143 天照
「でも、どうやってこじ開け……。」
「こうする。」
青年は、懐からナイフを取り出し、自分の親指を少し切る。
ナイフが指先にチョンと触れ、血が少し出てくる。
青年は少し黙り、もう一度ナイフで親指を切ろうとしたところを、神谷に止められた。
「ちょ、何してるんですか?」
「血の量が足りなかった。もっと、傷口を大きくしないと。」
ナイフを持つ手を掴む手を振り払い、再度親指を切りつけた。
親指から血が落ち、地面に血痕を残す。
ぼたぼたと落ちる血を、前にある木の根元に落とす。
すると、血が落ちたところからバチバチッと稲妻が走る。
稲妻が走る木の根元を切りつけるように、青年はそこにナイフを刺した。
刺されたところから亀裂ができ、木が真っ二つに裂ける。
その木の割れ目の向こう側は、異様に暗く、冷たい風が吹いている森の中だった。
風が肌に触れ、少し冷たさを感じる。
「これは……!」
「おお。俺にもできたんだな。」
驚いていなさそうな顔をして意外と驚いている青年に、神谷は名乗る。
「名乗り遅れましたね。私は、教師をやっている神谷隼人と言います。」
「初めまして。……天照、です。一応。」
青年、天照は無表情のままそう名乗る。彼の妙に響く声は、彼が特別な存在であることを示しているのかもしれない。
神谷は、一度深呼吸をして、森に足を踏み入れた。
足を踏み入れた瞬間、風が止まり、音が吸い込まれるように消えた。
天照は森の中を歩いているときに、こんなことを言っていた。
「俺たちは、ここに住まう化け物が最近暴走気味と聞いてやってきたんだ。その化け物が人間に被害をなさないうちに、解決するために。だが化け物はそこにいなかった。それで、化け物を探していたんだ。」
「なるほど……その化け物は、危険なものなのですね?」
「そうだ。」
「危険な化け物に立ち向かうのは、今回だけではないのですか?」
「ああ。まあでも、俺が致命傷を負う事はない。」
「それはなぜ……ん?」
「なんだ?」
神谷は天照の後ろにある気に違和感を持つ。
「その木、さっきも見たような……いや、気のせいかも……。」
「ああ。こういうパターンか。ならあの化け物は弱いな。弱い化け物は……いや、弱い者に限らず、化け物は捕まえた獲物を逃さないために異世界を作る。強い者なら広い町やスラム街のようなものも作れる。」
そしてそこは、その化け物が生き物だった時の生き方に影響している、と天照は続ける。
「だが弱い者は同じような場所をいくつも作る。まあでも、そこはまだ未解明の部分。疑うなら、この木に傷をつけてみよう。次に見た木には、この傷はないはずだから。」
「は、はぁ……。」
ナ「ちょっと待って!? ナイフで親指切って、木に刺して、稲妻走って、森が割れるって何その儀式!!」
白「『異世界』って言葉が出た瞬間、物語の次元が一段上がった感じした……いや、前にキキが言ってたけど……」
作「しかも天照くん、あの無表情で『おお。俺にもできたんだな』って……可愛いのか怖いのか判断つかない……」
彼は一度もこの儀式を自分でしたことが無かったからね~。“血”と“木”と“名前”で開く扉って、もう完全に神話の構造なんだよね…… 。しかも“異空間は化け物が獲物を逃さないために作る”って説明、この森そのものが“誰かの檻”だったってこと……?
ナ「神谷先生の“名乗り”も良かったよね。あの瞬間、ただの教師じゃなくて“物語の当事者”になった感じがした」
白「天照くんの『一応』って名乗り方も気になる……『本名じゃない』可能性あるよね……」
悪いけど、彼のその名前は……。
作「あと“同じ木”の話、あれ完全にループ空間の伏線じゃん……“傷をつけて確かめる”って、読者も一緒に試されてる気がした」
“空間が記憶を持ってる”のか、“記憶が空間を作ってる”のか―― この森、もう“地図”じゃなくて“誰かの心象風景”に近いのかもしれないね♪