【短編小説】ばいばい、キャラメル、BOX
こんな事になるなら俺もキャラメルくらい食っておくべきだった。
そう思ったが既に手遅れだ。
俺たちはゆっくりと時空の狭間に飲み込まれていく。
あいつは最期の食事がキャラメルか。俺も煙草を吸っておくべきだった。
だが煙草を吸うたびに少し悲しそうな顔をして笑う妻の顔を思い出して涙が出た。
「愛してる──」
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「そんな開け方しなくてもいいだろ」
サイコロ型のキャラメル箱をまるで破る様にして開けている相棒を咎めると、その相棒は照れくさそうに笑った。
「おまじないっすよ、円環の理から抜け出せる様にっす」
「円環の……?まぁなんでもいいけどよ、次はどこだっけ?」
相棒はキャラメルを口に放り込むと、ナビを見ながら答えた。
「えーと、千歳船橋行って、祖師谷行って、最後は杉並っすね」
そうか、まぁ今夜はそんなもんかと合槌を打って胸ポケットから煙草を出して火を付けた。
「あ、車内禁煙っすよ」
相棒が車内ドラレコを指しながら、すかさず嗜めた。
「ドラレコは接触不良だから平気だ」
俺は窓を開けて煙を吐き出した。真っ白い煙が千切れながら飛んでいく。
「千歳船橋、祖師谷、杉並か。まぁ3つなら足りるな」
若い頃はパワースポットを馬鹿にしてたのに、今はそのエネルギー充填屋になるとは思ってもいなかった。
「だと思うっすけど」
相棒は若いのにこんな稼業で良いのか?
どこか疲れた横顔を眺めていた。
「足りなかったらすまんな」
その為だけに寄り道はしたくない。
ダメだったら運転させてる相棒にメシのひとつでもオゴってやんなきゃならない。
「そん時はメシ奢ってやるよ」
「マジすか!」
やった、と喜ぶ相棒の顔がオレンジ色の街灯に照らされる。だが浮かび上がった影はやはり、少し悲しそうな表情に見えた。
また煙草を吸ったの、とあいつが悲しそうに笑う。
俺は少しだけな、と言って笑う。
キスをすると煙草の匂いがする、とあいつが言う。
俺は臭いと言わないところが好きだよ、と言って抱きしめる。
「そろそろっす、準備お願いします」
相棒の声が現実に引き戻す。
車を降りて荷台に積まれたタンクにキーを差し込んで機械の電源を入れる。
いくつかの照明が付いたり、メーターが動いたり、機械的な唸り声を上げたりする。
相棒はハンディサイズのメーターを取り出して地面に向けていた。
「あー、かなり減ってますね」
「メシが賭かってるからな、サバ読むなよ」
俺はタンクのレバーを動かしてトリガーを引けば注入できる状態にしたまま相棒の傍に立った。
相棒は嬉しそうな顔を向けた。
「いやこれ、メシゴチほぼ確っすよ」
言ってろ、と俺は鼻で笑ってノズルを地面に突き立てる。
トリガーを引くと、少し遅れて黒いゴム管の中をエネルギーが這う感触が手に伝わった。俺はタンクに付いたメーターを見ながらトリガーを引き続ける。
「おい、まだかよ」
さすがに不安になって訊いた。
「まだっす。言ったじゃないすか、かなり減ってるって」
「それにしたって随分だぞ」
残量も不安だし財布だって不安だ。
「誰かネットで紹介でもしたんじゃないすかね」
「そんなバズネタ見かけて無いんだがな」
ネット調査とか小まめにやってるの意外っすね、と言った相棒の顔が凍り付いた。どうしたと訊くまでも無く事態を察知する。
相棒の手の中にあるメーターが赤く点灯して警報音を響かせた。
こちらのタンクもメーターの針はエンプティを指して警告灯が点いている。
反転が始まっていた。
パワースポットにエネルギーの供給が追いつかず、辺りのそれらを吸引し始めているのだ。
つまり、俺たちは“間に合わなかった”のだ。
「おい、保険にはちゃんと加入してたよな」
終わったなと言う気持ちになったが、頭は冷静だった。
赤い警告灯でもはっきりと分かるくらいに、相棒の顔は青褪めていた。
「な、なんすかこんな時に」
「だから訊いてんだよ」
怒鳴ると相棒は「当たり前じゃないすか」と叫び返した。
よし、まだ金玉まで縮み上がってはないみたいだ。
あとは逃げられるか、だが。
「やべえっす、身体が動かないっす」
相棒が泣きそうな声を上げる。
黙っている俺に不安を覚えたのか「このままだと俺たちも取り込まれるっすよ」と喚いた。
それでも足りないのか自棄になったのか、癇癪を起こした子どもみたいな声で全身を動かそうとしている。
俺も知っている限り色々と試したが、どうにも無理だと悟った。
反転した力場がこれほどまでとは予想外だった。
「腹減ったな」
相棒が癇癪を止めてこちらを見た。
「何喰うか決めたか」
その顔を見て訊いた。
「何言ってんすか、こんな時に」
相棒の泣き顔は恐怖と怒りでマーブル模様になっていた。
そりゃそうだろう、死ぬかもしれないのに腹が減っただとか言う奴がパイセンじゃ厭にもなる。
だが、それでいい。
「焼き肉でも寿司でもいいぞ、何か考えておけ。焼き肉ってな、牛丼とかのいつも食うヤツは無しだ。本当に喰いたいもん、考えておけ」
「そんな場合じゃ───」
相棒は泣いているのか怒っているのか、半端な表情のままゆっくりと景色に溶けていった。
ぽとり、と小さな音を立てて半端に破られたキャラメルの箱が地面に落ちた。
あいつ、泣くよなぁ。
腹、減ったなぁ。
こんな事になるなら俺もキャラメルを貰って食っておくべきだったな。
あぁ、あいつは最期の食事がキャラメルか。
俺も煙草を吸っておくべきだった。
煙草を吸いたい。
意識が溶けていく中で、煙草を吸うたびに少し悲しそうな顔をして笑う妻の顔を思い出して涙が出た。
「愛してるよ──」




