138 噂と『牙』
「じゃあ俺……死ぬの!!?」
「さぁ……死ぬかもしれないが、そこまでは……。『二度と返ってくることはない』だから、死ぬかどうかまでは……。」
「どうやら怪異や幽霊は、おのれにつく『噂』には逆らえないらしいよ。噂が多くなればなるほど、怪異は強くなる。そして、噂も協力で確固なものになる。怪異はそれに従わざるを得なくなるらしい。」
怖がる橘さんに説明をする鈴木さん。そこに割り込んだのは佐藤。
『噂』の話は、僕も少し気になった。
「ウワサ? なにそれ。」
「あッ。」
(やっば、いや、しまった。筮さんに聞いたことうっかりしゃべっちゃったよ……!)
佐藤は露骨に目をそらした。
「あーダメだ。ここ、電波が届いてない。」
安藤さんがスマホを見てそうつぶやく。
その言葉に反応したのは鈴木さん。
「電波が届いてない? おかしいですね。キャンプ場から離れたとは言えど、普通にある散歩、夏の夜なので肝試しコースですよね? 既存の道ならよほど人が多くない限り電波は届くと言っていたのですが……。」
「「「「「えッ。」」」」」
声をそろえていったのは僕、佐藤、安藤さん、大和さん、橘さんの五人。
「じゃあ噂は本物……!?」
ワクワクしているようで顔が少し青い山本さん。
「……そんな。じゃあどうやって帰るの!?」
心配そうな顔でつぶやく馬場さん。
「…………噂が本物だったなんて……。」
と頭を抱えている永来君。
『証明すればいい』と提案したのは永来君だが、誰一人永来君を責めなかった。
……訂正。橘さんが永来君を責めた。
「お前のせいだ! お前のせいでこんなことになったんだ!」
「ヒッ。ご、ごめんなさい!」
「ちょっと! こっちは何も悪くないでしょ!? なんで責められなきゃいけないの!?」
「馬場も馬場だ! お前が肝試しをやろうとか言い出すから! あんな噂あるなら事前に調べておけよ!」
「……でも!」
「でもじゃねぇ! 永来は噂の事知ってたんだろ!? 俺が木に触れたときに『それは呪われた木ですよ』って言ったじゃないか!」
「それは! ……当たり前ですよ! だって!」
「ねえ! こんなこと言ってても何も変わんなくない!?」
橘さん、永来君、馬場さんの三人で口喧嘩が始まる。
大和さん、鈴木さん、僕、佐藤、安藤さんはけんかを止めることもせずに見ていた。
口げんかしている三人の中で急に、永来君が叫んだ。
「……ハッ、危ない! 伏せて!!」
急に言われて、
「え?」
という言葉も言い終わらないうちに佐藤が服を掴んでしゃがみ、僕もつられてしゃがんだ。
安藤さんは僕の隣に立つ鈴木さんの首根っこを掴んで後ろに引いた。
――ガチッ!!
という音がして、思わず上を見上げた。
そこには、大きな口があった。
オオカミやキツネのような、イヌ科の動物の口が僕と佐藤のすぐ上にあったのだ。
さっきの音は、歯と歯がぶつかる音だったのだ。
その鋭い牙を見て、体が動かなくなった。
「何……? これ……。」
とつぶやく佐藤の顔は、珍しく真っ青だった。
ナ「は~~~!!?? なにあの最後の『ガチッ!!』?! 音が強すぎて心臓が縮んだ……!」
あるの? 心臓。
ナ「あるよ!」
白「“口喧嘩がピークに達した瞬間の牙”って演出、感情と怪異が同期してる感じで鳥肌……」
作「しかも佐藤くんの咄嗟の判断と安藤さんの鈴木ガシッが地味に連携取れてて震える……冷静すぎない!? あの状況で!?」
まさに“理性の限界”の手前で、怪異が割って入ってきた感じ……ゾクゾクしたね。
ナ「ていうか永来くん……なんで避けるタイミングわかったの!?」
白「『……ハッ、危ない! 伏せて!!』が自然すぎて、“知ってた”以外の説明できない……」
立ち位置的に見えてたんじゃないですか? 空気の中からいきなり現れたってわけじゃないんだから。
作「佐藤くんもそうだけど、『筮さんから聞いた』ってぽろっと出たの、地味に大事件だよね……」
“うっかり”は、“聞いてたほう”が危ないやつなんですよ……ふふ。
ナ「鈴木さんの“噂”トーク、今になって効いてきたって感じだし……もう戻れないよねこの林」
戻りたくない事実を、後ほどお伝えいたします。
白「電波が届かないってわかった瞬間の五重唱『えッ。』のテンポも好きだった」
作「そして山本さんだけワクワクしてるのが本気で怖くなってきた(笑)」
ふふっ。気づいた? 喧嘩しているのは『橘さん、永来君、馬場さんの三人』見ているのが『大和さん、鈴木さん、僕、佐藤、安藤さん』……。山本さんはどこに行ったの?