第11話「二人の居場所、これからの約束」
王子の馬車が見えなくなるまで、私たちは店の入り口で見送った。
もう二度と、彼らがここへ来ることはないだろう。
最後に見せたゼフィルの気迫と、私の力が巻き起こした現象は、彼らの心に修復不可能なほどの恐怖と畏敬を植え付けたはずだ。
それに、あの騎士たちが王都へ戻れば、真実が広まるのも時間の問題だ。「本物の聖女は辺境にいた」と。
でも、もう関係ない。
彼らが何を言おうと、私たちはここで生きていくのだから。
「終わった……のね」
私は大きく息を吐き出すと、急に足の力が抜けてしゃがみ込んでしまった。
極度の緊張と、全力を使い果たした反動だ。
ポポが心配そうに駆け寄ってきて、私の頬を舐める。
「エリナ」
ゼフィルが膝をつき、私と同じ目線になった。
その顔には、いつもの険しい表情はなく、どこか晴れやかな、それでいて困ったような色が浮かんでいた。
「大丈夫か」
「はい……ちょっと疲れちゃいましたけど」
「お前は、無茶ばかりする」
彼は大きなため息をつくと、そっと私の手を握った。
大きくて、タコだらけの騎士の手。
その手から伝わる体温が、私に「日常」が戻ってきたことを教えてくれる。
「ゼフィルさんこそ。あんなに血を吐いて……体、本当に大丈夫ですか?」
「ああ。嘘のように軽い。お前のおかげだ」
彼は自分の胸を拳で軽く叩いた。
もうそこには、あの忌まわしい黒い痣はない。完全に消滅したのだ。
「契約、完了ですね」
私が少し寂しさを紛らわせるように笑うと、ゼフィルが眉をひそめた。
「契約?」
「呪いが治るまでここにいる、っていう契約です。もう治りましたから、ゼフィルさんは自由ですよ。騎士団に戻るのも、旅に出るのも……」
「戻るわけがないだろう」
彼は私の言葉を遮るように、強く言い切った。
「俺の居場所はここだ。王都でも戦場でもない。この小さな薬草店と、お前の隣が、俺の生きる場所だ」
「え……」
「言ったはずだ。俺はもう、ただのエリナの騎士だと」
ゼフィルは私の手を引き寄せ、今度は手の甲ではなく、指先に口づけをした。
その瞳は熱っぽく、真剣そのもので、私は顔が沸騰しそうになる。
「だから、改めて頼みたい。俺をここで雇ってくれ。給金はいらない。ただ、お前と共に生きていきたい」
「……ずるいです、そんな言い方」
涙が溢れて止まらなかった。
嬉しくて、安心した涙。
私は何度もうなずいた。
「はい。はい……っ! ずっと、そばにいてください。私には、あなたが必要ですから」
ゼフィルが優しく私を抱き寄せる。
鋼のような腕の中に包まれて、私は彼の匂いと温もりに満たされた。
ポポが「キュキュッ!」と冷やかすように鳴いて、私たちの周りを走り回る。
店内に咲き乱れた花々が、二人を祝福するように揺れていた。
これが、私と彼の新しい物語の始まり。
国を追われた無能な聖女と、居場所を失った呪われた騎士。
二人の欠けたピースが重なり合って、世界で一番温かい幸せな場所が生まれた瞬間だった。
窓の外には、抜けるような青空が広がっている。
私たちのスローライフは、これからが本番だ。




