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第六十六話 悪魔祓いの悪魔

「んー。おいし」


 珍しくカウンターの席の方に座って、シルヴィアはフルーツタルトを口にした。(かたわ)らでは、氷のたっぷり入ったアイスティーがカランと涼し気な音を立てている。


「甘くないか?」

「そりゃ甘くないとダメじゃないの、ケーキなんだから」

「程度の問題だ」

「美味しいわよ。生地とのバランスもいい感じ」


 いつものように感想を言って、更に一口切り分ける。シルヴィアの一口は大きい。おそらくリリィの五口分くらいはあるだろうそれは、瞬く間に口の中に消えていった。


「ルークも食べればいいのに。ねぇ」

「聞こえてないだろ。さっきも呼んだが返事もしない」

「ほんとローズの息子よね。そっくりだわ」


 非難ではなく感心の意を込めて、シルヴィアはルークのいる壁際を見た。先程から彼は、自動防護壁(オートシールド)の前で一刻も休まず何かの作業をしている。強度を上げると言っていたが、シルヴィアにもクロムにも、彼が何をしているのかは全く分からなかった。せいぜい邪魔にならないように遠目から見守ることしかできない。


「やっぱり血は争えないわよね」

「もう設計書も見てないしな」

「ローズが考えたのよりも丈夫にするって言ってたわよ」

「そのうちローズを超えるかもな」


 クロムも自分用に淹れた珈琲を飲みながら、壁を向いて作業している桃花色の後頭部を見た。緊急時にすぐ防護壁(シールド)を張れるよう、滅多に天国から出てこなかったローズ。天国煉獄地獄と飛び回っていたルキウスとは違い、彼女とクロムはたまにしか会う機会がなかった。しかし何かの用事で天国へ行ったとき、こうして作業している後ろ姿を見た事は何度もある。そしてそんな時は必ず、呼んでも返事は返って来なかった。


「そういえば、ハルトくん遅いわね」


 シルヴィアが、壁の時計を見ながら言った。クロムもそれをちらりと見て軽く頷く。


「来ると言っていた時間は過ぎたが……あいつにしては珍しいな」


 厳密に待ち合わせ時間を決めていたわけではないので遅刻がどうというつもりはないが、律儀な彼が連絡もなく遅れるのは滅多にない事だ。特に敵側がどう動くかわからないこの状況では、少しの変化も見逃せない。


「学校が終わったら真っ直ぐ来ると言っていたが……何かあったか」

「連絡も来てないわよね」

「そうだな」


 クロムとシルヴィアは同時にスマホに視線を向けたが、いずれの機器にも連絡はない。ならばこちらからしてみようかとクロムがハルトの連絡先を表示したその時、


――――チリン


と店舗のベルが鳴った。



「ハルトくんかしら」

「いや……違うな」


 思わぬ者の気配を感じ、クロムは眉を寄せた。魔のオーラと聖なるオーラの組み合わせ。天使と悪魔が連れ立って来る予定はない。


「ルナはわかるが、あとひとり……ハルトじゃない、知らん奴だな。天使か……?」

「ルナちゃんと天使?」


 その組み合わせは想像がつかないと首を傾げたシルヴィアの耳に、階段を上がる音と爽やかな声が同時に届いた。


「お邪魔しまーす」

「聖夜くん!?」


 ほどなく現れた聖夜と瑠奈を見て、シルヴィアは思わず立ち上がった。これは予想外の組み合わせだ。クロムは聖夜を見て人間か、と小さく呟き、シルヴィアに目線を向ける。


「知り合いか」

「うちのクリニックのバイト君よ」

「シルヴィア先生また会えた!」

「お知り合いでしたのね」


 成程バイトかとクロムが頷く。瑠奈に寄り添うように立つ聖夜を見て、シルヴィアは先ほど聞いた聖夜の恋愛相談の相手が瑠奈であることを理解した。随分(ずいぶん)難儀(なんぎ)な相手を選んだものだと少しだけ同情の視線を向ける。これほどまでに勘が鋭いのに、悪魔に恋をするなんて。


「どうしたのよ二人して。今日は営業しないわよ?」

「急いでお耳に入れたいことがありまして……クロム様」


 瑠奈がクロムの前に立つ。その羨望(せんぼう)の視線に、今度は聖夜が素早く反応した。今まで感じた「嫌な予感」が凝縮したようなクロムの雰囲気に一瞬鳥肌が立ったが、彼が瑠奈の想い人だと気がついた瞬間、嫌な予感を驚きの感情が上回る。だって、瑠奈の想い人は……


