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第八十二話 自己アピールは魔王にも有効

「今、階段に誰かいませんでしたか?」


 クロムは地獄へ繋がる階段の前でサタンを見た。その階段は既に氷塊で塞がっていて、向こう側は見えない。塞ぐ寸前に二つほど影が見えたような気がするのだが、気のせいだと言われればそうかもしれないくらいに不確かだ。


「さあ? 気づかなかったな……いたか?」

「気のせいかもしれませんね」


 サタンがすぐ横で首を傾げる。クロムはあっさり頷き、氷塊に背を向けた。塞いだのは悪魔や浅黄がすぐにここまで来れないようにするためだ。万が一を考えて氷はかなり厚めにしてある。これを破れるのはここにいるサタンかクロム本人、あとは浅黄が万が一勇者として覚醒し、本来の聖剣を出した場合くらいだろう。しかしそれは考えにくい。先代勇者の聖剣を持って満足している彼が、更に自分の聖剣も出すとは思えなかった。


「まぁ何はともあれ、時間稼ぎ完了だな。これですぐには来れないだろ」 


 サタンは両手を腰に当てて満足げに塞がった階段を見た。今思えば、もう少し早くこれをしていればルークをあんなに追い詰めなくても済んだかもしれない。ルークの件を受け、このメンバーには報連相が足りないと早々に判断したサタンは、すぐにクロムにこの階段を塞ぐように指示をしたのだ。情報共有と作戦会議の時間をたっぷり取るためである。


「階段を塞ぐのはいい案だね。これでゆっくり話し合いができる」


 ミカエルが天秤から少し離れ、広い場所へと移動する。ハルトはしばらく天秤を見て、それから自分の左手を見て、最後にミカエルに視線を移した。


「カウンター制度って、なくなったんじゃないんですか?」

「そのつもりだったんだけど、厳密にはまだ移行はしてないんだ」


 ミカエルは、天秤を背にして真っ直ぐ前を指さした。あまり目立たないが、よく見ると大きな白い扉がある。


「天秤制度に切り替えた瞬間から、あそこに死者の魂が集まってくることになる」

「あ……そっか。煉獄(ここ)で裁くんですもんね」


 ハルトは納得して頷いた。近いうちにここが戦いの場となるかもしれない。大勢死者が来てしまえば確かに大混乱だ。


「早いとこ決着(ケリ)つけねぇとな。そしたら制度も切り替えるし、カウンター制度での裁きもやり直せる(・・・・・)


 サタンが天秤を指さしながら歩いてくる。ミカエルとクロムは当然のように頷いているが、ハルトは驚きのあまりぽかんと口を開けたまま固まった。


「……え。やり直すって……もしかして、五百年分?」

「当然だろう。ハルトのようなケースが他にも無いとは言い切れん」


 ルークが聞いたら卒倒しそうなほど大変な事を、クロムはあっさり言った。自分がやる仕事ではないのに思わず顔を顰めたハルトを、ミカエルは微笑ましげに見て付け加える。


「大丈夫だよ。やり直しは地獄行きになった魂だけだ。天国は、この五百年死者によるトラブルが起きていない。善人ばかりが集まっている証拠だ」


「天国にいて問題ないのに、わざわざ掘り返して地獄に堕とすのは流石に趣味(わり)ぃだろ。でも地獄は別だ。本当は天国行けるのに制度のせいで地獄行きになった魂がいるなら、なるべく天国に上げてやりてぇしな」


「そうですね」


 ハルトは頷いた。やはりサタンは人間の魂の味方。地獄を管理するのはただ人間を苦しめるためではなく、人間の魂や多くの悪魔たちにとってそこが必要な場所だからだ。人間でいう刑務官のようなイメージが近いのかもしれないなと、今更ながらハルトは思った。末端の悪魔がどんな考えなのかは知らないが、サタンやクロム、ルナはそんな感覚でいるのだろう。そこまで考えて、ハルトは思い出した。


「そういえば、瑠奈先輩って……」

「ルナ?」

「ミアの後任です」

「あーなるほど」


 聞きなれない名前に反応したサタンは、クロムのざっくりとした説明に頷いた。どんな奴だろ、と想像をめぐらすサタンの横で、ハルトは瑠奈について考えていた。聖夜とともに店を出たのが最後だが、あれからどうしているのだろう。


「どっかで合流するとか、言ってましたっけ?」

「自力で来るだろ。煉獄は目立つ」

「お前連携って知ってる?」


 明らかにテキトーに答えたクロムを、サタンが呆れ顔で見た。この期に及んで集合場所も決めていないとはどういう事か。そういえば昔から地獄はリーダー同士の連携が取れていなかった。部下への指導は行うクロムも、同僚への口出しは基本しない。ルキウスやサタンのさり気ないフォローで昔はうまく回っていたが、クロムに二人の代わりを求めるのは酷というものだろう。何せ適性が皆無だ。


