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第六十話 彼には何かが見えている

(魅了……毛嫌いしていないで、もっと使いこなせるように努力するべきですわね)


 瑠奈は制服に着替え、駅までの道を早足に歩いていた。人間界に家などないのだが、周囲に合わせるためだ。それに、校門で待ち伏せしていたこの男を()くためでもある。一緒にいることで聖なるオーラを大量に浴びることができる稀有(けう)な存在。修行と思いたまに一緒に下校することを許したが、彼は加減というものを知らないようだ。


「瑠奈ちゃん、歩くの速いよね。ねぇ、ちょっと待ってくれない?」


 少し後ろを、聖夜が追ってくる。それにちらりとも視線を向けず、瑠奈はスピードを上げた。


「いや、いいけどさ。塩対応もなかなかそそるし」

「塩を()いた方が良いのならそうしますわよ」

「僕は悪霊(あくりょう)じゃないんだけど……おっと危ない」


 小走りで近づいてきた聖夜が、瑠奈の真横に立った。前方から歩いてくるのは、人間のふりをした悪魔だ。向こうも瑠奈の存在には気がついているようで軽く会釈をしているが、瑠奈は完全無視をした。


「あれ、知り合い? 危ない奴だと思ったんだけどな」

「全く知りませんわ」

「えー、じゃあストーカーとか? 瑠奈ちゃん可愛いんだから気をつけないと……あ、あっちもちょっと危ないかも。こっちから行こ」


 そう言いながらも、聖夜は次々に悪魔を見抜き距離を取っていく。彼はいつもそうだ。最初は偶然かと思っていたが、こうなるともう何かが見えているとしか思えない。


(恐ろしく勘のいい男……でも、それならなぜ(わたくし)の近くに?)


 聖夜が人間なのは間違いない。しかしこんなにも悪魔を避けている男が、なぜ自分だけにはこんなに近づいてくるのか。何か目的があるのかと疑いの視線を向ける瑠奈に、聖夜は何の含みもなさそうな表情で爽やかに笑った。


「そんなに見つめられると照れるな」

「失礼いたしました。もう二度とそちらは見ないことにいたしますわね」

「そんな極端な。天使みたいだって褒めてくれたじゃない」

「天使が褒め言葉だといつ言いましたか?」

「あれ? もしかして天使嫌い?」


 ツンと反対方向を向いた瑠奈を聖夜は意外そうにじっと見て、そのあと何かを納得したように頷いた。


「そっか。確かに君は天使というよりも……」

「瑠奈せんぱい!」


 何かに気づいたらしい聖夜がそれを言うより先に、後ろから声がかかる。バタバタと足音が近づいてくるのが聞こえ、二人は同時に振り向いた。


「ちょっと、見捨てるなんて酷いじゃないですか!」

「あら。あれはあなたの自業自得ですわよ」

「自分で当たりにいったのに……っと、すみません」


 説教モードの浅黄からどうにか逃げてきたハルトは瑠奈に恨みがましい視線を向けたが、途中で聖夜の存在に気がつき慌てて姿勢を正した。


「君は?」

「はじめまして。水島ハルトといいます」

「僕は聖 聖夜です。よろしく」


 爽やかに出された片手を遠慮がちに握り、ハルトは瑠奈の隣の好青年を見た。次に左手を確認する。人間だ。しかも数値が驚くほど高い。もしかしたら彼が先程話に出ていた聖なる者なのかと思いながら、ハルトは聖夜を見ていた。


「えぇと……?」

「偶然会っただけですの。お気になさらず」


  紹介してもらえるかと瑠奈を見たハルトに、しかし瑠奈は学校でよく見るのと同じ品行方正な笑顔で微笑んだ。詮索(せんさく)するなと言うことだろうか。続いて聖夜の方を見ると、彼は大人っぽい余裕の笑みを浮かべてハルトを見ていた。


