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17.相談役を訪ねる

 目を覚ましてカーテン越しに陽の光を感じたとき、あぁ夢を見ていたのか、と悟る。家族の夢を見るのは随分と久しぶりのことだった。


 大勢の騎士に踏み込まれたあの晩にガブリエラが語った証言は父やオークス家にとって有利に働いた。

 バンディッカ王国内の調査により、五連薔薇の陶器は一年以上も前から製造されていたことが明らかになった。父と共謀して作らせたものではなく大公閣下があらかじめ用意して機を窺っており、まんまと父が担がれたと判断されたのだ。

 父をパーティへ誘った人物との取引もこの一年以内に始まっており、その事実は正式な記録として残されている。パーティが大公閣下との初めての接点だと認めてもらえた形になる。


 とはいえ二カ国を巻き込んだこの事件、無罪放免とは当然ならず。

 やはり王家の紋を冠した偽造品を流通させようとした罪は大きかった。オークス家はその貴族籍を剥奪され、父は国外への移動を禁じられた。屋敷を維持することも使用人を従えることも出来なくなり、騎士の道を選んだガブリエラと家族が散り散りになるのも致し方ないことだったと言える。


(まぁ国内のどこかにはいるのだろう)


 だからと言って捜す気にも会う気にもならない。人の助言を聞き流しておきながら最終的にはガブリエラが悪いと責め立てる心根にうんざりした。騎士学校の編入試験に向けて勉学に励んでいる最中にも屋敷に残った母や弟にぐちぐちと嫌味を言われ続けたものだ。

 そして今、エメリア王女殿下から下賜された『蒼き涙』――正真正銘の王家の重宝――がガブリエラの手元にあると知られたら、是が非でも恩恵にあやかろうとするのは目に見えている。

 ジェラルドやワーケンダー伯爵に誓ったように、ネックレスにもこのエンバス領にも元家族を関わらせるつもりはない。



◇◆◇



「さて、今日も領主として働かなくては」


 朝のあれこれを済ませたガブリエラは、まずは畑の様子を確認することにして解錠した扉を開いた。優しい朝日と清涼な空気を一身に浴びて作業用ブーツに履き替えようとしたところで動きを止める。


「これは……」


 扉脇に揃えて並べていたはずのブーツがその有り様を変えていた。昨日は片側が倒れているだけだったが今日に至っては砂利の上まで転げており、てんでばらばらの向きに靴底を見せている。甲の部分に置いておいた革手袋も同様にあちらとこちらに落ちている。これは振動で倒れたなんて話ではない。


(細工がされているわけではなさそうだが……)


 注意深く観察してみるも危険物がしこまれていたり切り裂かれているわけではない。ただ転がっているだけだ。ひっくり返して振ってみても土がパラパラと落ちるだけで何も出てこない。


「これも相談案件だな……」


 念のため、作業用ブーツも手袋も身に着けるのはやめておいた。元々の場所に戻すに留めて、別のブーツを履く。昨日種を蒔いた苗鉢に水を遣らなくてはならないが、置きっぱなしだった手桶もしっかり確認して数回すすいでから使用した。

 目撃したばかりの事態に全く見当がつかず、首を捻りながら向かった畑の片隅に佇む緑を見てほっと胸を撫で下ろす。こちらに異変はないようだ。

 定植した苗たちは葉の縁に小さな水滴を湛えており、特に萎れた様子もない。ただ、強い風が吹き抜けるとその身をぐらぐら揺らしているので、いつか支えを付けてやらなければならないだろう。

 土の上に自分以外の足跡がないことを認めたガブリエラはそのまま青草の道を突き進み、木立の中へと潜っていく。やがて姿を現した見張り小屋に向かって声を掛けた。


「失礼、ガブリエラ・オークスです。少々お時間をいただいても構いませんか?」

「おぉおぉ、ガブリエラお嬢さん。おはようございます」


 小さな見張り窓から顔を覗かせたのは髭面のジョンズという警備団兵だった。初めて視察に訪れた際にもこの小屋で番をしていた男性だ。


「ジョンズさん、おはようございます。実は今日、王都に参ろうと考えているのですが、問題はありませんか?」

「もちろん。お留守の間は我々にお任せ下さい」

「ありがとうございます、大変心強いです」


 礼を述べると大男は朗らかに笑う。まるで童話に登場する心優しき巨人のようだ。


「王都にはどんな御用向きで?」

「ジェラルド殿に相談がありまして」

「ほぉ! そりゃ坊ちゃんもお喜びになりますよ」

「それと……実はこんなことがありまして」


 ガブリエラは先程見掛けた異変を説明した。神妙に聞き入っていたジョンズの表情がさっと険しいものになる。


「ガブリエラお嬢さん、大変申し訳ございません! 我々がいながら事態に全く気付かないとは」

「いえ、いつ()()なったのかわかりませんし、他におかしなところはなさそうでしたので。ただ念のためにジェラルド殿にも報告をと考えております」

「本来なら我々の仕事を……大変申し訳ない。もし可能ならば管理小屋の周辺を調査させていただいても?」

「私は構いませんが、そちらのお仕事に差し支えはありませんか?」

「ええ、(じき)に巡回の者が戻ってきますから」


 それならば、とガブリエラは申し出を受け入れることにした。

 申し訳なさそうに眉を顰めるジョンズは乗り合い馬車が街道を通る時刻を教えてくれた。彼らも利用することが多いらしく、開閉ゲートの傍に立っていれば停車してくれるそうだ。王都まで徒歩で行けない距離ではないが、何とも有り難い情報だ。

