128 狩人の記憶
――自分勝手が嫌いだ。
――誰にも相談せずに自分だけで決めてしまうのが嫌いだ。
――孤独が怖い。
――心を満たしてくれるものが欲しい。
――どうすれば、欠けた心の穴を満たせるのか――。
肌寒さを感じて、目を開ける。
隣に寝るのは、赤の他人の女の人。寒そうだから布団をかけなおしてあげた。
昨夜の記憶はあいまいだった。
女の人が家を訪ねてきて……せっかくだからご飯も上げて……イヤだったけど、不在の家族の布団を貸して……それで? どうしたんだっけ?
ここは自分の家だ。
冬の風も通してしまうような、ボロい家。
木造建築の家。
服を着て、斧を持って、狩りに出る。
目の前を走る猪に向かって走る。
両手に重さを感じながら両手をふるう。
――■■ュッ!!
子供のころからやっていたこと。
猪を狩るなんて、お手の物。
生暖かい血に触れる。
指の先についた血を、少し、舐めてみる。
土に沁みる猪の血は、まずかった。
それでも、心に空いた穴は満たされない。
川だ。
赤い液体がしたたり落ちる斧を置いて、川に入る。
魚を捕まえる。
手の中で、ピチピチピチピチうるせぇなぁ……。
「あ。」
魚が逃げた。
ぽちゃん、と音を立てて川に戻る。
仕方がないから、他の魚を捕まえる。
顔の高さに持ってくる。
――もう二度と、逃げようなんて思わないように――。
――■■ッ! ……ゴキッ
……動かなくなっちゃった。
しまった。この魚はまだ子供だった。
これも一応魚。おいしいだろうけど、こいつなんかの為に火を起こすのめんどくせぇなぁ……。
パシャ、と音を立てて川に落ちる子魚。
川の流れに従って、流れていく。
だらしない。魚なのだから、泳げばいい。
川から上がって、猪の血抜きをする。
血抜きには時間がかかる。めんどいけど、やらないといけないことだからやる。
――ガサッ
何の音……鹿!
鹿の姿を見た瞬間、彼の光のない目に生気が宿り、口元が緩む。
その白く、整った顔の頬が、綺麗な桜色に染まる。
明後日、弟の✘✘✘と妖狐の姫さんが来る。
鹿は✘✘✘の好物だ。
手を伸ばして斧を取る。
全力で、鹿を追いかけた。
どこまで逃げる。こざかしい。
この山の、この森の中は把握している。暇だから散歩してたらいつの間にか把握していた。
✘✘✘はすごいと言ってくれた。
鹿もおいしそうに食べてくれるだろうなぁ……。
俺を見失ってる鹿の間抜けな顔を上の木に忍んで見ている。
残念でした。
俺は上の木にいたんだよなぁ……。
無意識に頬が緩む。
眉が下がるのも、紅潮する頬も、不可抗力だと信じてる。
木から飛び降りて、鹿の頭めがけて思いっきり斧を振り下ろす。
――■ッ!!!
そうだ。家にはまだあの女がいた。
✘✘✘に食べさせたら、どんな反応をするだろう。
――全部、全部、そのすべてを――
――知りたい。教えてほしい。
あは、アハハハハハハ!!
空に手を伸ばす。
手についた返り血も、頬についた血も気にならなかった。
はーやく明後日になぁ~れ♥
明後日・・・
弟は肉の串焼きを「おいしい」と言って食べてくれたが、妖狐の姫は何かに気づいたようで食べなかった。
弟の笑顔が、たまらなく愛おしかったが、演技力で誤魔化し通す
「わらわは食べぬぞ。」
弟がいくら進めても、その一点張り。
帰り際、姫がコソッと聞いて来た。
「あの肉、人間に肉じゃろう。昔、母上が食べとったのを覚えとるわ。」
「……わぁ。……✘✘✘には、言わないでくださいね。」
「……わかっとるわ。」
静かに手を振って、弟たちを見送った。
弟が見えなくなった瞬間、目から生気が消えた。
この事は、弟には秘密だ。