「瑠奈ちゃんと同じ学校だね。後輩かな?」

「はい、あなたは……」

「聖夜だよ」

「聖夜さんは?」

「んー。友達かなぁ」

「あら。どなたのご友人ですの?」

「あ、違ったみたい。友達以上……」

()り飛ばしますわよ」

「じょ、冗談だよ。ごめん」


 キッと(にら)まれて聖夜は口を(つぐ)んだ。よく分からないがそこそこ仲良しらしいと、ハルトは二人を見て思う。何せ瑠奈が素だ。一日中作り笑顔を貼り付けているような生徒会長としての顔をよく見ているハルトは、彼女の素の部分を自然と引き出している聖夜に不思議そうな眼差しを向けた。


「ハルト君は、瑠奈ちゃんと仲が良いんだね」

「え? えーと、まぁ……それなりに?」

「ふぅん」

「あっ、いえいえ! 僕彼女いますし」

「あ、そうなの。お幸せに」


 笑顔で圧をかけられ、ハルトは逃げた。聖夜は牽制(けんせい)の意味を込めた笑顔から祝福の笑顔へとあっさり切り替える。どうやら本気で瑠奈の事が好きなようだが、彼女の想い人を知っているハルトは複雑な気持ちで聖夜を見ていた。


「あら。恋人がおりましたのね」

「最近出来たばかりなので」

「もしかして運命の天使ですの?」

「あっはい。よく分かりましたね」


何故分かったのかと驚いたハルトだが、瑠奈は納得したように頷いた。


「運命の天使? 素敵な言い回しだね」


 一方、事情を知らない聖夜は当然ただの比喩(ひゆ)だと思っている。運命の天使などと表現されるのなら、さぞかし素敵な彼女なのだろうと微笑ましげだ。これでハルトは無事、聖夜のライバルリストから完全に除外された。


「きっとすごく素敵な人なんだね」

「はい、とても」

(うらや)ましい限りですわね」

「僕は瑠奈ちゃんの運命の天使になりたいんだけど」

(つつし)んでお断り致しますわ。私の心は揺らぎませんので」

「まだ天国へ行こうと?」

「天国?」


 何故そこで地獄ではなく天国が出てくるのか。二人が出会った経緯(けいい)を知らないハルトのきょとんとした顔を見て、聖夜はがしっと彼の両肩を掴んだ。瑠奈と仲良しかつライバルでもない彼に、ぜひ彼女の自殺願望を一緒に止めて貰いたい。


 そう、聖夜が瑠奈にこんなにも熱心に話しかけているのは、単純に彼女が好きだというのもあるが、なんとか死んだ思い人の事を忘れて前に進んで欲しいと思っての事だった。聖夜は未だに、瑠奈の好きな人は亡くなって天国に召されたのだと思っている。


「ハルト君! 瑠奈ちゃんはね、好きな人を追いかけて天国に行きたいなんて言うんだ」

「あぁ、なるほど!」


 ハルトは理解した。瑠奈はクロムのことをとても(した)っているようだし、もしかしたらリーダー会議にも参加したいのかもしれない。勘違いでハルトや店を襲撃してしまった失敗を努力で巻き返し、クロムやシルヴィアからの信用を勝ち取ろうとしているのだろう。


(瑠奈先輩、すごい人だ)


 以前クロムから、普通の悪魔が天国へ行こうとすると溶けてしまうと聞いたことがある。先程聞いた過酷な修行は天国へ行ける翼を手に入れるためだったのだ。


 いつでも目標に向かって背筋を伸ばし、真っ直ぐに歩いている瑠奈をハルトは尊敬の眼差(まなざ)しで見た。思っていた反応と違い戸惑う聖夜の前から瑠奈の前に移動し、手を差し出す。


「瑠奈先輩、応援してます! 頑張ってください!」

「えぇ。精進(しょうじん)いたしますわ」

「え!? 何で!!?」

「準備が出来たら一緒に行きましょうね!」

「君も!?」


 止めるどころか応援するスタイルのハルトに、聖夜が驚きの声をあげる。いつか一緒に天国へのぼろうと固く握手を交わし合う二人を前に、まずい二人を繋げてしまったと頭を抱えた聖夜の苦悩には誰も気がつかなかった。


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[一言] 可哀想だけど面白い
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