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第四十一話 対価はお気持ちで

「うわぁー、凄い! こんな風になってたんだ」


 中世ヨーロッパにタイムスリップしたような街並みを、ハルトは足取り軽く歩いていた。思えば天国の街をちゃんと見るのはこれが初めてだ。天国(ここ)に来た時はクロムに抱えられて飛んだ恐怖と風圧が凄くてそこまで見えていなかったし、前回は城内から一歩も出ることなくリリィの瞬間移動で帰ったからだ。


「あれ? ハルト初めてだっけ? 城周辺」

「空からはちらっと見たけど、ほとんど見えなかったから」

「とってもいいところなので、ぜひゆっくり見てくださいね!」


 ハルトの両横を、リリィとルークが並んで歩く。メインの通りは明るく、屋台には多くの野菜や果物が並び、活気のある声が聞こえてくる。


「凄いな。みんな楽しそうだね」

「そりゃ天国だからね」

「みんな優しくて親切なのが自慢です」


 ふふ、とリリィが笑う。広い道路には石畳が続いていて、多くの死者や天使が笑顔で歩いている。見分けるのは白い翼があるかどうかと、身体が半透明に透けているかどうかだ。どちらでもない者は、単に翼を消している天使である。例外はクロムだけだ。


 ぶつかりそうになっても避けずに自分の身体を堂々とすり抜けていく実体のない魂を、ハルトは不思議そうに振り返った。


「うわ……本当に透けてる」

「当り前だよ。魂だもん」

「買い物してるみたいだけど、魂になっても食べれるの?」

「食べるっていうか、エネルギーを吸うって感じかな。天使と違ってお腹はすかないから嗜好品(しこうひん)って扱い。ちゃんと歯ごたえとか味はするよ」

「食べ終えたものは光って消えるんです。不思議ですよね」

「へぇー」


 ハルトは果物の屋台をのぞきこんだ。ちょうど隣にいた半透明の青年が、まっ赤なリンゴに手を伸ばしている。青年が触れると同時にリンゴは淡く光り、半透明になって青年の手の中におさまった。


「リンゴが魂になった……」

「おもしれー言い方すんね」

「感性が素敵です」

「センスは悪いけど」

「あはは」


 感動するように両手を合わせるリリィと、以前の下界での買い物を引き合いに出してからかってくるルークに挟まれて、ハルトは乾いた笑いをこぼした。どちらに対しても、肯定も否定もしにくい。


「これどっち向かってるの?」

「どっちでもいーよ。ハルトに見せたかっただけだし」

「本を読むのもいいですけど、クロムさんの言う通り、実際に見れるものは見た方がいいですからね」


 すれ違った天使に笑顔で手を振りながらリリィが言った。昨日から勇者修行を始めたハルトだが、やる気があっても脳の処理速度は変わらない。今朝の座学で早くも頭がパンクしそうになっているのを見かねて、クロムは早々に実習に切り替えた。


 彼は指導に手は抜かないが、状況を見て即座に指導法を変えられるくらいには柔軟である。ついでに案内役にリリィもつければ二人の後押しができて一石二鳥になるのではという思惑もあるのだから、彼の気配りはとどまるところを知らない。


 ちなみにルークは全部わかってついてきている。彼の二人の仲を邪魔したい意思は本物だ。


「あ、コロッケ!」

「ルーク様! 久しぶりだね。持っていきな!」


 ジュージューと弾ける油の音に誘われ、ルークがふらふらと店先に立ち寄る。天国に肉はなく、並んでいるのは芋やカボチャのコロッケだ。半透明の店主が並べたコロッケはきつね色だがやはり半透明。しかしルークは平然と、そのコロッケを持ち上げた。


