117 義妹の微笑み
「お兄ちゃんには、上手に出来たものをあげるね。」
リビングのソファーに座らされ、エプロンをした愛莉が満面の笑みで言う。
小走りでキッチンに向かう愛莉の後ろ姿を黙って眺める。
気を抜くな。絶対に。
なぜこうなったかなんて、考えられない。
考えるのが怖い。
知らず知らずのうちに遠ざけてしまう。
クッキーも、嫌いになってしまいそうだ。
「お兄ちゃん見て見て! これが一番上手に出来たやつ!」
はたから見れば、兄好きの妹に見えるだろう。
でも違うんだ。
――いじめの原因は、この義妹なのだから。
佐藤は、ソファーの前のガラステーブルにクッキーのお皿を置く愛莉を眺める。
愛莉はじっと見ている佐藤に気づき嬉しそうに笑う。
「もう、そんなに見ないでよお兄ちゃん。照れるでしょ?」
ほんのり色づいた頬は、佐藤に恐怖心を植え付ける。
ここで言葉を間違えるわけにはいかない。
「……愛莉。」
その名を呼ぶだけで、空気が変わる。
愛莉、そう声をかけるだけで、その名前を、ほんの一言、言うだけで、この義妹は――。
――こんなにも、幸せに満ちた顔をする。
「なぁに? お兄ちゃん。」
言葉が詰まる。
次にどの言葉をかけるべきか、わからない。
「……父さんと母さんは?」
当たり障りのない無難な言葉がとっさに出る。
”父さん”と”母さん”。それが今の、親の呼び方。
でもどうやら、言葉を間違えたらしい。
「え?」
愛莉の目に一瞬、黒い光が宿る。
背筋が凍った。
これだ。この威圧感だ。
息をのんで、今の重い空気に目を背ける。
「……あい――。」
「――どうして私と二人きりが嫌なんですか? そんなに、私が怖い? 嫌い?」
話題を変えようと思い名を呼ぶと、低い声で言葉を遮られ、床に膝をつき、クッキーの皿に手を添えた状態でこちらを見上げてくる。
その無表情は、何度か見たことがある。
冷や汗が流れ、手汗で手がぬるぬるする。
次にかけるべき言葉はなんだ? どうかけるべきか……。
「――別に、数学で分からないところがあったから、聞こうとしただけだよ。」
――今まで、父上や今の父親、いろいろな人をだまして、利用してきた。
でもこの義妹だけは、何をするかわからない。
言い訳じみた言葉を、建前を作れば、愛莉の瞳に宿る黒い光は、すぐに消える。
「なぁんだ。そうだったんだね。ごめんね、お兄ちゃん。何か言おうとしてくれてたのに、遮っちゃって。」
「……いや、別にいいんだよ。……洗い物、残ってるだろ? 手伝うよ。母さんたちが帰って来るまで暇だから。」
しょんぼりとする愛莉に笑顔で返す。
心の中では、早く帰って来てくれと祈っていた。
『……お兄ちゃんには、上手に出来たものをあげるね。』
作「いやいやいや、なんでこのセリフがこんなに怖く感じるの!?」
ナ「本来なら微笑ましいはずなのに、完全にホラーじゃん……。」
白「鳥肌が……。」
アハハ……。まあ、この子はちょっと……頭がハイになってるから……というわけでもなく、元からこんな性格なんだよ。
『気を抜くな。絶対に。』
白「主人公の防衛本能が全力で働いているのが伝わってくる……。」
ナ「この義妹、やっぱりただの妹じゃない……!」
うん? ただの妹って何?
『愛莉の目に一瞬、黒い光が宿る。』
作「ホラー演出として完璧すぎる……。」
やめて! 自画自賛みたいに聞こえるでしょ!!?
ナ「まるでゲームのイベントシーンみたいな緊迫感だね。」
そ、そうだね……。