 このような経緯を経てガブリエラは王都に出向いた。



◇◆◇



「面会のご希望、と。どなた宛てで?」

「環境大臣補佐官ジェラルド・ワーケンダー殿です」

「ふむ。ではあなた様のお名前とご身分を」

「ガブリエラ・オークス……エンバス領領主です」


 少し前なら騎士団所属と名乗れていた身分だったのに、言い慣れない肩書きを口にした。受付の門兵は「おっ?」と驚きを示すが、すぐに手続きは進められた。しばらく待たされたのち、補佐官室から入室の許可が下りたのでガブリエラは王城へと足を踏み入れた。

 騎士宿舎を退去してまだ数日だというのに見慣れた城内が随分と懐かしく感じる。もうすっかり自分の居場所ではなくなった心地だ。騎士服を纏っていないだけでこんなにも心許ない気持ちになるとは。


「そこにいるのはガブリエラか?」


 回廊で呼び掛けられた声に振り返ると、巨躯を揺らして闊歩する騎士団長の姿があった。数日前別れを告げたばかりの元上司は、父アラン逮捕の陣頭指揮を執っていた騎士でもある。見知った顔にほっと息が漏れる。


「はい、団長。先日ぶりです」

「どうした、手続きに何か不備でもあったか?」

「いえ、領地経営の相談役に用件があり、登城しました」

「そうか。きちんとやっているんだな」


 アランが窮地で娘に放った言葉を知り、エメリア王女の助言により騎士を目指したガブリエラを知る騎士団長は優しい眼差しでこちらを見つめている。犯罪者の娘が護衛騎士として身を立てられたのは王女殿下と騎士団長のお陰だとガブリエラは思っている。


「団長ー! だんちょ……おっ、ガブリエラ?」


 騒々しく割り込んできた声がガブリエラの名を呼んだ。


「やっぱりガブリエラじゃねぇか! どうした、忘れ物か?」

「違うよ、コーツ。あと少し声を控えてくれ」

「ははっ、すまんすまん」


 あっけらかんと笑ってやって来たのは騎士学校時代からの同期だ。騎士団長に引けを取らない体躯の持ち主であるコーツ・ザッハは、鮮やかな金髪で人目を引く容姿な上に声が大きいのでとても目立ちやすい。何度同じ注意をしてきたことか。


「で、どうした。もう騎士団が恋しくなったか?」

「いや、仕事の一環でやって来た。人に会いに」

「仕事! ははっ、かしこまりやがって!」

「こらコーツ、俺の前で騎士団の品性を下げるとはいい度胸だな」

「やっ、違いますよ団長! な、ガブリエラ!」


 バンッと背中を叩かれる。力加減に関しても何度も注意したはずなのにな、とコーツを睨み付けるが本人は気付いていないようだ。


「ガブリエラ、こんなところにいたの」


 そんな折、またも名を呼ばれる。次から次へと人が現れる。しかし彼に限ってはこの場にいることに違和感があった。


「どうしてここに」

「ガブリエラがなかなか来ないからでしょう」


 カツカツと石床を鳴らしながら一部の隙もない身形(みなり)のジェラルドが傍らにやって来た。こちらを見下ろす表情は無愛想以外の何物でもない。

 しかし。


「ガブリエラ殿にはわたくしめとのお約束がございますのでお預かりいたします」


 にこりと作り笑いを貼り付けて団長とコーツに告げると、ガブリエラの背中をそっと押して「さぁ行こう」と前進を促してくる。


「団長、コーツ、いずれまた!」


 抗えず足を踏み出したガブリエラは肩越しに何とか言い放った。「また来いよ!」とコーツの声が背後で響く。やはりうるさい。


「僕に面会を申し込んできたかと思えばあんなところで立ち話とはね」

「すまない。団長にお声掛けいただいたので、つい」


 大臣補佐官室へと向かっているのだろう。同じ速度で歩くジェラルドに答える。


「……あの男は?」

「あの男? あぁ、コーツか。彼は同期なんだ、騎士学校からの」

「騎士学校からの……」


 幼少期から騎士を志していたコーツは言わば模範生というやつで、中途半端な時期に編入してきたガブリエラの指導協力生でもあった。非力で貧弱なガブリエラを知られているので今更取り繕う必要もなく、気楽な付き合いが出来る数少ない一人だった。

 そんな事情をざっくり説明するとジェラルドは「ふぅん」と鼻で息を吐いた。


「気安く背中を叩かせるものじゃないよ」

「何度注意しても加減を知らないんだ、彼は」

「そうじゃなくて。叩かせること自体が良くない」


 隣を歩くジェラルドが丸眼鏡の奥から冷え冷えとした目でこちらを見下ろしている。


「それは相談役としての助言か?」

「そうだね。旧知の仲であっても一領主への然るべき対応というものはある。でも、それだけじゃなくて……」


 すっと外された視線が前を向いた。


「軽々に触れさせるものじゃないでしょう」


 端正な横顔が紡いだ言葉の意味を一瞬理解し損ねる。

 バン、と(はた)かれたアレを触れられたと表現して良いものか。少なくともガブリエラにそんな意識はなかった。


(それを言うならあの日のジェラルドの方が……)


 頬に付いた灰を払うために伸びてきた長い指。

 押し当てられた手の甲。

 髪を搔き乱していった手首がどれだけ近かったかも覚えている。


(自分を棚に上げて……)


 そう反論しようとしたが声に出せなかった。

 言葉にしてしまうと先日の出来事を彼にも思い出させることになる。そこに『触れる』という明確な意味を持たせて。何故かそれは躊躇われた。

 だからガブリエラは「気を付ける」とだけ呟いて、どうしてか火照る頬を隠すようにジェラルドの隣をひた歩いた。


活動報告にエンバス領周辺の簡易地図を掲載しております。

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3334010/

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