95 操り人形
返す言葉が見つからない。
どうして、と返すことはできないから。
「……ッはぁ~!」
佐藤が叫んだ。
「何!?」
「なんだか思い出したら腹立ってきた。よし、走ろう!」
「えぇッ!?」
佐藤は、そんなに悲観的には感じていない……?
子供のころ、もう父親ではなくなった父親が、学校帰りの俺に話しかけてきたことがあった。
今思えば、母親の不倫を発覚させるための情報集めでもしていたのだろう。
『久しぶりだな淳。』
『……父う……パパ。……何……何の用ですか?』
何をされるかわからない。
警戒して俺はランドセルの左の肩ひもを強く握った。
自分より背が高いから、俺と目線を合わせるために中腰になっている父親の顔は、逆光でよく見えなかった。
ただ、パパと呼ばれていい顔をしなかったのは覚えてる。
『パパ……か……。あの女にそう呼ぶように言われたのか?』
あの女、は母親の事だ。
『父上……です。でした。ごめんなさい。パパは今の父親の事を呼ぶように言われました。母上……いえ、ママからは父上は他人なので敬語を使えて言われました。』
『あの女……! ……まあいい、あの女がほかの男と仲良くしているところを見たことはないか?』
父曰く、母親が浮気している可能性が出てきたため本人に問い詰めると、数日後、身に覚えのない浮気の証拠が出てきたという。
でも、どうでもよかった。
母の不倫現場は見たことがある。
母上が笑っている。ここは笑えばいい。笑う場面。絵に描いたような完ぺきで可愛い笑顔を浮かべる。
母上が怒っている。この時は眉をひそめていればいい。怒る場面。ここでも絵に描いたような俺のイメージを崩さない可愛い起こり顔を浮かべる。
母上が自分の部屋に知らないおじさんを入れている。――その瞬間、俺は息を止める。これで何回目なんだ。でも分かってる。こういう時の対処法は”見て見ぬふり”をすればいい。ドアの陰に隠れ、静かに目を伏せ深呼吸。冷静に玄関に戻って「ただいま。」と声をかければいい。
母に暴力を振るわれたことはない。だが、不倫現場を見てまで信用し続けることはできなかった。
次第に、父親を家から遠ざけるように言われていた。もちろんストレートには言われていない。
ほらね。こうすれば……。
母に従う、操り人形の出来上がり。
母に従う、操り人形の出来上がり、を絵に描くとすれば……笑ってる少年の顔の真ん中に細長い吹き出し……セリフ? 『母に従う、操り人形の出来上がり』と書いてある四角いやつを置いて……。
作「そんなにこだわりあるなら自分で描けばいいのに。」
いいけど……。パソコンで書くの苦手だから紙になるけど……それでもいいなら余裕かな?」
ナ「紙に描いたやつを写真撮ってパソコンでもう一度書けばいいじゃん。」
簡単に言わないでよ。
白「そうだよね。やっぱりそう簡単にはできないのか……。」
いやできるけど、写真を撮ってこのパソコンに送るやり方が分からないから実質無理。
ナ「何それ。」