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追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~  作者: 黒崎隼人


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第8話「予兆は、風に乗って」

 それからの日々は、まさに夢のような時間だった。


 朝は焼きたてのパンとハーブティーの香りで目覚め、昼は店の手伝いや森での採取、夜は暖炉の前で静かに語り合う。


 ゼフィルの呪いは、エリナの毎晩の治療のおかげで、驚くほど安定していた。黒い痣は少しずつ薄くなり、発作が起きることもなくなった。


 村人たちも、すっかりゼフィルに馴染んでいた。


 最初は怖がっていた子供たちも、今では「ゼフィルお兄ちゃん!」と彼の足にしがみついてくる。ゼフィルは困った顔をしながらも、決して彼らを振り払ったりはしなかった。高い高いをしてやったり、木彫りの小さなおもちゃを作ってやったりと、意外な面倒見の良さを発揮している。


 だが、幸せな時間は、いつだって脆いものだ。


 不穏な風は、王都の方角から吹いてきた。


 ある日の午後。


 行商人が店にやってきて、世間話のついでに気になる情報を落としていった。


「いやあ、王都のほうじゃ大変らしいですよ。新しい聖女様が、まったく使い物にならないって噂でね」


 エリナの手が止まる。


 行商人は気付かずに続ける。


「前の聖女様を追い出したバチが当たったんだ、なんて言う人もいますよ。おかげでアレク王子様のご機嫌は最悪だとか。なんでも、騎士団を総動員して『本物の聖女』を探させてるそうです。それに、国境付近で謎の疫病が流行りだしたとかで……今の聖女様じゃ抑え込めないらしいですよ」


「……そうですか」


「物騒な話ですよねぇ。あ、この傷薬を二つください」


 客が帰った後、エリナは複雑な表情でカウンターを見つめていた。


 予想はしていた。


 自分の力が、見た目は地味でも、実質的な効果が高いことは分かっていたから。あの派手なだけの聖女では、重い病気や怪我は治せない。


「エリナ」


 ゼフィルが静かに彼女の名前を呼んだ。


 彼は店の奥から会話を聞いていたのだろう。その表情は厳しかった。


「奴らがここへ来る可能性はあるか?」


「……分かりません。でも、私は王宮を出る時、行き先を誰にも告げませんでした。この村のことも、知っている人はいないはずです」


「だが、俺たちが目立てば噂は広まる。今日のような行商人を通じてな」


 ゼフィルの指摘はもっともだった。


「辺境に凄腕の薬師がいる」という噂は、いずれ王都の耳にも届くだろう。そして、そこには「黒い騎士」がいるという情報もセットで。


 ゼフィルは窓の外、王都の方角を睨みつけた。


 彼自身の失踪も問題になっているはずだ。騎士団長が長期間行方不明となれば、捜索隊が出ているに違いない。


 もし、エリナとゼフィルが一緒にいるところを見つかれば、どうなるか。


 追放された聖女と、失踪した騎士団長。


 王家にとって、これほど都合の悪い組み合わせはない。


「俺が、ここを出るべきか」


「ダメです!」


 エリナは即座に叫んだ。普段の彼女からは想像できないほど強い口調だった。


「治療はまだ途中です。今やめたら、呪いがぶり返してしまいます。絶対にダメです」


「だが、俺がいることでお前に危険が及ぶ」


「そんなの、今さらです! 私はもう、ゼフィルさんがいない生活なんて考えられません」


 ハッとして、エリナは口を押さえた。


 勢いで言ってしまった言葉。頬がカッと熱くなる。


 だが、訂正はしなかった。それが本心だったから。


 ゼフィルは目を見開き、それから困ったように、けれどどこか嬉しそうに口元を緩めた。


「……分かった。俺も、お前を置いていく気はない。何が来ようと、俺が守る」


 彼はエリナの手を取り、その手の甲に誓いのキスを落とした。


 騎士の礼。忠誠と、それ以上の感情を込めた誓い。


 エリナの心臓が早鐘を打つ。


 しかし、運命の歯車は無情にも回り始めていた。


 翌日、村の入り口に見慣れない旗を掲げた馬車の一団が現れたという知らせが、村の自警団から飛び込んできたのだ。


 掲げられた紋章は、王家のもの。


 そして、その馬車の周りを固めるのは、ゼフィルがよく知る王宮騎士団の鎧だった。


「来たか……」


 ゼフィルは腰の剣を手に取った。


 エリナは震える手でポポを抱きしめる。


 平穏なスローライフは、終わりを告げようとしていた。


 だが、二人の手はしっかりと繋がれていた。もう、誰も一人で戦う必要はないのだから。

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