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第七話 頼る先はちゃんと選ぼう

 自分も何かしたいのは山々だが、天国の仕組みを何も知らないハルトは完全にやる事がなくなった。法律書の写しでもあれば自分も読めるのにな、と思いながらしばらく所在なさげにうろうろしていた。


「あ、ハルトさん。念の為これを」


 何か参考になるようなものはないかなとリリィの近くの本棚を見ていると、不意に彼女が机の引き出しから一枚の羊皮紙を出した。


「これに、お名前とご連絡先を書いてくださいね」

「これは?」

「色々な契約などに使える署名用の紙です。例えば私と契約をすれば、ハルトさんのカウンターが適正になるまで私の力の一部を使って守る事もできますから」


 例え彼女が怪しい保険のセールスレディだとしても何でも書いてしまいそうな笑顔を前に、ハルトはそれを受け取った。


「天使と契約なんてできるんですか?」

「前例はないんですけど。マスターに()け合ってみたいと思いまして」

「おそらくできるはずだ。天使の力は守りに特化しているから、お前の今の状況にはちょうどいいだろうな」


 黒谷も頷いた。天使の能力は主に三種類あり、瞬時に異なる場所へ移動できる『運命の力』、防護壁(シールド)を張り身を守る『守護の力』、ケガなどを治す『癒しの力』があるらしい。天使は産まれたときに一つだけランダムに能力が与えられ、幼いころから少しずつ練習して使えるようにするそうだ。そしてその力を最も強く使える者が、リーダーという他の多くの天使の見本として立つ存在になれるのだった。


 それはとても名誉なことらしくリリィは誇らしげに胸を張っていたが、黒谷はリーダーの誇りについてはあまり興味なさそうだ。彼が考えているのはもっと実用的な話である。


「普通能力は一から練習しないと使えないのだが、契約者には契約した天使の能力がそのまま使えるはずだ。しかしハルトが使いこなせるのはおそらくリリィの力の二割ほどだと思うから、その割合で契約する事になるだろう。こいつと契約すれば、何駅分かは瞬間移動できるかもな」


「それは便利ですね!」

「でもほかの人に見つからないように気をつけてくださいね」

「それリリィさんが言います?」

「あっ」

「ハルトの勝ちだな。ほら、あそこで書くといい」


 二人のやりとりを面白そうに見て、黒谷が法律書を持ったまま誰も使っていない奥の机を指す。ハルトは羽根ペンとインクと羊皮紙を持ってそこに移動し、手近な椅子に腰を下ろした。産まれて初めて持った羽根ペンは何も持っていないのではないかと思うほどに軽く、これでいいのかなと不安に思いながらそれを七色に光り輝く不思議な色合いのインク壺に(ひた)す。署名用の専用インクらしい。


 羊皮紙は薄く(なめ)らかだが、普段大学ノートやルーズリーフにしか字を書かないハルトにはその扱いは難しかった。

ギギギ……とペン先が(きし)み、重さを感じないほど軽いはずの羽根がぎこちなく動く。文字どころか線を引くのも一苦労だ。


「おい。ペン先を(つぶ)す気か」


 しばらく羽根ペンと格闘していたら、見兼(みか)ねた黒谷が再び声をかけてくれた。この人は悪魔なのに本当に親切だなと、ハルトは偏見めいたことを思う。


「すみません。難しくて」

「もっと上の方を持て。ペン先は斜めに。そうじゃない、力を抜け」

「はいっ!」

「力を抜けと言ったんだ。気合いを入れてどうする」

「たっだいまーなぁにやってんすかー」


 帰ってきたルークが絶賛羽根ペン修行中のハルトの机に歩み寄った。黒谷がハルトに合わせて丸めていた背筋を伸ばす。背が高いというのも良いことばかりではないようだ。


「早いな」

「いやマスターいなくて」

「いつものことだろう」


 どうやら天国のマスターは外出が多いようだ。多忙なのかもしれない。ルークは軽い調子で黒谷と話しながらハルトの羊皮紙を(のぞ)き込む。


「まーいちお伝書鳩(メッセージ)飛ばしといたしどうにか……えっ字ぃ書けねぇの?やばっ」

「いや羽根ペンって使った事なくて……」

「こらっ!ハルトさんは真面目にやってるのよ」


 デスクにいたはずのリリィまで、気づけばハルトの周りを全員が囲んでいる。


「おい、インクをつけすぎだ。それじゃあ羊皮紙に染みが……」

「あー、すげぇ染みてんじゃん。破れそー」

「大丈夫ですよ。後で修正できますからね」

「待て。なぜそこに手を置く。袖につくだろうが」

「あら、そこ上手ですね。一点プラスです!」

「ねーちゃんそれ意味無いってー」

「いや一点は大事です。ください」

「真面目にやらんと減点するぞ」

「すいませんっ!」


 世話焼きな悪魔と二人の天使による(にぎ)やかな羽根ペン指導は、広い窓から射し込む穏やかな日差しが傾き空が(あかね)色に染まるまで続いたのだった。


 