「ルナってやつちゃんと育ってんのか?」

「一応仕事はしっかりしてますが、魅了については専門外なので何とも……」

「まぁそうだろうな」

「サタン様については今日の昼頃教えました」

「さっきじゃねぇかよ」


 サタンは茜色に変わりつつある空を見た。魔王の存在も先ほど知ったばかりの若い悪魔は、どれほど信頼できるのか。先代は魅惑の悪魔の名そのままに自由奔放だったが、果たして。


「あっ! ほら瑠奈ちゃん、みんないたよ!」


 場違いに明るい声が、地獄への階段の反対方向から響いた。切れ目のある壁の一つが開き、その向こう側から歩いてきた二人組に全員が注目する。


「ルナです」


 隣のサタンからの視線を受けて、クロムがルナを紹介した。続けて聖夜を紹介しようとして、少し迷う。


「あいつは?」

「……人間界に置いてきたつもりでしたが」

「部外者? 人間じゃねぇか」

「浅黄の弟です」

「あー……部外者……? いや関係者か……?」


 サタンも微妙な表情で聖夜を見た。対して聖夜は笑顔だ。それも、とてもいい笑顔をしている。


「魔王様ですか? 初めまして」


 聖夜はサタンの前で立ち止まり、一礼をした。少し遅れてきたルナが、慌てて聖夜の腕を引き、サタンの前から退散させる。


「ちょっと! あなたどういうつもりですの!? 失礼致しました魔王様。ルナと申します。この人間の事はどうかお気になさらず」

「そっか、そうだよね。失礼しました」


 ルナがサタンの前に跪くのを見て、聖夜も倣う。サタンは軽く手を振り、聖夜とルナを交互に見た。


「いや、そういうのは別にいい。お前はどうしてここにいる?」

「気がついたら資料室にいまして。魔王様の復活を感じたのでここに」


 聖夜はすぐに立ちあがった。魔王については教えていないはずなのに、なぜか状況を理解しているような口ぶりだ。一体資料室で何があったのか。その前に、何故資料室なんかにいたのか。自然とルナに視線が集まる。


「運命の天使の恩恵ですわ」


 ルナの嫌味のこもった言い方を聞くに、リリィがまたやらかしたらしいと全員が理解した。思えば浅黄がいたのもそのせいかもしれない。この場に彼女がいたらかなり落ち込むと思うので、いなくてよかったとハルトは思った。彼女は張り切るほどに失敗するタイプだ。空回りしないように、さり気なく注意して見た方がいいかもしれない。


「おい」


 クロムはルナに向かって呼びかけた。彼女はどこか嬉しそうにクロムの元へと駆け寄り、先ほどの資料室での一件を報告する。そこからほんの少しだけ距離を開けて、サタンと聖夜が話をする。ハルトはミカエルとともに、その様子を少し遠くから見ていた。初対面の魔王に積極的に話しかけに行く聖夜のメンタルはどうなっているのかと不思議だ。


「お前はどこまで知っている?」


「恥ずかしながら何も。でも、きっとお役に立てると思いますよ。資料室でこの世界の地理を把握して、瑠奈ちゃんをここまで連れてきたの、僕ですから」


 聖夜は鞄から「煉獄の仕組み」という本を出して、堂々と売り込みをはじめた。サタンは腕を組んで考える。彼の言う通り、あの膨大な本のある資料室から短時間でこの本を選び出し、何の予備知識もない状態でここの見取り図を頭に入れたのだとしたら、よく回る頭と度胸を併せ持つかなりの逸材だ。


 良い人材は一人でも多く欲しいところ。しかし、魔王である自分が言うのも何だが、彼はとても胡散臭く見えた。


「目的は?」


 単刀直入に聞いたサタンに、聖夜は間髪入れずにルナを指さす。


「彼女です」


「へぇ……面白ぇな」


 サタンの唇が弧を描いた。俗っぽい理由を即答、というのは、サタンとしてはかなりポイントが高い。綺麗ごとを並べるよりもよほど信頼できる気がする。まだ、気がする、という程度だが。


