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第三十九話 医療棟の混乱(中編)

「え? あなたは……シルヴィア、さん?」


 オリバーは驚きのあまりドアを叩く姿勢のまま固まった。ライアの事件の時にお世話になった人間に、白い翼が生えている。


「天使だったんですか?」

「まぁね」


「何だぁ? 知り合いか?」


 ファルコが横から顔を出した。ライアの付き添いの関係で何度も顔を合わせた医療棟責任者の顔を見て、オリバーの表情が緊迫感を取り戻す。


「お、お願いします! 助けてください!!」

「あぁ? どうした」

「ライアが……ライアが」

「だからどうしたのよ」


 ファルコとシルヴィアは顔を見合わせた。ライアは眠っているだけで急変するような容体ではない。自己回復で勝手に目覚める可能性はあるが、それなら助けを呼びには来ないだろう。


「薬を……これで、治るって……」


 同時に首を傾げた二人の間に、オリバーは泣きそうな顔で白い小瓶を差し出した。中から微かに立ち昇る黒い煙を見て、二人はほぼ同時に走る。


小瓶(それ)よこせ!」

「クロム呼んで!」


 シルヴィアが言い残した指示に頷き、遅れてオリバーも走った。シルヴィアとファルコは並んで短く会話を交わす。


「何階?」

「四十」

「特別室かしら」

「そうだ。あいつこんなもん飲ませてぶっ殺してーのかよ」

「治るって言われたんでしょ」

「だからって信じるかフツー。クロムって誰」

「便利な悪魔よ」

「はぁ?」


 開け放したバルコニーへと走り切り、二人は同時に白い翼を羽ばたかせた。天使しか出入りしない医療棟に階段はなく、あるのは重症患者や重いものを移動させるためのエレベーターが一機だけ。基本的には外を飛んで各階のバルコニーに降りるのが定番の移動方法だ。


「おい待てっ! 速っ……!!」


 あっという間に急降下し四十階のバルコニーへ吸い込まれるように消えていくシルヴィアに、対抗心を燃やしたファルコは加速した。医療棟の最上階は五十階、外からでもわかりやすいように外壁に番号が刻まれている。


「クソがっ、もう見えねぇ……あ?」


 遅れて四十階に降りたファルコは、特別室の前で立ち止まった。大きな窓から中が見えるはずなのだが、窓の内側は真っ黒だ。わずかに開いたドアの隙間から、明らかに怪しい毒霧のようなものがシューシューと漏れていた。


「……もしかしてあいつ、こん中入ったんじゃ……」


 強力な防護壁(シールド)を張れる天使ならいざ知らず、治癒の能力だけで毒の中に突っ込むのは自殺行為だ。患者が増えて面倒なことになるのではと思ったその時、ドアが開いてシルヴィアが顔を出した。


「あっ! ちょっと。来てたなら入ってきなさいよ」

「はぁ!?」


 ファルコはシルヴィアを二度見した。毒霧にまみれた部屋の中で普通に喋っている。いや、毒を防げるのは防護壁(シールド)だけだ。だとしたらこれは、毒ではないのかもしれない。いやでも、これは明らかに……


「……何やってんの?」


 堂々巡りの思考に陥ったファルコに不審な目を向けて、シルヴィアは手招きした。しかしファルコは進めない。何の策もなく足を踏み入れたら、死ぬ気がする。


「いや、それ。毒霧じゃ……」

「そうよ。けっこう濃いわよね。ライアの毒吸い出したら部屋中広がっちゃってちょっと大変なのよ。前ならこんなの一瞬で消せたんだけど、ちょっと久しぶりだし手元狂っちゃって」


