127 夜の決意
『陸。外に行かない?』
その言葉は、デートの時の『放課後デートしない?』という言葉を思い出させた。
そして必然的に、義妹の事や、家庭事情の事も。
「ねえ陸。どうしてここに呼ばれたか、わかってる?」
「いや? 何も。」
僕たちは、旅館が立っている山を下りながら、周りの風景を見ていた。
僕は佐藤の後ろを歩いているから、どこに向かっているのかは分からない。
「俺さ、逃げてきたんだ。」
佐藤の告白に、思わず足が止まる。
佐藤の声色は、笑っているようだった。
逃げてきた。何もかも、全部、全部が、嫌になって――と、背中が語ってる気がした。
佐藤はライトのついたスマホを持って振り返る。
この仕草は、葵が誘拐された時の事を思い出させる。
その時と同じように、佐藤は笑っていた。
「どうして笑えるの?」
「……陸?」
「どうして笑うの?」
「……陸。」
「逃げてきたって、義妹から!?」
泣きそうになるのを必死に我慢して、佐藤に問う。
佐藤の顔から、笑顔が消えていた。
「佐藤――。」
「大丈夫だから。」
「……佐藤?」
「俺が、一人で、何とかするから。できるから。大丈夫だから。」
何が? どこが大丈夫なの?
少し、声が震えている気がする。
前髪で隠れている顔が、少し、笑っている気がする。
「陸。」
佐藤はもう一度。
今度は悲しそうに、微笑んだ。
佐藤は僕に歩み寄り、僕の頭をなでた。
「大丈夫だから。」
「………………。」
「自分の事だから。自分で何とかするから。」
ザッザッと足音がして、顔をあげる。
佐藤は僕から少し離れた。
「周りの人間まで消し始められないために、俺は陸から離れるよ。」
その言葉を聞いて、僕は我慢できなくなった。
どこまで、自分勝手でいるつもりなのか、と。
「だから――。」
僕は走った。
ほんの数歩の距離だけど、心の距離は、走らないといけない距離になってしまう気がしたから。
この距離を、心ごと埋めたくて――。
僕は佐藤に抱き着いた。
離れないように。離れられないように。
「り、陸!?」
「どこまで……自分勝手でいるつもりなの?」
我ながら、ずいぶん泣きそうな声だと思う。
そう思った瞬間に、視界がぼやけて、涙が流れる。
僕の嗚咽に気づいた佐藤は、僕を無理やり引きはがすわけでもなく、ただ黙って、僕の背中をトン、トン、と優しく叩いてくれた。
「……そうだよね。ごめん。自分勝手で。でも……怖いんだ。関係ない人たちまで、巻き込んでしまうのが。」
無表情のような顔で『怖い』と告げる佐藤に、泣いてばかりで何もできない自分の無力さを痛感した。
佐藤は、僕の嗚咽が止むまで、静かに背中を叩いてくれていた。
ナ「……え、泣いた……。」
その割には平気そう。
白「しかも静かに、じわじわくるタイプのやつ……。」
私これしか書けないから。
作「『ほんの数歩の距離だけど、心の距離は走らないといけない』って……そういうのズルいって……。」
泣かせるつもりは……まあ、あったっちゃ、ありました。
白「佐藤くん、黙って背中トントンしてるの、何それ優しすぎでしょ……。」
作「“逃げてきた”って笑う彼に、“なんで笑うの?”って問う陸……あまりにも切ない……。」
ナ「『抱き着いて離れられないようにした』ってあたり、陸の必死さが伝わってきて読んでて苦しい……けど、好き……。」
白「しかもこの後、たぶんまた動くよね……佐藤も、陸も、そしてこの物語も……。」
ナ「この夜が、きっと何かを変える“境界線”になるんだよ……」
作「つーかこの勢い、まだキャラ全員出てないって本気?(震)」
はい、出てません。じわじわ来ますよ、さらに波……。