もふもふ王子はお墓の下のから
異世界の小さな村には、古い言い伝えがあった。
村はずれのお墓に花を供えると、いつか「もふもふの守り神」が現れて、寂しい人のそばにいてくれる――と。
私は、その言い伝えを少しだけ信じていた。
「おじいちゃん、今年も来たよ」
両親を亡くした私にとって、おじいちゃんのお墓は心の支えだった。
白い花をそっと供えた、そのとき。
ぽこん。
「……ん?」
墓石の横の土が、小さく盛り上がった。
ぽこん。
また盛り上がる。
「ま、まさか……」
土の中から、
もふっ。
真っ白な毛玉が顔を出した。
「…………」
「…………」
大きな耳が、ぴこぴこ動く。
「……こんにちは?」
すると毛玉は、
『こんにちは』
「しゃべった!」
驚く私をよそに、毛玉は一生懸命、土から這い出してきた。
その姿は、小さな白い獣。
丸い体。
短い足。
ふわふわの尻尾。
あまりの可愛さに、私はしゃがみ込んだ。
「あなた、どこから来たの?」
『ここ』
「……お墓から?」
『うん。ずっと寝てた』
「寝てたんだ……」
『寒かったから、出てきた』
私は思わず笑った。
「じゃあ、うちに来る?」
『いいの?』
「うん。温かいスープもあるよ」
『行く』
返事が早かった。
その日から、白いもふもふは私の家に住み始めた。
名前は「モフ」にした。
「モフ、今日はパン焼いたよ」
『食べる』
「お茶もあるよ」
『飲む』
「お昼寝する?」
『する』
「……ずっと寝てない?」
『幸せだから』
そんなモフとの暮らしは、毎日が穏やかだった。
ところがある朝。
「モフ?」
いつもの場所にいない。
慌てて探していると――
「誰だ!」
家の外から、若い男性の声がした。
扉を開ける。
そこには、銀色の髪をした青年が立っていた。
「……モフを知らないか?」
「え?」
「白い獣だ。俺の大切な――」
青年の頭の上で、
ぴこ。
白い獣耳が動いた。
「…………」
「…………」
青年の後ろから、ふさふさの白い尻尾が出ている。
「……モフ?」
私が呼ぶと、青年は固まった。
「……なぜ分かった」
「尻尾」
「…………」
「それと耳」
青年は真っ赤になった。
「……俺は月の精霊だ」
「はい」
「長い眠りから目覚めた」
「はい」
「そして、お前に拾われた」
「……はい」
青年は少し困ったように笑った。
「本当は、ずっと人間の姿になれなかったんだ」
「どうして?」
「誰かを好きになったら、姿を変えられると言われていた」
「……え?」
青年は私を見る。
「君が毎日、俺にご飯をくれた」
「うん」
「寒くないかと毛布をかけてくれた」
「うん」
「頭を撫でてくれた」
「……うん」
「だから」
彼は少し照れながら笑った。
「気づいたら、人間になっていた」
私は頬が熱くなった。
「じゃあ……私のこと、好きなの?」
「うん」
即答だった。
「とても好きだ」
その瞬間。
青年の耳が、ぴこぴこと嬉しそうに動いた。
私は思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
「笑わないでくれ」
「だって……可愛い」
「俺は精霊王なんだけど」
「でも、もふもふ」
「…………」
青年は諦めたように目を細めた。
「君になら、何と呼ばれてもいい」
そう言って、そっと私の手を握る。
「これからも、君の隣にいていい?」
「うん」
私は笑って頷いた。
すると彼の尻尾が、ふわりと私の手に巻きついた。
「……尻尾まで甘えん坊なんだね」
「これは勝手に動く」
「ふふっ」
村では今でも言われている。
お墓に花を供えると、もふもふの守り神が現れる。
でも私は知っている。
あのもふもふは、私を守るために来たのではない。
ただ――
寂しかった二人が、もう一人にならないために出会ったのだ。
今日も隣では、銀色の髪と白い耳を持つ彼が、幸せそうにお昼寝をしている。
「……モフ」
「ん?」
「おやつ、できたよ」
「起きる」
「やっぱり食べ物には弱いね」
「君が作るものだから好きなんだ」
「もう……」
小さな家に、二人の笑い声が響いた。




