エピローグ「春風に揺れる約束」
あれから、季節は一巡りした。
ナギの村には、また春が巡ってきている。
雪解け水が小川を走り、森の木々が一斉に芽吹く季節。
私たちは今日も変わらず、この丘の上の店で暮らしている。
王都からの干渉は一切なくなった。噂によると、アレク王子は廃嫡され、辺境へ送られたらしいが、真偽は定かではないし、興味もない。
私たちにとっては、今日の夕飯のメニューの方がよほど重要だからだ。
「エリナ、裏の畑のキャベツが食べ頃だぞ」
「本当ですか? じゃあ、今夜はロールキャベツにしましょうか」
「悪くない」
ゼフィルが泥だらけの長靴で店に入ってくる。
すっかり農作業も板につき、今では立派な農夫兼店員兼私のパートナーだ。
そして、私の左手の薬指には、彼が不器用ながらも一生懸命彫ってくれた、木の指輪が収まっている。
宝石なんてついていないけれど、森の守り木の枝で作られた、世界でたった一つの宝物。
「どうかしたか?」
私が指輪を見つめて微笑んでいると、ゼフィルが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「ううん、なんでもないです。ただ、幸せだなって」
「……そうか。俺もだ」
彼は短く答えて、私の頭をポンと撫でた。
その手は大きくて、温かくて、安心の塊だ。
ポポが「ごちそうはまだか」とばかりに足元で騒ぎ出す。
「はいはい、今作るから。ゼフィルさん、手伝ってくださいね」
「ああ、任せろ。キャベツの芯抜きなら誰にも負けん」
そんな小さな自慢をしながら、彼はキッチンへと向かう。
窓を開けると、春の風が店の中を吹き抜けていった。
かつて「無能」と呼ばれた聖女と、「処刑人」と呼ばれた騎士。
ここにあるのは、そんな肩書きのない、ただの二人と一匹の、愛おしい日常。
これからもきっと、色々なことがあるだろう。
でも、大丈夫。
この温かい手と、この場所がある限り、私たちはどこまでも生きていける。
春の陽だまりの中で、私はもう一度、この幸せを噛み締めた。




