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第七十八話 静かな戦い

「お。天秤もちゃんと直ったみたいだな。大変だったろ」

「最後の微調整が特にね」

「前教えたの覚えてたか?」

「役に立ったよ。鳥のたとえがとっても」

「そりゃあ良かった」


 サタンは天秤を見上げた。一度壊れていたとは思えないほどに完全に治っている。続いてぐるりと一周辺りを見回し、最後にリリィに視線を合わせて目を細めた。思わず身を縮ませるリリィにハルトが駆け寄り、クロムがすかさず口を挟んだ。


「リリィですよ」

「やっぱりか! おっきくなったなー」


 まるで久しぶりに会った親戚のおじさんのような気安さで話しかけられ、リリィは困惑気味に頭を下げた。


「ま、魔王様。お待ちしてました」

「リリィ。大丈夫だよ」


 一足先にサタンに慣れているハルトが、フォローしようとリリィの隣に立つ。しかし強大な力を前にしてぎこちない態度が取れないリリィに、サタンはやっぱりかと大きなため息をついた。


「……お前昔から俺に懐かねぇな」

「え、リリィってそうだったんですか?」

「そういえば、生まれた時からサタン様が近づくたびに半泣きで逃げてたな」

「そうだったわね」

「えっ、私そんな事!? すみませんっ!!」


 クロムとシルヴィアが今思い出したとばかりに頷く。まさか幼少期にそんな失礼をしていたとは思わず、リリィは慌てて頭を下げた。しかしサタンは首を振る。警戒心が強いのは天使の本能、悪いことではないのだ。


「そういえばルキウスも俺には微妙に逃げ腰だったな」

「似たのかもしれませんね」

「すみません……」

「いやいい。しかしお前ほんとローズに似たなー。ローズといや、あっちはマジでそっくりだが」


 サタンは天秤の前で座り込んでいる光の塊を指した。何をしているかはわからないが、これだけ騒がしくしてても振り向かない集中力で一心不乱に何かを作っている後ろ姿を、サタンは以前に何度も目にしている。


「あれがルークです」

「だろうな」

「ローズそっくりでしょ」

「本人かと思うほどにな」

「ルークも気にしていてね。サタンに挨拶したいけど、集中を切らしたくないそうだ」

「本当にすみません」


 ミカエルとリリィがフォローする。しかしそんな言葉が無くても、サタンは形式にこだわったりはしない。現場の判断は何よりも優先すべき事だ。おそらく(ルーク)にとって、魔王への挨拶よりも重視すべき何かがあるのだろう。


「大事な事やってんだろ?」

「天秤を守る自動防護壁(オートシールド)だそうだよ」

「まじか。すげぇな」


 ミカエルに説明されて、サタンは改めてルークを見た。彼がしているのは、思ったよりも遥かに高度で重要な事だった。今はまだ地獄からの動きもないようだが、いずれは煉獄(ここ)が決戦の場になることも考えられる。


「天秤を守りながら戦うのは難しい。それを気にしなくていいのは大きなアドバンテージだ……よくやってるな」


 褒めるように金の瞳を細め口角を上げるサタン。それを見て、リリィは誇らしさと気まずさでむず痒い気持ちを抑えるように、きゅっと胸の前で腕を抑えた。


(ルークは凄い。褒められて嬉しいのに……どうしてこんな気持ちになるの)



     ◇



(足りない……)


 ルークは自動防護壁オートシールドを見ながらため息をついた。装置の中央にあるエネルギー残量を示すメーターは、今は八割ほどを示している。


 この状態でも装置は稼働できるが、防護壁(シールド)の威力は完全な状態よりも劣る。出来れば戦闘前には満タンにしたい。


 しかし折角魔王様への挨拶まで省いて作業しているのに、フルパワーを送り込んでもメーターはこれ以上動かなかった。望む通りの結果が得られず焦りだけが募る。


(誰も天秤を気にせず動ける状況にする事が、今の俺の使命なんだ。装置は完璧な状態じゃなきゃ意味ない……せめていつ戦いが始まるかわかれば)


 あとどのくらいで敵が攻めてくるだろう。数分後かもしれないし数日後かもしれない。戦いの時間なんて決めているわけがないのだが、彼が最も必要としている情報はその時刻だった。


(わかるわけないか)


 ルークは溢れんばかりの守護の力で全身を包み込んだまま、再びため息をついた。


 何通りものシュミレーションの中で最も最悪なパターンは、今サタン達が上ってきたあの白い階段から、数分後に大勢の悪魔と聖剣を手にした浅黄が攻めてくる事。確率は低いが、全くないとは言い切れない。


(やっぱり今すぐ完成させないと)


 仮にその最悪のパターンの時にこの装置が間に合わなければ、ルークが直接ここで防護壁(シールド)を張ることになるだろう。一日二日なら不眠不休で守ってみせるが長期戦は難しくなる。他に防護壁(シールド)を張れるのはハルトしかいないが、彼が持っている力では完全な守りにはほど遠い。


 誰もルークに役割を押し付けたわけではないし、天秤を守れとすら言われていない。しかし、交代要員がいないというプレッシャーが、彼を静かに追い詰めていた。


(……仕方ない)


 少し迷って、ルークは自身の翼を、身体を包み込むように前に動かした。そして流れるように羽根を一枚抜き、装置に(かざ)す。羽根はたちまち白く光って装置に吸い込まれていった。同時にメーターがぐんと増える。これを繰り返せば満タンになるかもしれない。


(よし。いけるかも)


 ルークは満足そうに頷くと、続いてもう片方の翼から羽根を抜いた。装置が光り輝くと同時に、自身を包む白い光が少し弱まる。羽根は天使の命そのもの。一本二本ならまだしも、一度にたくさん抜けば力を失うか最悪死んでしまうこともあると、ルークはちゃんと知っていた。


(あと何本いけるかな……ちゃんと完成すればいいけど)


 三本目を抜く。こんなに羽根を抜いたのは初めてだ。恐怖で手が震えてきた。力を失うことへの恐怖ではない。もし自分の力を全て失っても、力を失いすぎて命を失っても、それでも装置が完成しなかったら。


(無駄死にだけは嫌だ)


 今の自分にとって、何の成果も残せない事ほど辛いことは無い。守護の天使が何も守れないなんて、ルークのプライドが許さなかった。


(……いや、怖がってる場合じゃない。絶対できる! 先代みたいに、おれも頑張らなきゃ)


 先代運命の天使ルキウスは、勇者の攻撃を受けて壊れた天秤を、最期の力を使って天国に瞬間移動させたらしい。そんな事を、ルークは最近クロムから聞いたのだった。


 リリィならばそれを聞いて、亡き父の勇姿を誇らしく思うと同時にそうせざるを得なかった状況を嘆くだろう。しかしルークの感想は少し違った。


 この大きな天秤を、別の国に移動させる。おそらく膨大な力がいるだろう。力を使うその時にはルキウスは既に疲弊していたようなので、自分の命と引き換えに天秤を守ったという事だ。


(先代みたいに優秀な天使でも、自分の命より天秤の方が重いと判断した。つまり、おれの命より天秤の方が重いのは当たり前だ。おれが消えても、この自動防護壁(オートシールド)さえあれば役目は果たせる。やっぱどう考えても、おれより装置のが大事じゃん。よし、羽根! 消える前に抜けるだけ抜いとこ)


 これから何日続くかわからない戦い、そして平和になった先の何千年もの日々を思えば、自分が防護壁(シールド)を張るよりも機械にやらせた方が遙かに確実で長く役に立つ。


 普段から効率を最も重視しているルークにとって、その考えは、とても自然なことだった。

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