284 能力開花
「俺はもう一回滑ってくるよ」
弥一が山の上を指差して言った。
「じゃあ、俺はここで待っとくね」
俺は、そう言って弥一を見送った。
弥一が見えなくなると、ふう、とため息をついて、空を見上げた。
・・・
「鏡」
空を見つめてぼーっとしていると、崇兄上が眉を下げて心配そうにしながら話しかけてきた。
「なあ、ちーちゃんは?」
「弥一? 弥一なら、もう一回滑ってくるって……」
山の上を指差すと、兄上の後ろにいた見張り二人が顔を険しくした。
少し風が強くなってきている、もしかしたら危ない目に遭っているかもしれない。という考えが頭によぎった。
「……そういえば、帰ってきていませんね」
凪が時計を見ながら言った。急に心配になった俺は、弥一を探しに行くことにした。
・・・
上につき、弥一を探して滑り出すと、急に風が強くなってきて、あっという間に前が見えなくなった。
手足の先が冷たい。少しでも気を抜くと指先から凍ってしまいそうだ。
だからこそ、余計に弥一が心配で、俺は滑るスピードを落としながら、目を細めて必死に前を見た。
弥一、どこにいるんだ! 心の中でそう叫ぶ。きっと声にも出ていたが、誰にも受け取られることもなく、無に響いて行っただけだった。
弥一はどこだ。せめて、気配の場所が分かればいいのに!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」
――こっちに、弥一が行った気がする。
直感でそう感じた。これが、一番最初最初で、陸が消える日まで最後となる、残香鬼としての能力を使った日だった。
――ダメだ。真っ白い雪しか見えない。一寸先も見えないじゃないか!
危険に思い、足に力を込めてスピードを止めた。
「はぁっ、はぁ、はぁ」
寒い。歯がカチカチ音を鳴らす。
と、その時、自分の足元から、ズッ、と音がした。
「ん?」
声が出たころにはすでに遅く、俺は足元の雪と共に崖の下に落下した。どうやら、知らぬ間にコースを外れてしまっていたようだ。
「……だれ……?」
その時、少し遠くから小さな声が聞こえてきた。弥一の声だった。
「弥一?」
「っ! 鏡!」
声の方に歩くと、そこにいたのは弥一だった。
しかし、俺は弥一を見て息をのんだ。
「……何があった? っなんで……」
そこにいた弥一は、右足が明らかに曲がってはいけない方向に折れており、口からは鮮やかな赤がしたたり落ちていた。葉が落ちた尖った枝で切ったのか、耳も少し切れていた。
「弥一……」




