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18.計画を練る

 ジェラルドに案内されたのは大臣補佐官室に隣接した小さな会議室だった。少人数掛けのテーブルにはすでにティーセットが用意されており、突然の訪問なのに迅速な応対だとガブリエラを驚かせる。


「どうしたの。エンバス領で何かあった?」


 対面の席に着いたジェラルドがティーポットに手を伸ばしながら尋ねてきた。


「前触れもなく申し訳ない。近々に解決したいことがあって、ジェラルドの意見を仰ぎたかった」

「謝る必要はないよ。それが相談役ってものでしょう?」


 紅茶の湯気の向こうで鉛色の瞳が緩やかに細められる。彼にだって補佐官の業務はあるだろうに寛大な心遣いが有り難い。


「領内の通路を整備したいと考えている。どの程度まで手を加えることを許してもらえるだろうか?」

「許してって、どういうこと?」


 首を傾げるジェラルドに真意を伝える。折々で触れたワーケンダー領民のエンバス領に対する思い入れを蔑ろにしたくない、というガブリエラの考えを。


「なるほど、そういうことか」


 相談役はふっ、と明確に微笑んだ。


「ガブリエラの使いやすいようにすればいいよ。咎める者はいないんだから」

「しかし、あの地は馬の放牧に使われていたのだろう? 在りし日のままであることを望む方々もいるのでは」

「まぁ、かつての風景を記憶している領民が存命しているかもしれないけれどね」


 テーブルの上で指を組んだジェラルドにひたと見つめられる。


「ねぇ、ガブリエラ。かつての王太子に気紛れに掘り返され打ち捨てられてしまった大地を君は耕して再生してくれた。足元の悪い道を何度も往復して、もう苗まで植え付けて」


 そう。だから悪路を舗装して尚のこと作業の効率化を図りたい気持ちと、景観を残したいという気持ちが相反している。


「それだけで十分だよ。君のあの地に対する真摯な思いはそれだけで伝わってくる。ガブリエラの思うままに作り替えようと誰も責めたりしないよ」


 会議室に来るまでに伝えた近況報告を真顔で聞いていたジェラルドは、ガブリエラが思うよりもその成果を評価してくれていたようだ。


「そう、だろうか」

「大丈夫。僕が保証する。さぁ、どう整備するのか、話を詰めよう」


 そうして二人で顔を突き合わせて今後の計画を立てることにした。


「まずは不要な青草を撤去すればいいのだな?」

「そうだね。草をむしって土質を見て、地を固めるか石畳を敷くかを決めよう。領内全体に通路を巡らせるなら各地で土質に差異があるかもしれない。水捌けが悪くてぬかるみにでもなったら後々困るからね」


 なるほど、環境大臣補佐官として有益な情報を落としてくれる。


「では主要な通り道となりそうなところを除草しておくよ」

「ちょっと待って。ある程度の基準は設けておきたいな。今は人が一人通れるくらいの道幅でしょう? 最低でも横並びで二人が歩ける幅、加えて常夜灯を置ける余裕が欲しい」


 ジェラルドは懐から出した小さな冊子に何かを書き付けている。議事録のようなものだろうか。眼鏡の奥で伏せがちになった眼差しは学園時代よりもずっと大人びていて、ほんの一瞬、別人のように錯覚した。


「僕の方で人を手配して下準備をする。想定する道幅に杭を打ってロープを張らせるから、その内側を除草して欲しい。わかる?」

「それくらいわかる。失礼な」


 相変わらず嫌味な眼鏡だ。その一言がなければ穏やかに話し合いは進むというのに。


「開閉ゲートの方も同時に手を着けようか。まずは測量させて……新しく作ったフェンスゲートは後日搬入するとして、ゲート付近の整地も必要だね」

「ま、待ってくれ。新たに人手や資材が掛かるようだが、まだ補助金で賄える範疇なのか?」


 労働力は無料(ただ)ではない。もちろん何かを用意するための資材もだ。

 エンバス領で暮らすにあたって色々と買い揃えたものだが、その支払いはいずれ領地運用のために下りる補助金から差し引かれるようにジェラルドが取り計らってくれている。有り体に言えばガブリエラはその費用の全容を把握しきれていない。

