163 阿鼻の核爆前後
――ゴゴゴゴゴ……
僕たちは、恐る恐る足を踏み出した。
中に入ると、中は意外と狭くて、壁はごつごつとして、整えられていない様子は階段と同じ。そして同じように上から水が流れてきていた。
この空間……いや、空間というより部屋の方が近い気がした。
地下だから当たり前だけど、天井は低く、窓もない、閉鎖的な空間だった。
昭和時代の部屋のようだ、と思った。
なぜなら、真ん中にはちゃぶ台があり、その隣におもちゃ箱と思われるものが置いてあった。
その中には、昭和の女の子が遊ぶような人形や、縄跳びの縄、ボール、クレパスと書かれた薄汚れた小さな箱、画用紙など。
その近くに、防災頭巾、のようなものが無作法に置いてあった。
……いや違う。よく見るとそれには、『ぼうくうずきん えみ さくらこ』と子供の字で書いてあった。
防空頭巾?
部屋の真ん中に置かれるちゃぶ台に座る、小さな女の子がいた。
女の子の髪は茶。後ろ姿なため目の色は分からない。女の子はちゃぶ台に正座していて、その近くにクレヨンで絵が描かれた画用紙が落ちている。
白い服に赤いスカートをはいている。身長は……100センチ近くだろうか。
「ひとつ、ふたつ、風が泣く 青い空へと夢が飛ぶ みっつ、よっつ、夏の影 遠く響く、手まりの音……。」
少女は、お手玉を投げて遊んでいる。こちらには気付いていないのだろうか?
そして少女の歌は――どんどん物騒になっていく。
「いつつ、むっつ、空が裂け 風の涙が地に溶ける ななつ、やっつ、影が燃え 終わる夏の日、声も消え――」
……何だ?
「阿鼻叫喚の、歌い声 ここのつ、とお、罵詈雑言の、笑い声 己の命を、守るため――」
雲行きが怪しくなってきたぞ?
「屍の影が、重なりて 残るは光か、闇の果て じゅういち、じゅうに、遠き空 命の意味を、問いながら――」
彼女は緑のお手玉をポンポンポンと投げながら歌を続ける。
「――水を求め、地から湧き出し、悪魔のごとく、じゅうさん見届け――あっ……失敗。お手玉落としちゃった。」
あのちょっとだった、そう言いたげにお手玉を拾った――のは、少女ではなく、僕だった。
僕が、この子のお手玉を拾った。
僕はしゃがんで、この子と目線をあわせる。
「どうぞ。落とさないようにね。」
そう言ってお手玉を渡す。
少女は蚊の鳴くような小さな声で、ありがと、と言った。
僕はにこりと笑って口を開いた。
「さっき歌ってた曲、なんていう曲なの?」
――そんな短い言葉も、言い終わる前に――。
――シュッ
僕の首元の、少女の手が添えられていた。思わず声にならない悲鳴が上がる。
少女は少しだけうつむいていた顔をあげ、顔にかかっていた陰から少女の目が見えた。
光はあるのに、その奥に光を消してしまうような闇が見えるような、そんな異常性のある目だった。
少女はにっこりとほほ笑んで言った。
「お兄さん。私じゃない七不思議だったら、死んでたよ? ……教えてあげる。私の名前は、えみ。江見 桜子。」
僕は視線だけを動かし、防空頭巾を見た。防空頭巾は、戦時中に使った防災頭巾のようなもの。水でぬらして使う。
防空頭巾に書かれた子供の字。『えみ さくらこ』
少女の声が、エコーのように頭に響く。
――私が死んだ、第二次世界大戦で、核爆弾が落とされる前と後の様子を歌った――
「あの曲の名前は、『阿鼻の核爆前後』……だよっ。」
その笑顔が、子供らしくも、大人のようにも見えて、とても恐ろしかった。
ナ「あ、阿鼻の核爆前後?」
白「防空頭巾って……重い重い、重すぎるって」
はぁ? この話は一応『シリアス』なんですけど? それも承知でこの小説読み始めたんでしょ?
作「私は一応製作者側なので、どれだけ辛くとも、目をそらすことは許されないので」
ナレーターさんは目をそらしてもいいよ? まあその場合、物語のエンディングを大きく変えなきゃいけなくなるけどね。
作「そうだ。桜子ちゃん? は何歳なの? 100センチくらいって書いてあったけど……」
四歳だね。(死亡当時)
ナ「四歳って……かわいそうすぎる……」
白「(死亡当時)って……だったら、今は八十くらいだよね?」
よく知ってるね!