第7話「森の薬草店、はじめました」
その日、ついに『フォレスト薬草店』の看板が掲げられた。
開店初日。
客が来るかどうか不安だったが、村の噂ネットワークは侮れない。「森の廃屋に、凄腕の薬師と、とんでもないイケメンが住み着いたらしい」という話は、瞬く間に広まっていたようだ。
「ごめんください。腰の痛みに効く湿布があると聞いたんじゃが……」
最初にやってきたのは、近所の農家のお婆さんだった。
続いて、風邪気味の子供を連れた母親、畑仕事で指を切った青年と、客足は途絶えない。
エリナは一人一人の話に丁寧に耳を傾け、症状に合わせた薬草を調合し、時にはその場で手当てをしていく。
その診断の的確さと、手当ての優しさに、村人たちはすぐに魅了された。
一方、ゼフィルはというと。
「……荷物か。そこへ置け」
「ひっ! は、はいぃ!」
彼は店の奥で、力仕事や品出しを手伝っていたのだが、その鋭い眼光と低い声のせいで、配達に来た若者を怯えさせてしまっていた。
本人は真面目にやっているつもりなのだが、どうにも「強面の用心棒」にしか見えない。
「ゼフィルさん、もう少し笑ってください。子供が泣いちゃいます」
「……これが普通の顔だ」
エリナに注意されて、ゼフィルは不機嫌そうに眉間のシワを深くする。
だが、ポポが彼の肩に乗って「キュ!」と愛想を振りまくと、不思議と彼の威圧感も中和されるようだった。
強面の大男と、可愛い小動物の組み合わせ。このギャップが意外にも村の女性たちの心を掴んだらしい。
「あの人、怖そうだけどリスさんには優しいのね」
「案外、いい人なのかも」
そんなひそひそ話が聞こえてくる。
忙しい一日が終わり、店を閉めた頃には、空には満天の星が広がっていた。
村は明かりが少ない分、星が降るように近くに見える。
エリナとゼフィルは、店の前のベンチに並んで座り、夜風に当たっていた。
二人ともクタクタだが、心地よい充実感があった。
「大繁盛でしたね。ゼフィルさんが手伝ってくれなかったら、回らなかったと思います」
「俺は、立っていただけだ。……だが、悪くはない気分だ」
ゼフィルは空を見上げながら、ポツリと言った。
剣を振るい、敵を斬るだけの日々。
誰かに感謝されることなど稀で、恐れられることが常だった。
だが今日、老婆に「ありがとう、楽になったよ」と言われた時、胸の奥にあった冷たい塊が少し溶けたような気がしたのだ。
「ゼフィルさん」
静寂の中、エリナの声が響く。
彼女は真剣な表情で、彼の方を向いていた。
「お話があります。……あなたの、その呪いのこと」
ゼフィルの体が強張る。
ついに、この時が来たか。
「昨日の夜、調べてみたんです。その症状、たぶん『竜血の呪い』ですよね? 古い文献に記述がありました」
「……ああ。そうだ」
隠す意味はない。ゼフィルは観念して頷いた。
黒竜討伐の際、最期に浴びた返り血。それが彼の体を蝕み続けている。
「これまでは抑制するだけで精一杯だったはずです。でも、私なら完全に消せるかもしれません」
「なに?」
ゼフィルは目を見開いた。
完全に消す? そんなことができるはずがない。
「私の力は、細胞の記憶を呼び覚ますものです。時間をかければ、竜の血に侵食される前の、真っ白な状態まで戻せるはず。ただ、それには時間がかかります。一ヶ月か、二ヶ月か……もっとかもしれません」
エリナは、祈るように両手を組んだ。
「だから、ゼフィルさん。治るまで、ここにいてくれませんか? 私の店を手伝ってくれるお礼に、私があなたの主治医になります」
それは、提案というよりは、告白にも似た響きを持っていた。
ここにいてほしい。
その言葉が、ゼフィルの心の防壁を易々と越えてくる。
「……俺は、厄介者だぞ。追手がかかるかもしれない。呪いが暴走して、お前を傷つけるかもしれない」
「その時は、私が全力で治します。それに、ポポもゼフィルさんがいないと寂しがりますし」
エリナの肩の上で、ポポが同意するように尻尾を振った。
彼女の瞳には、一点の曇りもない信頼の色が宿っている。
ゼフィルは長く息を吐き出し、頭をガシガシとかいた。
完敗だ。
この小さな聖女には、剣も威圧も通用しない。
「……分かった。契約成立だ」
「本当ですか!?」
「ああ。だが、タダで治してもらうつもりはない。俺の剣はこの店と、お前のために振るう。用心棒代わりくらいにはなるだろう」
「ふふ、心強いです! 最強の用心棒ですね」
エリナが嬉しそうに笑う。
その笑顔を、ずっと守りたいと思った。
夜空に流れる星に、ゼフィルは密かに誓った。
この場所と、この女性を守り抜くと。