 家族の夢を見たせいだろうか、金銭面での不安が頭をもたげている。


「大丈夫だよ。でも、そうだね。後でエンバス領に下りる補助金の大まかな目安を示した資料と、これまでの領収書を見せてあげるよ」


(領収書、か)


 すでに支払われているということはジェラルドが立て替えたということか。

 けして安価ではない支払い額を肩代わりされていると知って途端に肩身が狭くなった。これは嫌味のひとつやふたつも甘んじて受け入れるべきではないだろうか。


「ゲートの形状に何か注文は?」

「……特には」

「じゃあ職人に上手く見立ててもらおう」


 流れるように動くペンが冊子の一ページに文字を生み出していく。とん、と文末に小さな点を打ってジェラルドは顔を上げた。


「他に希望や気になることはある? ここをこうしたいとか」

「今のところは……あぁ、報告しておきたいことがひとつある」

「うん、聞かせて」


 そこでガブリエラは昨朝と今朝に目撃した事象について語ってみせた。ブーツの謎を私設警備団のジョンズが調べてくれていることも添えて。


「……なにそれ」

「いや、私の方が知りたい」


 聞き終えたジェラルドは仏頂面を極めていた。


「ガブリエラ自身は無事なんだね? 管理小屋は?」

「私自身は何ともない。外に出てようやく異変に気付いたから、管理小屋にも何かあったようには感じなかった」

「誰かが侵入? 巡回の目を掻い潜って? 靴だけを荒らしていく意味は? そもそも形跡を残すことを良しとしているのか……」


 腕を組んでブツブツと呟いている。

 ブーツに細工をされていたのならガブリエラも悪意を読み取れたのだが、ただ転がっていただけなのでどうにも推測が難しい。


「警備団の誰かが犯人でもない限り、他の何者かがあの小屋に接近したことは間違いない。真相が判明するまでガブリエラは別の場所で寝泊まりした方がいい」

「私が管理小屋で張り込んだ方が良いのではないか? 犯人の目的がわからない以上、異変が起きた日と同じ条件にしておくべきだと思う」


 至ってまともな見解を述べたはずなのに、ジェラルドの眉間は盛大な皺を刻んでいた。じっとりとした目つきで睨んでくるので仕方なく代替案を出す。


「では誰かに協力を仰ぐのはどうだろう。警備団のどなたか、あるいは……騎士団に要請して一緒に小屋で張り込んでもらうとか」

「だったら僕が行く」

「何を言っている。王城勤めの君がわざわざエンバス領に出向くなんて」

「この距離なら移動に難はない」

「いやしかし、いつ現れるかもわからないのだぞ? それこそ夜を徹するかもしれないし、今日ではないかもしれない。仕事に差し障りがあるような行動は避けた方が」

「事態を正確に把握するのも相談役の僕には重要な仕事だけど?」


 ああ言えばこう言う。

 ジェラルドの理屈もわからなくないけれど、他者で補えるところは任せて欲しいというのがガブリエラの本音だ。彼は相談役という立場に重きを置いているようだが、それに責任を感じて無理をして欲しくない。エンバス領がかつてのワーケンダー領だからやむなく負ってしまった役目だろうに。


(でも、引かないのだろうな、おそらく)


 ガブリエラだけでは手に負えないと判断したときに的確に踏み込んでくることを知ってしまっている。


「わかった。ではジェラルド、見張り番を手伝ってくれるか」

「え、ガブリエラはそれでいいの?」

「は?」


 互いにきょとんと見つめ合う。

 何故そこで掌を返すのだ。


「いや、まぁいい。今晩僕が管理小屋で過ごすことを君が了承したんだからね」

「あぁ、そうだが……?」

「まったく……君の危機管理の基準がわからないよ」


 ジェラルドの言っている意味こそわからない。が、ここで追求しても無益そうなので止めておいた。


「ジョンズの報告もあるだろうし続きはエンバス領で、というところかな」


 議事録がパタンと閉じられたことでこの話し合いの終わりを察した。ガブリエラも頷いて席を立つ。


「じゃあ補助金の資料と領収書を見せるから補佐官室の方に来てくれる? あちらの金庫に預けてあるんだ」


 丁寧に結われた長い銀髪の後を追って大臣補佐官室へと足を踏み入れた。初めて訪れる執務室に物珍しさを感じていると、彼の同僚らしき女性から鋭い視線を浴びせられる。職務中に申し訳ない、と心の中で平謝りするしかなかった。


