四、冷やし中華は季節限定です。
ダンジョンの外では激しい戦いが繰り広げられていました。
──って、これは僕が実際に現場を見て実況しているわけじゃないんです。なんとなく直感です。音や揺れでそういう想像をしているだけで、実際がどうなのかはわかりません。
しばらくすると戦いも治まり、何人かが最上階へと駆け上がってくる荒々しい音が聞こえてきました。
ウララちゃんが魔法の杖を構えて僕の前に進み出ます。
「私がヤマダさんを守って見せます」
するとそれを邪魔するようにイリア嬢が前へと進み出ます。
「いいえ、イリアが守って見せます」
「違います! 私です!」
「いいえ! イリアです!」
「私です!」
「イリアです!」
言い合う二人を引き裂くようにして僕は彼女達を後ろへと引っ張り戻した。
二人が驚いた顔で僕を見て呟きます。
「ヤマダさん……」
「ヤマダ様……」
目を合わすことなく僕は二人を背後に庇い、そして真剣に叱りました。
「もういいかげんにしてくれよ。どっちも先に戦わせるつもりはないし、守られる気もないよ。
たしかに僕はパーティの中で一番弱い。
勇者なのにみんなの意見に圧されっぱなしで自分の意見もハッキリと言えない。
けど、たとえどんなに弱くても、僕は女の子に守られるほどヘタレ勇者なんかじゃない」
僕は見習いの剣を構えます。これから入ってくるであろう敵に向けて。
「守られる勇者になりたいんじゃない。──僕は、仲間を守れる勇者になりたいんだ!」
バン! と、勢いよく扉を開けて現れたのは、なんとラウル君でした。
ラウル君が片手に担いだ貴族勇者を振りかぶって構えます。
「試験合格にしとくよ! おめでとう、ヤマダ君!」
豪快に、かつ剛速球に。ラウル君は、お祝いの言葉とともに気絶した貴族勇者を僕に向けて投げつけてきました。
僕はハッとしました。逃げるよりも先に、どうでもいいことが脳裏を過ぎります。
「ら、ラウル君!? たしか実家に帰ったはぶがッ──!」
飛んできた貴族勇者を全身で受け止めて、僕は言葉半ばに貴族勇者とともにぶっ飛ばされました。
「ヤマダさん!」
「ヤマダ様!」
砲弾並みの勢いで僕はゴースト達の群れを蹴散らし、そのまま勢いあまって壁に激突。
貴族勇者とともに崩れた壁の瓦礫に埋もれ、残りHPは2。
瓦礫に埋もれる僕を心配し、ウララちゃんとイリア嬢が駆けつけてきます。
まぁたしかに守られる勇者にはなりたくないけど、ほんの少しくらいは癒しを求めてもいいよね。
それとラウル君。先に言っとくけど、壁が二枚仕込じゃなかったら僕、城の外に放り出されて軽く死んでたんですけど。
そんな生死ギリギリの手加減をしてくる仲間の愛情に、完敗☆
……ぐふっ。
「ヤマダさん、しっかりしてください!」
「ヤマダ様、死んではなりません!」
遅れてクレイシスさんとグランツェ、リクさんが一緒になって現場に到着しました。壊れた壁を見て足を止めます。
「遅かったか……」
「ヨーイチ!」
心配に駆け寄ろうとするグランツェの隣で、ラウル君が再び──今度は気絶した白魔法使いさんを片手で担いで構えてきます。
「もう一球」
「止めや、ラウル。もうやりすぎや」
リクさんが魔弾銃を構えて、
「最後は私が──」
クレイシスさんが止めます。
「それはいつでもできる」
「そうね」
「オイ。違うやろアホ兄妹」
びしと、グランツェが珍しく二人にツッコミを入れました。
僕はようやく瓦礫の中から助け出されます。
「ヤマダ様」
「私が回復系の魔物を召喚してヤマダさんを治癒してみせます」
魔法陣を描こうとするウララちゃんの手を必死に掴んで引き止め、僕は首を横に振った。
それ、絶対呼び出された魔物に殺されるパターンのやつだよね?
僕はラウル君へと目を移し、早々に本題に入る。
「試験合格ってどういう──」
「これはあんまりにございます、お兄様!」
「え?」
イリア嬢からびっくり発言です。
僕は語尾を疑問に変えて驚き目で二人を交互に見ます。
「ど、どういうこと?」
ラウル君はにこにこと笑って答えます。
「ごめんね、ヤマダ君。実は今回の依頼を先生にお願いしたのはボクなんだ」
僕はイリア嬢に指を向け、
「え? でも先生はイリア嬢から……」
ふと、僕の脳裏にあの時の先生と交わした言葉がよみがえります。
『山田。第四試験は護衛だ』
『はい、先生』
『どうした? 山田』
『誰をどこにどのように護衛ですか?』
『アップリナ大公の娘──イリア嬢が隣国でサマー・ライブを決行するそうだ。その会場までの護衛だ』
……あれ?
会議でグランツェが言っていた会話もよみがえってきます。
『あのイリりんが俺らに護衛を頼むはずがないやろ』
『ま、まぁたしかにそうだけど……』
『お前はカルロウ教師に騙されたんや』
……あ、あれ?
『イリアは本物でございます。今回の依頼のこと、学校からお聞きになったのでは?』
『護衛の話ですよね?』
『はい』
『僕たちで本当にいいんですか?』
『あなた方はけして誰も受けないような過酷なクエストをも絶対に断れないパーティだと聞いています』
僕は大事な何かを忘れていることに、今ようやく気付いた。
向けていた指をイリア嬢からラウル君へと移して、
「じゃぁもしかして僕たちの本当の依頼人って──」
すると、いきなり何を思ってかイリア嬢が駆け出し、ラウル君の胸に飛び込んでそのままポカポカと叩き始めます。
「お兄様は嘘つきでございます! ヤマダ様はたしかに統率力も戦闘力もスライム並みに弱かったですが、それでも信頼できる勇者でございました!」
ラウル君は笑ってそれを受け止めながら、
「そうだね。イリアがそう言うなら信じるよ。ボクのチームリーダーはたしかに激弱だけど、これからはちゃんと信頼しようと思う」
ラウル君が僕を見てニコリと笑います。
あぁそうか。そうだったのか。
僕はようやく本気で、これから仲間の為に強くなろうと決心しました。
ラウル君がイリア嬢の頭をなでなでして機嫌を戻します。
「帰ろう、イリア。ライブでみんなが待ってるよ」
◆
──それから一ヶ月後。
着物姿の似合う黒髪の少女は、手に持っていたピンクの封筒を胸に抱き「ほぅ」と静かに息を吐く。
「これが恋というものなのですね」
少女はひとしきり自分に酔いしれた後、行動に出る。
目前にある靴箱のフタを上品な仕草で開ける。
そこから香りくるスイーティな刺激臭。
思わず二つ指で鼻をつまむ。
そして、さきほどまで抱きしめた封筒をそっと靴の上に置くと、何事もなかったかのように優しくフタを閉じた。
少女はその靴箱に想いを寄せ、仄かに頬を染める。その脳裏に浮かぶ美化された男の顔。
『護衛というのは【削除】あなたの身を守ればいいんですよね?』
「そうですよね? 山田洋一さま」