129 涙と寝息と、散歩の距離
巻き込みたくなかった。ただそれだけだった。
義妹、愛莉の狂気におびえるのは、俺だけでいいと。
そしたら、陸に泣かれた。
『どこまで……自分勝手でいるつもりなの?』
その言葉が、心に響いた。
そうだ。確かに今のは、自分勝手だったかもしれない。
ごめん。陸。
陸の背中を叩いていると、自然に涙が流れてきた。
静かに、涙を流した。
数分して、陸が重いことに気づいた。
バッと陸を離して顔を見る。
涙の後がついていたが、スー、スー……と寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。
あのねぇ。
ため息をついて陸を抱き上げる。
……持ちづらいな。いや、変な意味じゃなくて……。
旅館に戻って筮さんと話をして、旅館の一室を借りる。
どうやらみんなも寝たらしく、スヤスヤと眠っていた。
一部屋二人。
光莉は紗代さんと。
葵は千代さんと。
空は優斗さん。
消去法で陸と俺が同じ部屋で寝るらしい。
部屋のドアを開けて、ベッドに寝かせようとしたとき、陸が目を覚ました。
「……ん。」
「あ、陸。起きた?」
「んん~……。」
陸は目をこする。
「あー……。」
かすれた声であーと言ってしばらく黙った。
「あのさあ佐藤。」
「何?」
「どうして僕、お姫様抱っこされてるんだろう……。」
起きた瞬間に叫んで落下、頭をぶつけなかったからよかったけど……寝起きってすごいね、とつぶやく陸。
陸が言った通り、俺は今陸をお姫様抱っこしている。
単に持ちやすかったからこう持っただけだ。
それに、こう持つのにも相当の葛藤があった。
もしこの場面を愛莉に見られていたらと思うと、鳥肌が立つが、運びやすいのにかわりはなかったのだ。
「ごめん陸。運びやすかったから。」
「うん……別に、いいよ。」
「もう夜……真夜中すぎて朝に近いけど、睡眠不足はよくないよ。」
「ん~……。」
「おやすみ。」
「おやすみ……。」
陸を布団に寝かせる。
これでも今は七月。掛布団はいらない。
「はぁ……俺も寝るか。」
そう独り言をつぶやいて布団に座る。
布団に手をついて天井を見上げる。
自分勝手……そうか……。
ふと、陸の寝顔を一瞬見て、考え事をしようと思った――。
――その瞬間、服の袖を引っ張られ、バランスを崩して布団に倒れこむ。
びっくりして目をつむる。
倒れてからそーっと目を開けて前を見る。
そこには、意地悪そうに笑った陸がいた。
「ヒヒッ、してやっ……た、りぃ………。」
小さな寝息が聞こえてきて、クスッと笑う。
そうだね。もう寝ようか。
考え事はよそう。
そうして目を閉じ、眠りについたのだった――。
ナ「『どうして僕、お姫様抱っこされてるんだろう……。』って、起き抜けにそれ言える陸、強すぎない?」
白「しかも寝起きで“してやったりぃ……”って笑って寝落ちするの、可愛すぎて反則……」
ありがとう!!!
作「いやもう、あの“ヒヒッ”で全部持ってかれた感ある……」
ナ「馬場さん呼びたくなってきた……」
それはやめて!!
ナ「ていうか、佐藤くんの“運びやすかったから”って理由、地味にひどくて笑った」
白「でも葛藤してたのも伝わってきたし、愛莉に見られたらって想像してゾッとした……」
作「“考え事をしようと思った瞬間に袖を引っ張られて倒れ込む”の流れ、最高に優しい世界だった……」
よかった。前の話がちょっと重くて狂愛的だったので、少しでもなじめばいいなぁと思って書きました。
ナ「この回、静かで優しいのに、ちゃんと“心の揺れ”が描かれてて好き……」
白「“自分勝手だったかもしれない”って気づく佐藤くんの成長も、じんわりくる……」
作「そして最後の“もう寝ようか”で、全部包まれた気がした……」
ありがとう……この夜が、彼らにとって少しでも救いになっていたら嬉しいです。