アットホームな……
とある小さな建装屋。そこに、一人の青年が面接に訪れたのだが――。
「は? てめえ、なんつった? 今なんつったか聞いてんだよ。……おい、殺すぞ。そんな簡単にこっちのミスを認めてんじゃねーよ! 相手に被せんだよ、相手に! てめえ、そのまま帰ってきたらわかってんだろうな。来月からは残飯の現物支給だ。いいな! ……ふう、ごめんね。出先の部下から連絡きちゃってさ。えーっと、それでどこまで話したかな?」
「あ、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「いや、ちょっとちょっと! どうしたのさあ?」
「いや、履歴書を返してください……」
青年が椅子から立ち上がった瞬間、社長は素早く机の上の履歴書を掴んだ。
「えー? まだ面接の途中じゃない。ほらほら、座って座って。ああ、仕事のことなら心配いらないよ。うちはアットホームな職場だからさ。未経験者でも、社長の私や先輩たちが優しく教えてあげるからね」
「いや、確かにホームページには『アットホームな職場です』って書いてありましたけど……さっきの電話の内容が……」
「え? ああ、あれね! 違うの、ははは。うちの施工にちょっとミスがあってさ。でも、それを素直に認めるとうちの損害になっちゃうでしょ? だから、部下に『相手のせいにしろ』って指示しただけだよ」
「……想像とどこも違わないんですけど。それに、“殺す”って、はっきり言ってましたよね?」
「あー、それね。君もさ、今まで一度や二度、親に『殺すぞ』って言ったくらいあるでしょ?」
「いや、ありませんけど……」
「ああ、もちろん本気じゃなくて。喧嘩のときの勢いでさ」
「いや、全然。喧嘩もしたことありません。平和主義者なんで……」
「んー? まさか、両親は幼い頃に亡くなったとか?」
「二人とも健在ですよ。いや、そんなに珍しい話ですか……?」
「んー……まあ、普通の家庭なら、一回くらい親に『殺すぞ』って言うもんだけどねえ」
「言わないと思いますよ、たぶん……」
「言うよお。うちの娘も、おれによく言うし。はははは! 最近なんか家に帰ってこないことも多くてさあ。ま、それは置いといて。つまり、うちは家族みたいな職場ってわけ。もちろん、本当に殺すなんて思ってないよ。ははははは!」
「はい……それはもちろん、そうでないと困りますけど……」
「えーっと、それでうちは社員寮があるから、さっそく明日にでも引っ越してきてもらって、あっ、軽トラ出せるから引っ越し業者はいらないよ。それも全部サービス、サービス! おっと、ちょっとごめんね……おう、ああ、で? ……は? 死ねよ。死ねって言ったんだよ! 死ねよ、死ね! 死刑だよ死刑。社長命令に背いたんだから死刑に決まってんだろ。忘れたのか? そう教育してやっただろうが、教育教育! てめえ、マジで殺すからな。いい場所知ってんだよ。いつでも埋めてやるぞ、おらあ! じゃあな。死ぬ気でやれよ。いや、殺す気でやれえ……ふー、えっと、どこまで話したっけ?」
「履歴書を返してください」
「えー、振出しに戻っちゃった感じ? まいったなあ」
「いや、一ミリも前に進んだ気はしてないんですけど……」
「まあまあ、ほら、お菓子あるからさ、食べなよ。ハロウィンのときの残り物だけどね。会社の近所の子供たちに配ったりしてるんだよ。地域貢献ってやつだね。他にも、草野球チームのスポンサーになったり、社員みんなでお祭りに参加して神輿を担いだり、あと、バーベキュー大会! これ最高! 他にもたくさん社内イベントを企画してるから、ほんと楽しいよ!」
「あの、さっき“死ね”って言ってましたよね……?」
「ん? ああ、あれもね、さっき言ったのと一緒の理屈。うちは家族だからさ、多少キツい言葉も出るときがあるの。何? またその説明しなきゃダメ?」
「あ、もう大丈夫です。履歴書を……いや、ちょ、ちょ! なんで今、写真撮ったんですか!」
社長はスマートフォンを取り出し、履歴書をさっと撮影した。
「え? そりゃあ、社員に共有しておかないと。引っ越しの手伝いとかあるのに、住所がわからなきゃ困るでしょ」
「いや、入社するって決めたわけじゃないですから! もうほんと返してくださいよ! ……え、今、なんか音が」
青年は履歴書に手を伸ばしたまま、ぴたりと動きを止めた。かすかな音がロッカーのほうから聞こえたのだ。
「音? なんの?」
「いや、たぶん、そこのロッカーの中から……ほら、また! 誰か中に入ってるんじゃないですか!?」
「ああ、入ってるけど、んー、誰かっていうか、何かっていうか……まあ、形式上は社員だけど、家族じゃないよ」
「え、どういうことですか……?」
「入社したけど、家族になれないやつもいるんだよ。そういうのは道具になるわけ。だからロッカーの中。わかった?」
「……いや、全然わかんないですけど」
「おー、これは見込みあるね! きっといい職人道具になれるよ!」
「今、“道具”って言いましたよね!? もう無理です。帰ります、ほんとに。お願いですから、履歴書を返してください。写真も今すぐ消してください!」
「はははは、まあ、いいからいいから。最初の一週間は優しく教えるよ。そのあとは君次第な感じで――おっとごめんね。電話だ……おう、ぶち殺すぞ。で、どうなった? クソみてえな報告だったら、またバーベキューの刑に……え、ユミか? なんだよ、今どこにいるんだよ。そろそろうちに帰ってこいって……は? お前、またわけわかんねえこと言って、ん? 履歴書の写真? ああ、さっき送ったやつか」
「娘さんですか? 家族にまで写真を回してるじゃないですか……」
「それがどうした? へへへ、まさかこんなのが好みなのか? だったら早く帰ってこいよ。好きに使っていいからよ。……え? 教祖様のご子息様? は? いや、なんかしたら死ぬって、お前、何言ってんだよ……。あ! そういえばお前、変な団体に入ったとか言ってたな! おい、おい!」
社長はスマートフォンから顔を離し、青年のほうを振り返った。そして、静かな声で訊ねた。
「ねえ、君のご両親って、何してる人……?」
「『平和同盟家族友愛の会』の代表ですけど……。後を継ぐ前に、少し世の中に出て、“穢れ”とは何かを学んで来なさいって言われて……」
「おー……それは、アットホームだね……」