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第七十五話 魔王復活

「ついに、聖剣を手にした。これで『魔王』を倒し、世界を平和に導くんだ」


 その尖った剣先がきらりと光って、クロムを庇う位置にいるシルヴィアに向いた

。すぐに魔王と戦いたいところだがこの天使が邪魔だ。彼女と争う気はないが、邪魔をするなら考えなくてはならない。


「君は天使なのだろう? なぜ邪魔をするんだ、悪魔の手先なのか?」

「あたしは自分が正しいと思った方の味方よ。だから魔王側(こっち)


 シルヴィアが不敵な笑みを浅黄に向ける。立ち位置を変えるつもりはないのだと、強固たる意志を示すようにより一層大きく翼を広げ、クロムを完全に浅黄の視界から隠した。


「おい。見えないだろう」

「見せないようにしてんのよ」

「君も敵とみなすが、いいんだな」

「構わないわよ。聖剣(それ)であたしと戦えるならね。お馬鹿さん」

「ならば試してみるまでだ!」


 シルヴィアが更に浅黄を挑発する。いかにも悪役が見せるような彼女の態度に、浅黄は全身の血が沸き上がるのを感じた。聖剣が怒りに呼応するように白く輝く。衝動のままに氷塊の端から大きく跳躍し、浅黄はシルヴィアに向かって剣を振り下ろした。


「シルヴィアさんっ!!」

「大丈夫だ」


 片腕でハルトを抱えたクロムの、もう片方の手がハルトの頭にぽんと置かれる。聖剣がシルヴィアの胸に大きく当たり、白い光が彼女を包んだ。通常ならば大きく傷がつくほどの致命傷(クリティカル・ヒット)。しかし聖剣を覆う聖なる光はむしろ彼女を守るように形を変え、その身体に小さな傷一つつけないままに氷塊の下へと降りて行った。聖剣は天使を傷つけられない。以前聞いた事を思い出し、ハルトは安堵の息を吐く。


「シルヴィアさん。よかった」

「だから大丈夫だと言っただろう」

「実際見るまでは不安で」


「一体どういうことだ……」


 事情を知らない浅黄は、不思議そうに聖剣を見た。もしや聖剣とは名ばかりの飾りの剣なのかと根本から疑い始めた彼に、真実を教える者は誰もいない。それどころかシルヴィアは、わざと聖剣に(さげす)むような視線を向けた。


「それ、全然使えないわね。五百年も刺さりっぱなしだったから()びてるんじゃない?」

「そんなはずはない! ちゃんと戦えるはずだ……聖剣なのだから!」


 浅黄は走って階段を数段上がり、再びシルヴィアに斬りかかった。暖簾(のれん)を斬っているような感覚で、まるで手応えが得られない。クロムは巻き添えを食らわないよう、高く上がって遠くから二人を見た。シルヴィアと違って、彼は攻撃を受けるわけにはいかない。


「あっ! こらっ、逃げるな魔王!」

「あんたの相手はこっちよ……ほら、効かないじゃないの。聖剣って大したことないのね」

「くそっ! この剣を馬鹿にするな!」


 何度も斬りかかる浅黄を、シルヴィアはわざと避けずに全て正面から受けた。一歩も動かずに攻撃を防ぎ続ける彼女を上空から見て、性格の悪い事だとクロムは呆れた息を吐く。


「全く。挑発しすぎだ」

「シルヴィアさんって怖いですね……」

「ちょっと! もう、誰のためにやってると思ってんのよ」


 クロムに意識が向かないように敢えて注目を集めているのだと、シルヴィアが睨むようにこちらを見た。白い翼に聖剣が触れるが、やはり全くダメージは受けない。


「あたしだってちょっと遠慮してんのよ? 靴投げてもいいっていうなら思いっきり……」

「辞めろ」


 鉄板入りパンプスを手に持ちはじめたシルヴィアを見て、クロムが眉を寄せる。しかし悲しいかな、現状それが唯一の武器であることは事実である。


 人間を害したら地獄行きになるクロム。担任の先生相手に強い戦闘意欲(きもち)も何もなく、未だ聖剣を出せないハルト。二人は今の時点ではどうする事もできない。


「くっ……このっ! 降りて来い! 魔王の癖に人質を取って逃げるなんて、卑怯だとは思わないのか!」


 浅黄は上空のクロムに向けて剣をぶんぶんと振り回すが当然届かない。クロムは心外だと眉を寄せ、溶けかけた氷塊の上に立って浅黄を見下ろした。


「俺は『マスター』は継承したかもしれないが、『魔王』の肩書きまでは継いでいない」


 あれほど分厚く強固だった氷塊は、既に元の半分ほどの薄さになっている。おそらくもうすぐ出てこれるだろう。


 やはりすぐには届かない位置に立つクロムを見上げて浅黄は悔しそうに顔を歪め、彼の言葉の意味を考える。マスターという言葉も初耳だし、魔王というのは否定された。ならば一体、魔王はどこにいるのだろうか。


「マスター? どういうことだ。お前は魔王では……」

「そんなに気になるなら、会ってみればいいだろう」


 クロムが再び黒い翼を広げる。その黒いブーツが氷塊を軽やかに蹴ったのと同時に、ぶわりと闇のオーラが氷の内側から溢れていくつもの深い亀裂を作った。


「これが本物の『魔王』だ」


 クロムの低い声が、その恐ろしい気配(オーラ)の持ち主を断定する。浅黄の頬を冷たい汗が伝い、琥珀色の瞳が恐怖に見開かれた。乾いた唇から声にならない声が漏れたが、誰の耳にも入らない。自分が戦おうとしていた相手とは、これほどまでに恐ろしいものだったのか。


「ようやくね」

「長かった」


 一歩も動けず立ち尽くす浅黄の横、嬉しそうに頬を緩めるシルヴィアの反対隣にクロムが立つ。その長い腕からようやく離れ、ハルトは一歩下がった。クロムは最近魂の方と顔を合わせたとはいえ、実に五百年ぶりの再会なので少しだけ遠慮する。しかし、ハルトはハルトでこの時を心から楽しみにしていた。


「楽しみです」


 ようやく生身のサタンに会える。期待に満ちた表情で壊れかけた氷塊を見つめる三人を、浅黄は信じ難いものを見る目で見ていた。


「君達は頭がおかしい……こんな……こんなものが楽しみだと……」


 浅黄の震えた声とともにパカリと氷塊が割れ、禍々(まがまが)しい凶悪な気配(オーラ)が暴れ出す。(わず)かな光さえも飲み込むほどの漆黒の闇に包まれ、視力を失ったのではないかと思うほどの暗さの中でも、ハルトはもう恐怖を感じることはなかった。身体が潰れるかと思うほどの重い威圧感(プレッシャー)、身体中の毛が逆立ち肌が粟立つおぞましい感覚の中に、確かな優しさと信頼があると、彼はもう知っている。


「よぉ。久しぶり」


 真っ暗闇の中で、甘く落ち着いた声が聞こえた。最初はぼんやりと、次第にはっきりと、待ち焦がれた魔王の姿が浮かぶ。堂々と威厳ある王者の風格を(まと)ったまま、しかし五百年ぶりに出てきたにしては飾らず気負わず、彼は昔馴染みに挨拶するように軽く片手をあげた。


「待たせたな」


「サタン様」

「お会いしたかったです」

「お久しぶりね」


 誰も(ひざまず)いたりはしない。しかし確かに敬意を持って、三人はサタンの金の瞳を見つめた。


 サタンは順に視線を合わせて、最後に浅黄を見て意外そうに瞬く。


「お前誰だ?」

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