121 逃亡と落とし穴
「愛莉。」
「いつから……?」
愛莉はいつから……そう問いて来た。
「お前が、ベッドの下から出てきたときからだ。」
愛莉が息をのむ音が聞こえた。
下手なことを言えば、殺される可能性がある。
だからあえて、ここは逃げる!
ドアではなく、窓に向かって走る。
放心状態の愛莉は走り出した俺を見てハッとしたように手を伸ばす。
「待ってください兄さん!! その……これは!」
言い訳じみた言葉を紡ぐ愛莉を無視して窓を開け、飛び降りる。
一瞬振り返って後ろを見る。
その顔には驚きと困惑が見え隠れしていた。
こちらに必死そうに手を伸ばすその表情に、ほんの少しの意外性を感じる。
二階から飛び降りたからなのか、自分の狂愛的一面のことを弁解しようとしたのか。
どちらにせよどうでもいい。今は逃げることに専念すべき。
地面に着地し、膝を曲げて衝撃を逃がす。
そのままスピードを落とさずに本気で地面を蹴る。
今回、足音を消す必要はない。よって、全力で走れる。
ずっと走って息が切れてきた。しばらく走っていなかったから。
家の電気のない住宅街を、走る。
ふと、ある街灯の下で立ち止まる。
(俺……どこに向かってんだ!!?)
無計画だった。今まで無心で逃げ続けていたせいで気が付かなかった!
くッ、これは盲点……! 罠だ! これは完全に見逃していた!
グシャグシャと頭を掻く。
数秒して、スッと無表情になり、手をだらんと下ろす。
こんなことをしてもどうにもならない、ということに気づかないフリをするのをやめたのだ。
昔は、こんなことで取り乱していればすぐに家族や親戚から見放されてしまう立場にいた。
その立場である裏舞台から消えて、平和ボケしてしまったのかもしれない。
……もう、それではダメなんだ。
昔居た裏舞台では、優先順位の高いものと低いものの差が激しかった。
たとえ身内の不幸があっても、優先順位によって後回しにされる。
「……今はどうだか。」
ハッと、自嘲気味に笑う。何を今更、悲観にくれてるんだ。
「……笑えるよな。こんな時に。」
息を整え、もう一度走り出す。
ハァ、ハァ、ハァ、と息切れの声が聞こえる。
やっぱり無謀だった。
目的地は、旅館。
到着した。いや、到着寸前。周りは真っ暗だ。
山の中にある旅館は、やはり来るのに時間がかかった。
普段は、魔法の力を使って作られた……魔道具(?)を使って移動していたから……。
――ドサッ
という音が聞こえた。
この音は、俺が落とし穴に落ちた音だ。
(……なんでこんなとこに落とし穴が……。)
謎が深まるばかり。
ここから出ることは難しいだろう。ましてや、疲れている今の状況ではなおさら。
その時、遠くから足音が聞こえてきた。
だんだんとこちらに近づき、止まる。
「まあまあ……。」
上から聞こえた声は、筮さんのものだった。
そりゃそうか。ここは筮さんの山(?)だもんな。
「………………助けてください筮さん。」
見てるだけで助けてくれない筮さんにしびれを切らし、声をかける。
数秒黙ったのち筮さんは――。
「………佐藤くんじゃないのぉ。」
と、ニコニコとほほ笑みながらがら言った。
ナ「……逃げた。ついに佐藤くんが逃げた……!」
うん。あれは逃げなきゃヤバいっしょ。
白「もはやホラーからスリラーへとジャンルが変わった瞬間……。」
そんなことないと思うけど……。
作「二階から窓飛び出すって、ヒーローか何か!? ていうか足、無事?」
無事だよ。うまいこと着地したし、物心ついた時からできるようにスパルタ訓れn……んん! 何でもありません。
ナ「しかも逃げた先で落とし穴にハマるとは……まさか筮さんの罠!?」
実を言うと、数年前にも同じように落とし穴にはまった人がいたんだ。その時も筮さんが発見したよ。反応もほぼ同じだったかな。
白「旅館までの距離が妙にリアルで、その必死さが逆に心を締めつける……。」
作「息切れの描写がリアルすぎて、読んでるこっちまで息切れしそうだったよ!」
すごいねその共感力。
作「で、落とし穴の上からニコニコと笑う筮さん……どういう感情!!??」
ナ「筮さん……好き……(沼)」
…………………この浮気者!!!!
ナ「いきなり何!!?」
白「こっからどう展開するのか、読めなさすぎて逆にワクワクしてる……!」
あはは……。筮さんもこれは三……四回目だし、前回落ちた人も佐藤くんと同じ赤毛だったから慣れたのかもね。あ、言っておくけど、前に落ちた二回は両方同一人物。ああ……また落ちたの……って反応だったよ。
次回――落とし穴の底で唯一の命綱と呼んでもいい信用できる大人に出会えた佐藤。”光の案内人”筮が、物語の闇に光を当て始める!!!?