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第四十七話 恋愛脳とうっかりの相乗効果

「おい。しっかり歩け」

「や……むりです……て……帰宅部、なめな……で……くださ……」

「キタクブ? なんだそれは?」


 息も絶え絶えに緑の絨毯(じゅうたん)の上を歩くハルトに、クロムは振り返って声をかけた。初回から飛ばしすぎただろうか。人間界に馴染(なじ)んではいるが高校生と話す機会はほとんどないクロムに、キタクブという言葉の意味はわからない。しかし話の流れからすると、おそらく自身の基礎体力の無さを訴えているのだろう。


「お前に体力が備わっていない事は見ればわかる。期待していないから気にするな」

「それはそれで……傷つくんですけど」

「面倒な奴だな」


 (なぐさ)めたつもりだったが、ハルトはますます落ち込んでいるようだ。元々勇者になる予定などなかったのだから体力がないのは仕方ないだろうに。


「しかし、最後までついて来れるとは思っていなかった。予定のメニューの半分こなせば上出来だと思っていたが、よくやったな」

「えっ……全部やらなきゃ死ぬと思って必死にやったんですけど……」


 今度は()めたつもりが何故かショックを受けている。会話とは難しいものだと思いながら歩いていると、 前方から天使が二人歩いてくるのが見えた。


「あの。クロム様ですか?」


 不意に天使から話しかけられ、クロムは驚いて足を止めた。聞こえる陰口(かげぐち)を叩かれたことは山ほどあれど、直接話しかけられた事は一度もない。その上若手天使に様付けで呼ばれるなど、この五百年有り得ないことだった。


「……そうだが」

「やはりそうですか! お疲れ様です」


 警戒(けいかい)(あらわ)に彼らを見るクロムとは反対に、天使達は(ほが)らかに頭を下げた。今までの態度とのあまりの変わりように内心混乱しているクロムに、天使達は口々に言う。


「お話聞きました! シルヴィア様といつまでもお幸せに」

「……ん? 何の話だ?」

「私もあのお話には泣いてしまいました。魔王様からシルヴィア様を託されたんですよね!」

「あ……あぁ。まぁ、そう……か?」

「やはり! これは是非本にすべきですよ。もっと広めないと」

「こうしてはいられない、知り合いの作家に当たってみます。では、失礼します!」

「クロム様もいつでも天国に来てくださいね!」


「……何だったんだ」


「黒谷さん。どうしたんですか?」


 ハルトは震える(ひざ)を無理やり動かしてクロムに並んだ。あらゆる表情が抜け落ちたような真顔だ。この表情を見たのは、瑠奈が店を襲撃(しゅうげき)して来た時以来だ。考えてみればわりと最近だった。


「全く意味が分からん」

「なんて言ってたんですか?」

「サタン様からシルを託された話を本にするらしい」

「それは……意味が分からないですね?」


 ハルトも想像以上の意味の分からなさに首を傾げた。託される、とは?


「後を頼む、的なことですか?」

「そうだろうな」

「そうだったんですか?」

「シルはサタン様を助けるために力を使い果たした。当然、人間になったシルの身の安全は俺が守るべきだろう。託されずともそうするつもりだったが、サタン様も気にしていたから引継ぎの一部にそれも入っている」

「なるほど……それを本に?」

「そこが最も意味不明なところだ」


 クロムは真顔のまま首を傾げた。しかし元々根も葉もない(うわさ)には慣れている身だ。気にするようなことでは無いだろうと流し、いつもの扉に手を(かざ)す。



「……どうした?」

「な、何でもないです!」


 執務室は、いつもと雰囲気が違っていた。原因は、と探し、先程噂にあった(つや)やかな銀髪が机に突っ伏して動かなくなっているのを発見する。疲れているのか、珍しい事もあるものだと声をかけると、隣にいたリリィが慌てた様子で手を振った。向かいに腰掛けて何かを読んでいたルークが、ふと顔を上げてにやりと笑う。


「師匠。シル姉とお幸せにー」

「それは一体何なんだ? さっきすれ違った天使達も言っていたが」

「何か、さっきそういうドラマが生まれたんすよ。勇者と魔王とシル姉の」

「は?」

「ごめんなさぃぃ」


リリィが悲痛な叫びを()らして両手で顔を覆った。またこの天然天使が何かやらかしたらしいとクロムは隣の銀髪を見る。


「何だ。珍しいな」


机に手を置き、残る片手を銀髪にぽんと置く。ついでに艶やかな髪の感触を楽しむように数回()でたが、シルヴィアはぴくりとも動かない。


「師匠に関係あるのはー。魔王様からシル姉託された話っすよ」

「それさっき聞いたけど、なんでそれが本になるの?」


 ハルトが遅れて部屋に入り、ルークの隣に腰かけた。ルークがハルトを見て答える。


「ねーちゃんがやらかした」

「あーなるほど」

「納得しないでください!」


 広場にリリィを残してきたその後が地味に気になっていたハルトは、それで納得した。何かやりそうだとは思っていたのだ。普段しない事を急に張り切ってやるとろくな結果にならないのは、ハルトも何度か経験がある。


