」と伝えた。封筒は渡すだけである。お手軽。


 到着したチョコを見てキースは驚くことだろう。「ワァオ!」チョコは真っ二つに割れていた。
 どうやら梱包する際に触り捲ったせいで、既にヒビでも入ってしまっていたらしい。
 愛のこもりすぎた梱包に意味はなかった。

「オレノ胃ノ中デ1ツニオナリ」
 呪文を唱えてキースはチョコを食べていた。


《END》




挿絵(By みてみん)


 夏真っ盛りなのに冬。

 ご読了ありがとうございました。
※発送物規定は、2011年7月30日までのものです。最新は郵便HPでご確認ください。
※尚、本編より先に自作短編『発送マニア』をご覧になって頂くと、より一層楽しめるかと思います。
(『発送マニア』URL:http://ncode.syosetu.com/n5224j/)

 ではでは、またブログにて。
ブログ あとがき こちら

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