113 記憶の封印
倒れる優斗を受け止め、ケガをしないようにゆっくりとおろした。
「……何してんのさ。」
後ろからの声。
「記憶を消しているんです。あなたこそ何をしているんですか? さっきからコソコソ盗み聞きなど。」
後ろからの声の主は、義弟だ。
「いや、いいだろぉー別に。ま、記憶を消すのは当然か。俺の事までほとんど話しちゃったもんね。」
気絶した優斗の頭に手を近づけて、救い上げるようにそっと離した。
すると、薄い光を放つ球体の物が出てきた。
記憶だ。
その記憶を左手に持つ小さな瓶に入れる。
今度会った時、返せるように。
「……春日、星輝……ねぇ……。その名前が……。」
「……何かおかしいですか?」
「……いや? 特に、何も。兄さまこそ、さっさと気絶させてここまで持ってくればよかったのに。」
悪気のなさそうな笑顔で言う。だが、その言葉は悪意にまみれているだろう。
ふぅ、と息を吐く。疲れた。三年分くらい老けたかもしれない。
義弟は息を吐く××を見て眉をひそめる。
「……というか兄さま。俺が泳げないの知っていたでしょう。」
「……そうですね。」
「昔は泳げていたのに……なんて、考えたのは一瞬でした。」
義弟も、一応頭はいい。
嘘ではない顔。嘘ではない声のトーン。信じてもいいだろう。
「生者は軽く、死者は重い。生きてる人間は水に浮くが、死んでしばらくたった人間は体内に空気もガスもなく水に浮かない。」
「……そうですね。」
だから義弟は、川で沈んだのだ。
「気づいてたなら言ってくださいよ。おかげで仕事ふえたんですよ? ……兄さまのね。」
そうだ。義弟が沈んだせいで救出に時間がかかった。
「お前なんか弟じゃない。」
と冷たく言い放つ。
なら。
それなら……。
じゃあ――弟じゃないならなんだ?
他人か? それともただの親戚か、見知らぬ人物か――。
義弟はこちらに近づき、××の左手を取る。
「死者の体に魂が入っているだけの俺は、見事水中に沈んでしまいました。」
義弟の目と同じ高さにある二人の手は、片方は黒い手袋をし、もう片方は傷一つない真っ白な肌。
兄より身長の高い弟に、兄は自分の手――もとい義弟を睨みつけるように見上げていた。
「死者の安らかな眠りを邪魔したんです。俺から見ればたたき起こされたも同然ですよ。」
弟は兄を見下すように見る。
その顔には、笑顔も、怒りも、憎悪も、後悔も宿っていなかった。
それこそ、リビングデットのような――。
「この身が朽ち、形を保てず、土に変えるその日まで――。」
リビングデットの弟は、兄を見下ろす目に『楽』を宿し、口を三日月形に歪める。
「――寿命、分けてくださいね。」
ネクロマンサーの兄は、弟を睨みつける形で見上げている。
弟は不気味な笑みを浮かべたまま手に力を入れる。
握られている兄の手は、痛みを覚える。別にこの行為は、寿命を与えるわけではない。
「ッ!」
兄の手は、腐っていた。
弟が腐るのを嫌がり、手が腐るのを肩代わりした。
兄は一歩下がるが、手を離してはくれなかった。だから兄は、左手に持つ記憶のビンが割れないように、注意はした。
弟を睨む兄の目には、ほんの少しの『哀』が宿っていた。
弟でないならなんだ? 他人か、親戚か、それとも見知らぬ人物か――。
気づいただろうか、今まで、無意識に弟の存在を人間の枠に当てはめようとしていたのを。
こいつは、人間なんかじゃない。
「痛いですか? 痛いですよね? 何せ俺の体が腐っていくのを少しでも遅らせるためにかたがりゃし……。」
弟が噛んだ……。
「かたが、肩がりゅし……。肩代わり! 言えた!」
作、ナ、白「いやなぜ最後に噛ませた!!!!?」
……いやー、このままだと義弟がただの激やばサイコのリビングデットになって、兄の××くんが被害者のネクロマンサーになっちゃうでしょ?
ナ「それは……。」
言っておくけど、義弟だって被害者だよ? 死んだのに生き返らせられたんだから。
作、ナ、白「………………。」
ま、そんな事より白銀。
白「な、なに?」
着々と『白銀ノ聖桃蝶』としての出番がある会が近づいて来てますねぇ。
ナ「そうなの!? ズルい……。」
ナレーターさん……は……スゥ……うーん、まだ遠いかな……いや、あるっちゃあるんだけど……。
ナ「何なのその反応!」