「生きてたんですね!!」

「……は?」


 今度はクロムが驚いた。聖夜とは間違いなく初対面のはずだが、何故生きているだけでこんなにも驚かれるのか。死んだと思われていた意味が分からない。


「……悪かったな生きていて」

「いえ。安心しました」

「ちょっと。いきなり失礼ですわよ」

「あんたたち知り合い? じゃないわよね」

「初対面です! あ、ってことは……」

「今度は何だ」


 今度はクロムを見たまま青ざめる聖夜に、忙しない奴だとクロムは呆れの息を吐く。事実この数秒で、聖夜の思考は目まぐるしく変わった。


 瑠奈が天国に行こうと決意するほど思い焦がれている相手。生きているということは、彼は生きていながら瑠奈に現世は地獄だと思わせ、天国へ昇りたいという思考を植え付けた本人ということになる。いや、瑠奈は彼を「追って」天国に行くと言っていた。ということは、彼自身も近々命を絶つ覚悟をしているのかもしれない。


 クロムの全身から漂う「嫌な予感」とは関係があるのだろうか。もしかしたら何かよくないものにとり()かれているのかもしれないし、お(はら)いを勧めたら少しは状況が良くなるだろうか。そして、できれば彼と瑠奈を速やかに引き離したい。見た感じ彼も相当ないい男だが、負けるつもりはないのだ。


「……おい、どうした? 何を考えて……」

「いい霊媒師を紹介します」

「は?」

「あー、そっちいっちゃったのね」


 聖夜の勘の鋭さを熟知しているシルヴィアが、困ったように頬に手を当てる。悪魔の存在を知らずに魔のオーラだけを感知した聖夜は、クロムが何かに憑かれていると思ったに違いない。シルヴィアは、聖夜を(にら)むように見ている瑠奈を制するように軽く手を振り、フォローに回るべく聖夜の肩をぽんと叩いた。クロムが悪魔だと知られる前に、適当な嘘で誤魔化さなければ。


「(ねぇ、聖夜くん?)」

「(先生。あの人は……)」

「(そうなのよ。彼実は悪魔祓い(エクソシスト)でね)」

「(え、あの人が? でもどっちかというと……)」

「(悪そうな雰囲気感じるでしょ? 今(はら)ったばかりの悪魔のオーラがまだ残ってるのよ)」

「(あー。なるほど、そうだったんですね)」


「おい」


 会話は一応小声だったが静かな店には良く響く。勝手に悪魔祓い(エクソシスト)にされたクロムは一言突っ込んだが、否定すると面倒なことになるのでもうそれで通すことにした。悪魔が人間にとってどんな存在かはよくわかっているし、実際に人間に悪事を働く悪魔もいるにはいるので仕方ない。余計な事を言わないように瑠奈に目くばせをすると彼女も小さく頷いた。こうして、面倒な説明は全てどこかの悪魔のせいにして乗りきる強引な作戦がスタートした。


「そっか。じゃあ天国に行くとか言ってたのってもしかして……」

「実は訓練された悪魔は天国にも行ける(・・・・・・・)の。その手伝いをしたりすることもあるわ」

「この世は地獄っていうのも」

人間に害を与える(・・・・・・・・)悪魔が蔓延(はびこ)っている地獄のような世を変えるのが俺たちの役目だ」

「なるほど」


 微妙に嘘か本当かよくわからない、何やら耳障りのよさそうな言葉をすらすら並べるシルヴィアとクロムの息の合ったコンビネーションに、聖夜の表情は次第に和らいでいった。考える隙を与えないのがコツだ。落ち着いた頃合いを見て、瑠奈が一歩前に出る。そろそろ本題に入らなければならない。


「クロム様。クレハという悪魔……がとり憑いている女性をご存じですか?」

「クレハ?」


 瑠奈は聖夜を意識してそう言ったが、もちろん悪魔は人間にとり憑いたりなどしない。普通にクレハという名の悪魔のことを知りたいのだろうと、クロムは記憶を探るように斜め上を見た。しかし覚えがない。


「知らんな。どんな奴だ?」

「私は名前しか存じ上げないのですが……聖夜さん」

「えーとね……ショートカットだけど女性らしい、綺麗なお姉さんって感じかな。大きめのピアスと真っ赤な口紅が良く似合ってて……」

「そいつか」


 探している悪魔が見つかったと好戦的な笑みを深めたクロム。やはりこの情報は有益だったと、瑠奈は満足げに彼を見つめた。


「どこにいる」

「おそらく近くに潜伏しているはずですわ」

「兄さんが連絡取れるよ。聞いてみようか?」

「聖夜くん悪いわね」

紅葉(くれは)さんにとり()いてる悪魔(はら)うんですよね? 協力しますよ」

「えぇ……まぁね」


 こちらが与えた情報のせいで少しズレてはいるが、すんなり状況を理解して協力体制に入ってくれた聖夜は頼もしい。まさかクレハ自身を(はら)う可能性があるとは言えないまま、三人は聖夜がスマホを取り出すのを複雑な表情で見つめていた。

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