108 名を持つ者
××くん視点
「……春日……星輝? あ……春日、さん。」
優斗の言葉に××、春日はコクコクと頷く。
不審がられるかもしれない。それでもいい。おそらく次顔を合わせるのは――。
「春日……星輝?」
疑っている。
「……春日……さん。」
「……はい。」
「春日さん。初対面の人に恩を売りつけるのはよくないかと。」
……今思いましたが、喋っているのははっきり言っても言わずとも想定外です。
無視されるかと思っていました。
そして、怖い。
どこかノイズが聞こえるような、周りの空気を変える声。
……この世界だとなんて言ったか。そうだ。闇ボイス、だ。
身構える。
罵詈雑言を浴びせられるかと思った。
「……そうですか。」
返答は意外にも、軽いものだった。
周りの空気を重くする声は、声帯の持ち主の雰囲気で調和される。
拍子抜けだ。
「………………正直言って、最初はなんてことしてくれるんだと思いました。」
「……でしょうね、としか言いようがありません。」
「ごめんなさい。」
「……はい? ……はい。」
意外な言葉に驚きつつ、違うな、と思った。
自分の返事は間違っていると思った。
さっきの二つの返事は××の言葉で、春日の性格には合わない。
「……あぁ…………。……ごめんなさいじゃなねぇんだよ。」
怒りを込めた声に変える。
「俺も死に掛けたんだからな?」
そう。今肝心なのは『自分のペースに持ち込む』こと。
逆に『持ち込まれ』てはいけない。
向こうのペースに吞まれては、終わり。
イメージするのは義弟。
義弟をイメージして言葉を選ぶ。
「ごめんなさいじゃねえ。ありがとうなんだよ。」
「……はぁ……。」
「はぁ?」
「……ありがとう。」
「はぁ……。」
「その反応酷……くないですか? ……そっちが言いだした……んですよね?」
優斗は、敬語が苦手だった。
そんな事より、今すぐここから逃げ出したい。
逃げたい。今すぐ。
すべてを放棄して消えたい。
流れる沈黙。
そして沈黙。
次にやってくるのもおそらく沈黙だろう。
つまり、またペースを持っていかれそうになっている。
ペースを持っていかれないためには、口で話す以外に会話する手段が必要だろう。
筆記用具かスマホのメモ機能か。
残念ながら、どちらも持ち合わせていない。
「あの……ここは、どこですか……?」
「知りません。」
「……じゃあ、帰る手段は……。」
「わかりません。」
「……連絡手段は……。」
「ありません。」