「……ちょっと待って。本になるって何?」


 不穏な空気を察し、シルヴィアがようやく顔をあげた。ハルトが先ほどのクロムとのやりとりを繰り返すと、彼女は絶望的な表情をうかべた。どういうことかと詳しく聞くと、リリィが両手で顔を覆いながら、先ほどのラブロマンスを繰り返す。


「よく考えたね」

「凄いな」


 ハルトとクロムは揃って感心の表情をうかべた。対してリリィはもう顔をあげられない。


「こんなつもりじゃなかったんです……」

「ねーちゃんの頭ん中どーなってんだよ」

「天使って愛とか恋とか好きよねー……こんなのサタンさまに知られたら大変よ……」

「お……怒られるでしょうか……」


 自分も天使なのを棚にあげて、シルヴィアは乾いた笑いをこぼした。リリィは今更ながら、魔王をネタにしてしまったことに気がついて真っ青になる。しかしハルトは彼を思い浮かべて思った。あの魔王なら怒るという事はないだろう。むしろきっと。


「大爆笑しそうですよね」

「絶対何百年もネタにされるのよ」

「本は自ら仕入れて地獄中に配るだろうな」

「さっすが師匠の師匠だけあってメンタル強ぇーっすね。どんな悪魔(ひと)なんだろ」

「これぞ王様って感じ……」


「ねえ! シルヴィアとクロムがもうすぐ結婚するって聞いたんだけど、本当かい!?」


 ミカエルが部屋に入ってくる。魔王の話に()れかけた話題が一気に戻り、シルヴィアは眉を吊り上げた。しかも内容もなんだか進化している。


「んなわけないでしょうが」

「あれ? でもさっき聞いて……」

「まさかミカエル様が本気にするとは」

「リリィさん凄いね。やっぱり恋愛トークに慣れてると、ロマンチックな話を思いつく……」


 ハルトは、やはり女の子は恋愛の話とか好きだから、リリィもそういう話を読んだり聞いたりし慣れているんだろうな、という意味で言った。しかし、恋愛経験が豊富だと言われているような気がしたリリィは慌てて否定する。ハルトにだけは、勘違いされたくない。


「恋愛慣れなんてしてません……っ! 私はハルトさんがはつこ……い……」


 リリィがはっと口を押さえたときには、もう遅かった。執務室の時が止まり、ハルト以外の全員がそっと目を逸らす。


「…………え?」

「……なんでもないです…………」


 ハルトは真っ赤になって顔を覆っているリリィを見た。今嬉しい言葉が聞こえたような気がするが、気のせいかもしれない。どうしよう。


「あの……リリィさん?」

「こっち見ないでください」

「今行きます」

「……だめです……」


「人間と天使でネックなのは寿命だけ……ねーちゃんの寿命を短くするのはなんか嫌だから、ハルトの寿命をどうにかして天使並みに伸ばすか、いっそ若いうちに一回死なせて肉体ごと天国に……もしくは……」

「こらこら」

「物騒ね」

「やるときは法律を確認して、ちゃんと許可を取ってからだぞ」


 ハルトが立ちあがり、リリィのいる向かい側にゆっくりとまわっていく。その間ぶつぶつと独り言を言っているルークを、ハルトとリリィ以外の全員が引き気味に見ていた。ミカエルとシルヴィアは軽く突っ込むだけだったが、ルークの本気度を察したクロムのアドバイスは妙に具体的だ。


「さて……地獄(しごと)行ってくる」


 わざとらしくクロムが背を向けたのを合図に、全員が立ちあがり扉へ向かう。ハルトは軽く頭を下げた。


「なんか追い出すみたいになっちゃってすいません……」

「いやいや。私も仕事があるからね」

「あたしも白の部屋に行くわ。あんたもよ」

「はいはーい。あーあ、ぜってー何か方法探す」

「先の事なんてわからんだろうに」


 まだ付き合い始めてもいない二人の今後を真剣に考えてるルークに、クロムが呆れた視線を向ける。付き合っても続くかどうかは別だろうと思っている彼は、仕事を優先するあまり気がついたらフラれているタイプだ。


「えーだってさー。くっついたら絶対別れないじゃん、この二人」


 ルークが去り際に、机に突っ伏したままのリリィとその隣に立ったばかりのハルトを指さす。その断定的な言い方に、思わずハルトは強く頷いた。


「当り前だよ。リリィさんと付き合えるなら一生大事にするに決まってるじゃん」

「え?」

「あ……」


 なぜかルークの問いに答える形でプロポーズまがいのセリフを繰り出したハルトに、リリィが思わず顔をあげる。もはや一秒もここに留まるべきではないと、全員が挨拶代わりに一言突っ込み、急いで退室していった。


「あー、ハルト。こっちじゃないから」

リリィ(そっち)に向かって言ってやれ。じゃあな」

「ふふ。若いっていいわね」

「そうだね。あとは二人でごゆっくり」


 音もなく閉まった扉を気まずそうにしばらく見つめてから、ハルトはリリィの隣に腰を下ろした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ハルトはなぁ、まっすぐでひたすらにいいヤツなんだよな 誰に対しても自分をぶつけられるっていうか だからリリィもクロムもハルトに惹かれてるんだろうな
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