「でもこっちの目的は知らねぇんだろ? 世界征服とかだったらどうすんだよ」

「実際、正義にはあまり興味なくて。僕は今、彼女のために生きてますから」

「すげぇな。何、付き合ってんの?」

「いえ。何とか株をあげて視界に入りたいなと」

「そんな段階かよ」

「彼女手強いんです。かなりの塩対応で」

「あいつが何者か知ってんのか?」

「さぁ? ……黒い翼が似合うな、としか」


 聖夜は意味ありげにルナを見た。その口ぶりから、彼女から直接正体を明かされてはいないらしいとサタンは思う。実際ルナは翼を隠した状態でいるが、隠しきれない強力な魔のオーラが漏れ出ているのがサタンにも見えた。つまり未熟者だ。


(コントロールがなってねぇ……力を持て余してる。あんな様子じゃ、魅了も使いこなせてねぇな)


 サタンがルナを見る。彼女は確かに魅力的な外見はしているが、体型を隠すような露出の少ない服装、ガードが固そうな雰囲気、どう見ても「魅惑の悪魔」の看板を背負っているとは思えない雰囲気だ。しかし、内に秘めたオーラは抜群に強い。宝の持ち腐れだと思いながら、サタンは一度聖夜から離れた。


「……クロム」


 サタンはクロムを呼びつけた。すぐにやってきた彼に、小声で話しかける。


「(あいつみたいのがいいのか?)」

「(何の話ですか)」

「(お前の好み。意外だな)」

「(は?)」


 クロムが眉を寄せる。しかしまさかこの流れで、女性の好みそのものを聞かれているわけではないはずだ。おそらく任命印を受け継いだ自分が、何故ルナをリーダーに選んだのか。それを聞かれているのだろう。


「(……あの事件から五百年。今地獄にいるのは若く未熟な悪魔ばかりで、魅了を使いこなせる者自体が多くありません。なおかつ、先代の失敗(・・・・・)も考慮して、色気が多すぎるのも問題かと)」


「成程」


 ルナ本人に配慮して一応小声で説明したクロムに、サタンが納得したように頷く。クロムらしいしっかりした選定基準だ。堅実でミスがない。だが、遊びもない。


「……先代(あいつ)が悪かったのは、頭と男の趣味だけだ」


 藤色の長い髪、深紫の大きな瞳。サタンとクロムが同時に思い描いたのは、遥か昔の苦い思い出。静かにそう言ったサタンに、クロムはただ、頷いた。



「戻りましたっ!」


 天秤前の床が光り、リリィとシルヴィアが現れた。ハルトとミカエルが真っ先に彼女たちの元へ歩いていく。


「ルークは無事かい?」

「ゆっくり休めば大丈夫ですよね?」

「ええ。ミカエル様が早めに気がついてくれたおかげ……聖夜くん!?」

「シルヴィア先生っ! 天使だったんですか? 似合ってますね」

「どなたですか?」


 再び何やら魔王と話し込んでいた聖夜が、ブンブンと手を振っている。シルヴィアが驚き、聖夜を知らないリリィが首を傾げた。その後軽い自己紹介を終え、煉獄の大広間に全員が揃ったのを確認し、サタンが魔のオーラを強めに放った。


 全身に闇を纏わせたサタンには改めて全員が注目した。反射的に翼を縮ませたリリィの手をハルトがしっかり握り、ルナはその圧倒的な力を前に再び跪いた。ミカエル、クロム、シルヴィアはどこか嬉しそうにその様子を見ている。聖夜は平静を装いながら、軽い恐怖と興奮に震える手を隠すように拳を握った。


 自然に円状に立った全員を見回し、サタンが甘く落ち着いた声を響かせた。


「いいか。今から五百年前の負けを取り戻す。今更とは思うが一応言っておくと、裏切り者は俺が責任もって闇に葬るから覚悟しておけ。ハンパは要らねぇ。心の底から人間の魂のために死後の世界(ここ)を守ると決めた奴だけが仲間だ」


 サタンの言葉には全員が頷いた。わざわざ言葉にしなくてもそんな事はわかり切っているとばかりに、その表情にはそれぞれ決意が現れている。少し遅れて、目的を把握したばかりの聖夜もしっかり頷いた。そこまで確認して、サタンがクロムを見る。


「動ける奴はこれで全部だな」

「はい」

「敵側は」

「ケルベスと、クレハという部下が中心です。奴がマスターを名乗ってますから、地獄は敵側に落ちたとみた方が良いかと」


「了解。じゃ、反撃の準備を始めるとするか」


 魔王(サタン)が笑う。好戦的に目を細め、圧倒的なオーラを放つ様子は地獄を束ねる悪魔の王。五百年の仲間の苦労とこれからの期待を一身に背負いながら、むしろそれを楽しむような気軽さで、彼は高揚感を滲ませた金の瞳を光らせた。


「作戦会議だ。今の手札(カード)を全部出せ」

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