「揚げたてですね」

「うまそー」

「え? それって」

「ちゃんと食べられますよ」

「腹はふくれないけどね、嗜好品。ハルトも持ってけば?」

「あ、うん。ええと……これいいの?」


 店先に並んでいるコロッケを、ハルトは一つ持ち上げた。重さは感じないが、しっかりと持っている感覚があるのが不思議だ。


「ええと……これいくら……」

天国(ここ)では基本タダだって。教えたろ?」

「えっ!? そっか、天国では現金って使わないんだっけ?」

「お金を使い慣れていると、違和感がありますよね」

「うん。なんか悪いなって……」


 少し罪悪感を感じたハルトに、ルークがにやりと笑う。


「そーゆーときはね、こうすんの」


 ルークはまだ湯気の立った半透明のコロッケを思いっきり口に入れ、美味しそうに食べながら店主に笑顔を向けた。


「うん。美味いっ! おっちゃんさいこー!」


 ルークの胸のあたりから白い光がふわふわ飛んで、店主の目の前で光った。その光を両手で受け取り、店主が嬉しそうに笑う。


「毎度ありー!」

「え!? どういう事!?」

「『お気持ち』っていうんですよ。ハルトさんもぜひ!」


 リリィの満面の笑みに背中を押され、ハルトはコロッケを口にした。さくりとした歯ごたえの後に、かぼちゃの優しい甘さが口の中に広がる。


「美味しいっ! ありがとうございます」


 自然と口から零れた感謝の言葉とともに、ハルトの胸からも白い光がふわふわと、店主の元へと飛んで行った。ハルトからの『気持ち』を受け取った店主はやはり嬉しそうで、その笑顔はより一層、ハルトの心をあたためるのだった。


            ◇


「あー、美味しかった」

「ハルトさんったら、食べ過ぎですよ」

「だって、いくらでも食べれるからつい」

「それわかる。にしても慣れんの早すぎ」


 焼きたてパンにアイスにドーナツ、新鮮な野菜を薄い皮で巻いたものや、具沢山のスープ。気になるものを次々と口にしながら、三人はどこともなしに歩いて行った。


「でもこれだけ食べてもお腹いっぱいにならないって変な感じだよね」

「腹減ったなら、天使がやってる店行けば普通のもの売ってるよ」

「え? ……あっ、ほんとだ!」


 ルークが指さす先には、白い翼を生やした店主がパンを売っていた。その店先に並ぶものは透けていない。


「あっちはお金がいるとか?」

「いーや。『気持ち』は天国共通の通貨だから」

「天使がたくさん『お気持ち』をもらうと、少し力が強くなったり、翼の(つや)が増したりするんですよ」


 リリィが背中に畳まれた白い翼を指さした。よく見ると、彼女の翼は他の天使たちよりも真っ白で輝いている。そういえば翼には個人差があるのだと、ハルトはシルヴィアの翼を思い出した。途端にリリィが不満げに口を尖らせる。


「……今他の翼のこと考えてますね?」

「えっ!? いやいやっ、違うよ」

「誰の事考えてました?」


 上目遣いにのぞきこんでくるリリィの瞳に視線を合わせ、ハルトはあっさり白状した。


「シルヴィアさんだよ。天使の翼ってその天使によって違うんだなって思って……」

「シルヴィアさんの翼……確かにすごく綺麗でした」


 途端に落ちこむリリィに、ハルトは慌てる。


「いやっ、リリィさんの翼もすごく綺麗だよ! 違う魅力があるってだけで」

「わかってます。私にはあんなに洗練された魅力は出せないってことは……」

「リリィさんっ!?」


 声をかければかけるほど、なぜかリリィは落ち込んでいく。横で見ていたルークが、からかい交じりに口にした。


「あーあ、ハルトやっちゃったね。天使の翼に賭けるプライドは凄いんだよ? 他のと比べるなんて言語道断」


「えっ!? そうなの? ごめん」

「いいんです……」

「ねーちゃんもシル姉と張り合おうとすんなって。あの天使(ひと)確実に別格だから。比べる対象にもならないから」

「魔王様が、天国一綺麗だって断言してたくらいだからね」

「天国一……綺麗……いいな……」

「あーもうっ! ハルトは余計な事言わずにねーちゃんだけ褒めてろよ!」

「え? う、うん」


 きょとんとしたハルトの顔を見て、ルークは天を仰いだ。ハルトの鈍い反応から察するに、これは完全なる姉の片思いかもしれない。以前買い物した時はいい感じだと思っていたが、今は二人の間に圧倒的な温度差を感じる。


(やっべー。異種族間恋愛バックアップすんのめんどいし仕事増えるから()だなって思ってたけど……でもフラれたねーちゃんなぐさめんのはもっとめんどい……でもくっつけんのもめんどい……どうしよ)


「……だから、本当に綺麗だって」

「本当ですか?」

「もちろん。リリィさんの心を表してるみたいに純粋で真っ白であたたかくて、なんていうか……そう、白鳥みたいな」

「……白鳥…………」


「鳥とくらべたらダメだってば! あーもう、ほんとに黙ってて!」

「え?」


 結局どんなに考えていても、横で会話を聞いていたら突っ込まずにはいられない。ルークはハルトに向かって叫びながら、クロムに頼んでハルトの修行に天使との接し方についての講座もねじ込んでもらおうと決意した。


 つまり、落ち込んでいる姉ほど厄介なものはないのだ。


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