119 裏に潜む影
チッ、チッ、チッ、チッ、という時計の秒針の音が響く部屋で、佐藤は眠っていた。
秒針以外の音のないこの部屋は、不気味な静けさを放つ。
佐藤はベッドの上で寝落ちし、丸まって寝ていた。
そんな場所で、やっと、秒針以外の音がした。
「ん……。」
静寂を破る女の声。その声は、まるで闇の中の囁きのようだった。
この声の主は、愛莉である。
愛莉は、佐藤の眠るベッドの下から出てきた。
ずっと潜んでいた。兄の行動を監視し、スマホで動画を撮り、電池が切れた状態でも脳裏に焼き付けようと、瞬きをする間も惜しんで見ていた。
彼女は紅潮した頬に手を添え、もう片方の手で佐藤の髪に触れる。
まるで壊れ物を扱うように、優しく。
(ああ、兄さん! なんて美しいんでしょう。そのお顔。声、水もはじくようなしわもシミもない真っ白な肌! サラサラの赤い髪! ……どうして髪切っちゃったんですか? 私の部屋の壁紙、張り替えなきゃいけなくなっちゃったじゃないですか。)
愛莉の部屋の壁紙は、佐藤の写真でびっしりだ。
だが、佐藤が髪を切った影響で、壁紙をすべて張り替えなければならなくなる。
なぜなら、愛莉は今の佐藤を愛しているからだ。
前までの佐藤を好いたってどうしようもないという考えである。
(……でもごめんなさい兄さん。勝手にお部屋に入り混んじゃって。でも大丈夫ですよ。この前兄さんに近づいた女はちゃぁんと始末しておきましたから。その女からもらったクッキー、この前食べてましたよね。なんてことをするんでしょうあのビッチ。私の兄さんに汚い手で作った汚物のようなものを食べさせるなんて……!)
愛莉の眉間にしわが寄る。
だが、すぐに元の表情に戻った。しわなどついては、佐藤に顔向けできないからだ。
(……でも大丈夫ですよ兄さん。私の作ったクッキー、食べてくれましたよね? 私の血が入ったクッキー。あとは兄さんの神聖な血かその麗しい御髪が入ったものを私が食べれば私とあなたは一心同体! 私知ってるんです。兄さんはいっつも私の部屋がある方向の壁にもたれかかりますよね? それは壁越しに私を感じたいんですよね? 私は分かってます。だから私も壁にもたれかかって兄さんに話しかけます。一人でしゃべってるような気もするけど、兄さん偶に返事してくれますよね。恥ずかしがり屋さんだからスマホで電話してるふりをしてお返事してくれるのすっごくうれしいです!)
※本当に電話してるだけ。
(でも、転校しちゃったのは悲しかったなぁ……。兄さんに近づく女に接触できなくなっちゃいましたよ。)
愛莉の目に黒い光が宿る。
(しかも中高一貫校なんでしょ? 敵は中学生だけじゃなくて高校生にまで広がるんでしょ? どうして男子校に転校してくれなかったんですか? ……それに、兄さんが髪を切ったのもどうせ女の影響でしょ?)
※髪を切った理由:陸(男)
(絶ッッ対、許さない。この世のすべてが、兄さんを汚し、惑わす敵だ。兄さんは私だけの物。私がだぁい好きなの。だから、私の兄さんに触らないで。汚らわしい。でも兄さん。あなたがカッコよくて、誰にでも優しいのがダメなんですよ……。でも、貴方のすべてを私が許します。……ごめんなさい兄さん。メールを確認させてもらいますね。)
白「思ってた100倍愛莉ちゃんがヤバすぎる……。」
作「いやもうこれホラーじゃん……!!」
そう? 私から見たらこの『忘れられた運命』を書き始めたときから”愛莉”はこういうキャラだったよ?
ナ「ずっと前から決まっていたのか……。」
そうだね。彼女は激ヤバサイコパスストーカーブラコン女だから。ハァハァ(息継ぎ)
作「盛りすぎ盛りすぎ。」




