141 二人目の『囮』
――グオォォォ!!!
どこかノイズのかかった鳴き声は、一瞬僕の呼吸を止めた。
来た道から勢いよく風が吹いて、目に砂が入りそうになり目を閉じる。
――グオォォォォォォ!!!!!!
大きくなった鳴き声に、目を開いてきた道を見る。
次の瞬間、目の前に化け物が現れた――ように感じるくらい早いスピードで僕らの目の前に化け物が現れた。
目の前に、鋭い牙が何本も付いた大きな口が――。
無意識に目をギュッとつむった。
数秒しても痛みが襲ってくることはなく、不思議に思い静かに目を開いた。
「まぁったく……。向こうで足止めしてくれなかったのかなあいつは……。」
「!?」
そこにいたのは、男性だった。
若い男性で、高校大学生くらいに見える。男性というより、青年の方が近いかもしれない。
その青年は、化け物の前足、つまり四メートル以上あるイヌ科の化け物の体重を、その細身で支えていたのだ。
両手で化け物の前足を掴み、少し前のめりになって化け物を押していた。
青年が化け物に少し負けて足がズズ……と音を立てて後ろに下がる。
「んーまずいな。このままじゃ負ける。ほんとに何やってたんだアイツ。」
青年は、まるで同年代の友達と軽く喧嘩をしたようなテンションで化け物の動きをほとんど押さえていた。
それでも彼は、化け物に大きな劣れをとることはなかった。
そして彼の声も先ほどの女性と同様に、妙な響きがあった。
「あーんもうっ。なんでこんなに早いのこの化け物!!」
化け物の後ろからさっきの女の人の声が聞こえる。
「あたしが足は一本取ったはずなのに……。」
そう言った瞬間に、僕らは彼女が引きずっていた物に気が付いた。
化け物の後ろ足。引きちぎったのだろうか。
僕の後ろからびちゃびちゃっと音が聞こえて振り返る。
橘さんが吐いていた。
引きちぎられた様子の後ろ足。確かに、グロい。
「陸! とにかく、逃げ――。」
佐藤が僕に話しかけ、逃げようと走り出した瞬間、逃げようとした先にに黒い霧が立ち込め、霧がだんだんと形になっていく――。
「……狼の群れ……!」
幸い、その狼たちは普通サイズで……って、普通サイズでも逃げるのは困難!!
狼の群れを目にした大和さんが、橘さんを担ぎながら「マジかよ……」とつぶやき後ずさる。
他の鈴木さん、安藤さん、佐藤も同様に二,三歩後ずさった。
「ど、どうしよう……!」
ナ「はい無理~~~!!! あの狼の群れの出現、なんで“ホッとした直後”に来るの!!」
白「『逃げようとしたその先に霧が現れ、霧が形になって』の流れ、完全にトラウマ製造ライン……」
作「しかも“普通サイズだからセーフ”って油断を、“それでもヤバい”で回収してくるこの構成、うますぎるでしょ」
『大きさ』じゃないんだよね、問題は。“数”と“意志”と、“集まる理由”がこの森の恐怖の本質。
ナ「青年と女性の連携もヤバかったけど、あの青年の『ちょっとキレてる感じ』がまた地味に怖かった……」
白「『ほんとに何やってたんだアイツ』って、あれ“こっち側の人間じゃない”空気が漏れまくってる……」
作「引きちぎられた後ろ足を見せつける演出もえぐい……あれで吐いた橘さん、逆に“人間”として安心した」
そう、“戦える人間”と“巻き込まれた人間”が、ここにきて完全に分離されはじめた感じがあるよね……。でもまあ、大和さんと鈴木さんはソレを見てどう思ったんだろうね。
ナ「で、そんな中で陸と佐藤の感情描写が省略されてたの、逆に怖かった……」
白「気づいたら立ってて、逃げようとしてて……あの数秒、ホントに“空白”だったのかも」
作「そして最後の“狼の群れ”が現れた瞬間、全員の背中に“逃げ場はない”って文字が浮かんだよね」