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第13話 試験の再編

 午前の鐘が一つ。学究院の門前に、新しい掲示が立った。

〈公開試験・常態運用〉

 一、抽選枠+基礎点(入口の形)

 二、第三者監督(図書塔)

 三、演習問題の定期公開(準備は平等の親戚)

 四、訂正テンプレ常備(間違いの通路)


 私は参照番号S-012を右上に落とし、温度計を“湯気”に合わせる。

 子どもらの靴音が粒立ち、保護者の囁きは小舟みたいに行き来する。名は呼ばれない。掲示は役割だけを並べ、導線だけを太くする。


 門の脇で、学長が腕を組んだ。「抽選枠は腹が立つ、と言う者は必ず出る」

「怒りは私物。公開の場では、“基礎点と入口の形”を分けて説明します」

「基礎点?」

「一次資料としての基礎。読み書き計算、倫理の小問、参照番号の読み方。——ここを下限に置いた上で、抽選で入口を形にする」

 学長は顎を撫で、短く頷いた。「退屈で助かる」


 抽選器が回る。透明の球が、朝の光を細かく散らす。番号玉を掬う手は、匿名枠で慣れた子ども。

「——A-052」

 木札に緑青の印を沈め、私は掲示の「抽選当選」列に挿す。その下にもう一段、細い字で。

〈基礎点の下限:合格/不足:補講へ直行(参照S-012-b)〉

「運で入口に立つ」ことと「出るを成績で決める」ことを分離する。噂が湯気の温度に落ちると、文句は段取りに変わる。


 司書騎士ノアが、監督札と砂時計印を抱えて到着した。

「第三者監督、二路線。試験室内と導線。列の割込みは優先順位券で可視化」

「質問は紙で」

「子どもは絵で」

 二人で短い合図を交わし、監督員の袖に小札を配る。合言葉は短く、段取りは長く。


 午前一本目の試験。読みの基礎。

 黒板の最初の行は、数字でも格言でもなく、参照番号の読み方だ。

 〈R-074/D-112/M-021〉

「斜線の前と後ろを分けて読む。棚/書類。棚が見えれば、迷わない」

 子どもらの指先が紙の上を滑り、唇が無音で動く。正解は派手じゃない。退屈だが、助かる。


 中庭では、演習問題の掲示が新しくなった。

 今日のテーマは「誤りの訂正」。

 —“殿下の推薦で合格”という文を、一次資料の形式に書き換えよ。

 私は解答例の札を三枚用意する。

 A:〈参照:S-009/合否:合格/根拠:基礎点+当日得点〉

 B:〈参照:S-009/合否:不合格/段取り:再受験日程〉

 C:〈参照:S-009/訂正:“殿下の推薦”は記録に存在せず〉

 ——誰がではなく、どこで。子どもが指で番号を辿り、親が頷く。湯気が立つ。


 ミレーユが教室の後列で、手を挙げた受験生の椅子に膝をつく。

「訂正テンプレ、持ってる?」

 少年が首を振る。

 彼女は鞄から薄紙を出し、短く示す。

 一、何が違ったか

 二、参照番号

 三、次の段取り

「謝る言葉は、別紙でもいい」

 少年は目を丸くし、それから笑った。「退屈で助かるやつだ」

 彼女の笑みは落ち着いていて、役割がそっと増える音がする。


 昼前、門外で抽選批判が一度だけ小さく燃えた。

「運で人生が決まるのか!」

 私は温度計札を掲げ、声の方向に導線図を渡す。

「入口は運を薄めます。出口は成績です。基礎点は下限です。——歩く順番を説明します」

 男は図を見、しばらく黙り、紙を折って懐に入れた。火は湯気に落ちた。


 午後の試験は「倫理の小問」。

 問題:〈誰も見ていない部屋で失くし物を拾った。参照番号にない持ち主の可能性がある。どうする〉

 正解の札は一つではない。

 —“拾得掲示”に置く(参照番号付)

 —“匿名返却箱”に入れる(起点の言葉を添える)

 —第三者監督の部屋へ持ち込む

 私は最後に小声で足す。「正義は単色じゃない。運用は二色刷りくらいがちょうど」

 子どもらが笑い、黒板の端で砂時計印が乾く。


 廊下の角で、帽子の青年——殿下が、助走掲示の札を束にして配っている。

「再試験は三本に分ける。短い三本だ」

 受験生の母親が尋ねる。「悔しさは、どこへ置けば?」

「便箋の市へ。“ありがとう”の隣に、“悔しかった”も私の棚で」

 彼は言葉を硬くしすぎない。退屈で助かるの、少し柔らかい版。——文体は学び直せる。


 夕刻、公開採点室の前で、短い列。割込みは起きない。

 私とノアは、二人照合+逆順照合の板を壁に貼り、利益相反申告の札を脇に置く。

 若い採点者が手を挙げた。「友人の答案が回ってきた」

「弱で申告、採点は交代。——申告は恥ではなく、導線です」

 彼は頷き、札を一枚書いて差し替えた。湯気の中で、ルールが自走する。


 広場の大掲示板には、今日の中間が並ぶ。

〈抽選当選 40/基礎補講直行 11/訂正テンプレ提出 19〉

〈苦情票:“運の比率が高い”→**“出口は成績”説明冊子配布〉

〈謝意:“準備ができた”便箋 7通(私物)〉

 王都新聞・ブレムが横でメモを取りながら問う。

「見出し、“入口の運、出口の成績”でいいか?」

「退屈で助かる。——“基礎点の下限”**を副題に」

「承知。湯気の紙面にする」


 日が落ち、最後の掲示。

 学長が私の机に署名のない署名を置く。

〈学究院規程改訂(抄)

 —抽選枠は入口の形

 —基礎点は下限

 —出口は成績

 —第三者監督と公開訂正を常態化〉

 私は緑青の印を沈め、砂時計印を右下に落とす。満了線は今月。更新は一年ごと。

「合意は制度の燃料です」

 学長は小さく笑い、「退屈で助かる燃料だな」と言った。


 夜、庁舎の灯を落とす前に、ミレーユが駆け込む。頬はうっすら赤い。

「“読み方の人”、一日やってみた。——名乗れた」

「おめでとう。役割は名の前に来ます」

「抽選で当たった子が、『出口は成績だよね』って。悔しさは便箋に入れてた」

「退屈が、勇気の手前に敷かれている」

 彼女は頷き、鞄から一枚の小札を出した。

〈起点の言葉:『参照番号はここ。質問は紙で。お茶は台所』〉

「教室の入り口にも貼っていい?」

「もちろん。文体は運用の影です」


 机に戻り、私は日誌の末尾に三行。


“入口は運、出口は成績。”

“基礎点は下限、抽選は形。”

“短い合言葉、長い段取り。”


 灯を落とす。学究院の窓が遠くで四角く光り、湯気がその周囲に薄く漂っている。名は呼ばれない。けれど、始められる。


――――

【小さな勝利】公開試験の常態化(S-012)/抽選枠+基礎点の標準導入/訂正テンプレの実地運用/二人照合+逆順照合で採点の滑り止め実装

【次話予告】第十四話「婚姻の新様式」——合意更新制と**“起点の言葉”を婚姻記録に。恋を段取り**で守る、小さな革命。

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