        ◇


「クレハさん。わ、私……」

「ライア。どうしてこんな事してしまったの?」


 ところ変わって人間界。駅裏にある人気のないベンチで、黒縁の眼鏡をかけた真面目そうな女性が(うつむ)いている。その隣では、ショートカットの美女が心配そうにライアの顔を覗き込んでいた。地獄で最も信頼のおける同僚であるクレハは、ライアの心の()り所だ。


「どうしてあの人間は生きてるの?死んでたらバレなかったのに。もう地獄には帰れないよ……」

「大丈夫よ。まだあなたがやったって知られてない。ちゃんと方法はあるわ」


 優しく肩を抱くクレハの言葉に、ライアはようやく顔をあげる。クレハは地獄のマスターからの指示を思い出した。半分の金の印。それがどんなもので何に使うのか、クレハは知らない。しかしマスターが必要としているのならきっと必要なものなのだろう。クレハは適当に理由を作って、ライアに金印を探させようとしていた。


「実はね。あなたの上司が、マスターから地獄の秘宝を盗み出したらしいのよ」

「クロム様が?」


 ライアは驚いてクレハを見た。黒谷はライアの上司だが、格が違い過ぎて仕事に必要な時以外は話しかけることもない。至って普通に業務報告を求められているだけのときも、その大きな黒い翼と強大な力を前に、ライアはいつも震えながら報告している。しかし、それは彼に何かされることを恐れているのではなく、ただ単に見た目とオーラに萎縮(いしゅく)しているだけだ。真面目で硬派な印象の彼が盗みを働くようにはとても見えない。

 

「実は、彼はとても恐ろしい悪魔なのよ。マスターの座を狙い、地獄を征服しようと企んでいるの」

「え?でも、そんな風にはとても……」

「これを見て」


 クレハは黒い煙のようなものがいっぱいに入った水晶玉のようなものを取り出した。ライアはそれをじっと見る。次第に黒い煙は一人の悪魔を形作った。地獄にいる悪魔の中で最も大きな翼を広げた彼は、水晶玉の中で逆らう悪魔を次々灰にしていた。マスターから奪った地獄の秘宝を手に、強力な雷を落とし、竜巻を巻き起こし、地獄を更なる恐怖に(おとしい)れる上司の姿を見ているうちに、ライアの表情に恐怖が現れる。


 普段真面目に仕事をしているだけの彼が能力を使うところを、ライアは一度も見たことがない。しかし思いのままに力を奮うとこんなにも恐ろしいことになるのだ。そしてライアは、彼の管轄下(かんかつか)で不正をしてしまった。多大な迷惑をかけたという事の重大さを今になって感じ、ライアは震えた。


「ど、どうしよう!私消されちゃうの……?」

「いずれクロム様の耳に入ってしまえば、灰になるのは避けられないでしょうね」

「そんなの嫌っ!」

「ええ。でも大丈夫よ」


 クレハは水晶玉をしまった。良い感じに暗示がかかったようだと内心だけで笑い、表情はいかにも親身に相談を受けている同僚といった感じでライアに向き直る。


「私、マスターに特別に目をかけていただいてるの。あなたがお願い事を聞いてくれれば、掛け合ってあげてもいいわよ」

「マスターに?ほんと!?」


 ライアの瞳に希望が宿った。マスターといえば地獄の最高位。唯一黒谷よりも上の立場だ。彼ならば確かに、ライアの不正も()み消すことができるだろう。しかしクレハは真剣な表情で、気持ち声を(ひそ)めて言った。


「でも、ちゃんとお願い事を聞いてくれないとだめよ?」

「え?」

「実は、私もマスターから頼まれごとをしているの。地獄の秘宝をクロム様から取り返せってね」

「そんなの無理に決まってるじゃない!」


 ライアは思わず大声を出した。慌てて周囲に誰もいないのを確認すると、クレハに向き直る。


「あんなに恐ろしいクロム様から盗み出せるわけないわ」

「留守を狙えば大丈夫よ」

「その秘宝はどこにあるの?」

「それは私にもわからないわ。そういえばこの近くに店を出しているようだけど」

「クロム様がお店?」

「私も地獄を探してみたけど、秘宝はなかなか見つからなくて。彼は留守が多いでしょう?調べてみたら、そこで寝泊りすることも多いみたいなの。あなたはそっちを探してみてくれる?見つけられたらきっと、マスターがなかったことにしてくれるわ」


 上司と店が結びつかず不思議そうに首を(かし)げたライアに、クレハは一枚のショップカードを手渡した。店の扉と同じ、天国に広がる青空のような爽やかなライトブルーのカード。それがまたしても彼と結びつかず、ライアは何かの間違いではと思いながらそれを見る。怪しげな黒魔術の店とかならわからなくもないが、何故洋菓子店なのか。


「じゃあ。お互い頑張りましょうね……灰にされないように」


 隣でクレハが腰を浮かせる。去り際に耳もとで(ささや)かれた言葉に先ほどの恐怖が思い起こされ、ライアの顔から血の気が引いた。それを見て背を向けたクレハは人知れず真っ赤な唇に弧を描き、満足そうに去っていくのだった。



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[一言] 悪役の女悪魔の名前が明らかに。
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