四、冷やし中華始めました。
風に揺らめく黒い髪。
着物姿のとても似合うその少女は、手に持っていたピンクの封筒を胸に抱き、「ほぅ」と静かに息を吐く。
「これが恋というものなのですね」
少女はひとしきり自分に酔いしれた後、行動に出る。
目前にある靴箱のフタを上品な仕草で開ける。
そこから香りくるスイーティな刺激臭。
思わず二つ指で鼻をつまむ。
そして、さきほどまで抱きしめた封筒をそっと靴の上に置くと、何事もなかったかのように優しくフタを閉じた。
ほぅ。
少女は息を吐いて、両手を心の臓へと当てる。
ドキドキ、ドキドキ……。
恋というものは突然始まるものです。
冷やし中華もそう。
偶然入った食事処で、ふと壁にぶら下がったメニュー板へと目をやると、いつの間にか『冷やし中華』が仲間に入っている。
本当はおソバを食べに来たはずだったのに……。
あぁ、なぜわたくしはこんなにも冷やし中華というものに惹かれるのでしょう。
目移りしてはいけない。
でも気になるのです。
この高鳴る気持ちは偶然でしょうか。
──いいえ、運命です。
わたくしと彼はいつかこうやって出会う運命にあったのです。
少女はその靴箱に想いを寄せ、仄かに頬を染める。
まるでその人物がそこに居るかのように、
「そうですよね? 山田洋一さま」