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第五十三話 守護の天使と白い翼(前編)

――――春風に舞う桜のような長い髪に、海のような(あお)い瞳。


自分にも他人にも厳しく、背筋を伸ばして(りん)と立つ姿は自信の表れ。


そんな『守護の天使』に、天国は長い間守られていた――――



――ガチャリ、と音を立ててドアが内側から開く。大きな(かご)を抱えて工房の外にいたシルバーは、驚いて落としそうになった籠を両手でしっかりと支え直した。


「え? どうして? 今勝手に開いて……」


「新発明よ。事前に登録した天使(おきゃくさま)が来た時だけ開くの」


 床に座り込んで設計書を読んでいたローズが、立ちあがってやってきた。彼女は何でもない事のように言ったが、誰が来ても開くのではなく個人の識別までできる装置は今まで見た事がない。シルバーは中に入り、振り返ってドアの内側を見た。なにやら見たことのない機械がついているが、慣れれば気にならないほど小さいものだ。


「凄いわね。こんなの見た事ないわよ」

「まだ試作段階だけどね」

「登録してないと開かないんでしょ?」

「不審者が来ると(やり)が降るようにもできるわよ」

「それは恐ろしいわね……」


 ふふっ、と悪戯(いたずら)っぽく笑うローズに、シルバーは引き()った笑いを返した。彼女はこの手の冗談(じょうだん)をよく言うが、性格上いつか本当にやるのではないかとシルバーは心配している。


「で、今度は何作ってたの?」

「自動計算機。書類仕事が楽になると思うわ」

「それは助かるわ! 数字は苦手じゃないんだけど面倒なのよ」

「集計や記録も楽にできるようにしておくわね」

「最高!」


 天国に来た死者数の記録や地獄との取引に使用する通貨の決算報告等、単純だが数が多い計算は日々の悩みの種だ。それを自動でできると聞いて、シルバーは喜びの声を上げた。見たところまだ装置自体は形になっていないようだが、おそらく彼女ならば近いうちに完成品を城の方に持ってくるだろう。


「それにしても相変わらず凄い部屋よね」


 シルバーは薬草の入った籠を机に置いて、改めて工房を見回した。壁際にはいくつもの工具がずらりと並び、その手前には鉄や木材や石や材質不明の謎の物体までもが無造作(むぞうさ)に置かれている。


「普段はちゃんと隠してるのよ。でも、シルバーだからいいかなと思ってサボっちゃった」


 ローズはへらりと笑った。彼女は人前では滅多に気を抜かない。親友の前だからこそできる珍しい仕草を見てシルバーも微笑(ほほえ)んだ。そして大量の資材に再び目を向け、首を傾げる。


「逆にあたしは隠してるところを見た事ないわよ。こんなのどこにしまえるの?」

「どんなに大量なものでも収納できる袋があるのよ」

「何それ! 凄いわね」

「量産できないから内緒よ」

「さすが天才発明家」

「まあねー」


 ローズは両手を腰に当て、得意げに言った。彼女の自信が日々の(たゆ)まぬ努力の上に成り立っていることをシルバーはよく知っているので、彼女の謙遜(けんそん)しない姿勢も大変好ましく思っている。しかも発明内容も気になるので、思わず前のめりで質問した。


「量産できないのは何で? 作るのに時間かかるとか?」

「単純に材料が足りないのよ。聖なる山の(いただき)に住んでる精霊の衣で作ったんだけどね」

「えぇ!? よく手に入ったわね」

「私じゃないわよ、ルキウスが。あの天使(ひと)よく色んなのもらってくるのよ」


 精霊の衣など、簡単に手に入るものではない。シルバーは驚いたが、ローズは首を振った。毎日どこかしらから大量のもらい物を抱えて帰ってくる夫に、彼女は感心を通り越して呆れている。


「ルキウスなら、精霊とも仲良くなれるでしょうね」

「彼の交友関係は天国一の謎よ。シルバーは今日は医療棟から?」

煉獄(れんごく)で天秤まわりを確認してたのよ。クロムが脱走犯を取り押さえてたわ」

「大活躍ね」

「いつも通りよ。ルキウスと子供たちは? 姿が見えないけど」

「ルキウスが連れ出してお散歩してるわ。あの天使(ひと)の行動範囲広すぎるから、どこにいるかなんてわからないんだけどね」

「危険なところに行かないことを祈るしかないわね」

「私よりずっと過保護だからそれは大丈夫よ。でも、そろそろ発信機を作ろうかとは思ってるわ」

「……つける時は、ちゃんと許可とるのよ?」


 ローズは不敵に笑い、シルバーは少し引いた。しかし確かに、急に現れて急に去っていくあの気まぐれな男の居場所を知るのは、雲をつかむよりもはるかに難しい。発信機くらい付けたくなっても不思議ではない気がする。


「よく結婚したわよね。あんな気まぐれと」

「一応どこに行ってても、ちゃんと夜には帰ってくるのよ」


 ローズはそう言いながら、シルバーが持ってきた大きな籠をのぞきこんだ。中身はシルバーが厳選(げんせん)した薬草だ。どれもそこらではお目にかかれない一級品である。


「これ本当にありがとう。さすが癒しの天使ね! これほど状態のいいものは見た事ないわ……この葉っぱ、こんなに大きく育つなんて知らなかった……えっ!? これってもしかして幻の……」

「実は咲かせるのに成功したのよ」

「うそっ! 凄いじゃないの!」


 小さな白い花を慎重に持ち、ローズは目を輝かせた。『千年花(ミル・フラワー)』。万能薬の研究材料として注目されているがその希少性からなかなか出回らない幻の花として有名である。


「ねぇ、詳細を聞いてもいい?」

「ローズならそう言うと思って、データも持って来たわよ」


 そわそわした様子で遠慮がちに聞くローズに、シルバーは千年花を咲かせるための膨大(ぼうだい)なデータが書かれた紙の束を手渡した。彼女に限っては情報漏洩(ろうえい)の心配はない。出回ったところで、緻密(ちみつ)な温度管理に特殊な土と純度の高い聖水、その他いくつもの厳しい条件をクリアしなければならない繊細(せんさい)な花を咲かせることは、素人にはまずできないだろう。


 案の定、ローズは目を輝かせて紙束に目を通していった。彼女の知識欲は専門外でもお構いなしだ。特に研究書の(たぐい)は大好物である。


「ありがとう! 凄いわ……なるほど。光も関係してるのね」


「太陽光じゃないとだめなのよ」


「ミカエル様の聖なる光を当ててみるのは試した?」


「やってみたけど、咲かせる前にミカエル様が()をあげたわ」


「まさか手動でやったんじゃないわよね?」


「光を(たくわ)える装置も試してみたけど、枯れちゃったのよ。ミカエル様が直接与えた光ならいけそうだったけど、さすがに徹夜(てつや)千年花(ミル・フラワー)に光を浴びせ続けるのは無理だったわ」


「ミカエル様にそんな無茶させられるのは、サタン様とあなたくらいね」


 ローズはくすりと笑って紙束をめくった。


「ねぇ、この聖水の純度って……」


 間髪(かんぱつ)入れずに、次の質問がやってくる。シルバーは少し身を乗り出して、ローズの質問に次々答えた。ローズほどの意欲はないが、やはりシルバーも根っからの研究者。質疑応答のようなこの時間も、研究データを前にした(あお)い瞳がきらきら輝くのを(なが)めるのも、彼女はとても好きだった。

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