「まず、こちらが資料。補助金の算定は領地の立地と面積を基準にした基本額に色々な条件で加算されていく方式なんだ。橋が架かっていたら維持費用、水害の多い地域には修繕費用の手当てが加算される、という風にね」


 金庫は補佐官室の中に特別に仕切られた小さな個室にあるため、二人で肩を並べて資料を眺めている。エンバス領の面積はこれくらいで、それに該当する金額はこれ、とジェラルドの長い指が指し示す。


「特にエンバス領は王都と街道に隣接しているからね。警備費用や景観保全費用の適用対象にあたる。その分上乗せされるよ」


 なるほど、と納得していると複数枚の領収書を渡されたので自身の手で繰ってみる。各店でまとめ買いしたので記載された金額はどれも大きいが、先程の資料と照らし合わせるとまだ安心出来る範疇に収まっていた。

 いや、でも何か抜けている気がする。


「領収書はこれだけか? 足りていないようだが」

「それだけだよ。足りないって何が?」

「先日用意してくれた麦わら帽子の分がない」

「あぁ」


 ガブリエラの手から受け取った領収書と資料を共に金庫に仕舞ったジェラルドは平然と言ってのけた。


「気にしないで。僕からのプレゼントだと思ってくれればいいよ」

「は、それは困る」

「……僕からの贈り物の何が困るっていうの」


 真隣に立っているせいで、こちらを見下ろす目が丸眼鏡のレンズ越しではなくなっている。怒られているわけでもないのに鋭い眼差しが居心地を悪くさせた。


「色々と便宜を図ってもらっているから、これ以上は結構という意味だ」

「じゃあ領主就任のお祝いってことで。それでもお困りになりますか? ご領主様は」

「その呼び名はしつこいぞ!」


 語気を強めて窘めてもジェラルドはどこ吹く風で笑っている。

 まったく、どこまでも我を通す男だ。


「この後の段取りだけど、僕の終業時間まで王都(このあたり)で時間を潰してもらえる?」

「買い物に出掛けても構わないか?」

「うん、大丈夫。後で合流して僕の馬車でエンバス領に向かおう」

「わかった」


 そんな会話をしながら金庫室を出ると補佐官の女性が驚いた表情でこちらを見つめていた。きりっと美しく優秀そうな印象だったのにぽかんと口を開けている。


「マルグリット殿、わたくしはこの方をお見送りいたします故、また少々席を外します」

「は、はい。承知しました」


 よそ行きの面を被ったジェラルドにマルグリットと呼ばれた補佐官が大きく頷く。なるほど、()()ではない彼の一面を見て驚いたのだろうな、と察した。通り過ぎざま、仕事の邪魔をして申し訳ない、と謝罪の念を込めてガブリエラも会釈したが、また冷ややかな目で睨まれたのでそそくさと退散する。


 城門まで付き添ってくれたジェラルドと待ち合わせの詳細を取り決めたのち、ガブリエラは城下町に繰り出した。銀行に寄ったり商店を流し見たり、ぶらぶらと独り歩きをするものの意識は今夜の見張り番に向いていた。

 正体不明の何者かとその犯行、見張りの供に名乗り出たジェラルド。


(彼に何事かがあってはならないからな……)


 目的もなく動かしていた足を武器具屋へと向けて、大ぶりのナイフと捕縄(とりなわ)を買い揃えた。捕縄はともかくとしてもナイフを使う事態にならないことを願うが、備えておくに越したことはない。

 ジェラルドのために自ら進んで用意するものがこれなのかと思うと、先程話題に上がった麦わら帽子との差に複雑な心境だった。せめてもっと違ったもので彼の役に立てないかと周囲を見回して、ある店に視線が吸い寄せられる。店先で足を止めたガブリエラは思案に耽った。


(少々値は張るが……たまにはこういうのもいいのでは)


 贈り物を受け取ったなら、返礼するのが筋である。

 これならば気に入ってもらえるのではないだろうか。


「こちらを包んでいただけますか?」


 そう指差したのはつやつやと赤い高級肉。なかなか見事な塊だ。

 男には肉を食べさせれば間違いない、と騎士時代に教わった知識が正しいと信じて疑わないガブリエラが思い付く、最上級のプレゼントだった。


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