 あはは、とシルヴィアは笑い、ファルコの頬は引き()った。


「……いや、ちょっと待て。色々おかしい」

「おかしくはなってないと思うわ。でも脳の記憶部分が少し変なのよ。毒じゃなくて暗示の方だと思うんだけど」

「いやおかしいのはお前がだよ!」

「え? あたしはちゃんと覚えてるわよ?」

「記憶力の話じゃねえ!」


 ファルコは噛み合わない会話に頭を抱えた。常識はずれにも程がある。毒の中に飛び込んで平気で治療する天使なんて見た事がない。


「だから早く来なさいってば」

「行けるわけねーだろ! 毒広がってんだぞ!」

「何で? 毒が身体に届く前に浄化すればいいじゃないの」

「じ、浄化!? それって幻の……」

「大げさねー。そりゃあ部屋全部は難しいけど解毒よりは簡単なんだし、身体の周りだけに範囲を絞ればあんたでもいけるでしょ?」

「え?……え?」


(いけるのか? いやいけないだろ。でも出来ないとは言いたくねぇ……負けたくねぇ、けどいけねぇ……行ったら死ぬ)


「今の天使は悪魔の毒に慣れていない。無茶振るな」


 ファルコが葛藤していると、急に背後から低い声が降ってきた。そういえば便利な悪魔を呼ぶと言っていたなと思い出し振り向いて、ファルコは固まる。


 恵まれた体格に巨大な翼、底知れない魔のオーラ。ライアや人間界で天使と小競り合いをしているような悪魔とは、彼は明らかに格が違った。


(……コレは……便利に使っちゃダメな悪魔(やつ)だろ……)


 再び頰を引き攣らせたファルコとは反対に、シルヴィアの顔がぱっと明るくなった。


「良かった! ちょっと手伝ってよ。暗示を解く前にこれ浄化したいのよね」

「毒を飲ませた(・・・・)と聞いたが、何をどうしたらこうなるんだ」

「ライアの身体から出したら散らばっちゃったのよ」

「浄化は得意だったろ」

「そうだったんだけど、何せ五百年ぶりでしょ? 練習しなきゃ」

「……練習は俺がいるときにやれよ」


(何だあれ……)


 呑気(のんき)に会話しながら真っ黒な霧の中に入っていく二人を、ファルコは呆然と見送った。少し遠くの廊下で、黒谷を連れてきたオリバーが息を切らしてうずくまっている。ファルコはオリバーの肩に手を当て、疲労を回復した。


「ありがと……ござい、す……クロムさま、はやくて」

「いや。あいつ何なんだ?」

「破壊の悪魔のクロム様です」

「破壊!?」


 ファルコは反射的に入口に駆け寄った。いくらライアが悪魔で治療が難しかろうと、医療棟にいる以上は死なせたくない。医者の本能だ。部屋に毒が充満しているにも関わらず入っていこうとするファルコを、後ろからオリバーが引き止める。


「放せ!」

「待ってください! たぶん大丈夫です! 治るって言ってくれたので」

「お前悪魔に(だま)されて毒飲ませたんだろーが!」

「それは僕が馬鹿でした。でもクロム様は、ちゃんと信用できる方ですから」


 あの事件以降、黒谷は隙を見てはライアの見舞いに来ていた。オリバーはその度に、彼の器の大きさと自分の狭量さを感じて少し落ち込んでいる。


「きっと大丈夫ですから」

「大丈夫なわけあるか! 早く行かねーと……あ?」


 オリバーの言う通り、徐々に黒い霧が晴れていくのが窓の明るさから感じられる。もしやもう浄化が終わったのかと、ファルコはそろそろと近づいた。


(大丈夫、なのか……?)


 ファルコが廊下の窓から部屋の様子を見ると、二人は部屋の中央で寄り添い合っていた。白と黒の翼が邪魔で顔はよく見えないが、どことなく入りづらい雰囲気だ。


「あ……だめ……まって……」

「こっちを見ろ……もう一度……」

「ん……ね、こう?」

「そうだ……もっと……深く」


「いや、イチャついてる場合かよ!!」


 ファルコは思わず叫んだ。いくら驚異的な速さで浄化が終わったにしても、患者の前で一体何をしているのか。それに単純な嫉妬もあった。天使になってから男ばかりの医療棟で数百年、彼は恋人どころか女天使と会話すらできていない。


(くっそ、邪魔してやる!)


 ファルコは大股で歩き、乱暴に部屋のドアを大きく開けた。


「おい! お前ら患者(ライア)の前で何して……」

「ちょっと! うるさ……」

毒塊(こっち)を見ろと言っているだろうが! いいか、もう目を離すな」

「わかってるわよ。……ねぇ、こうだったかしら?」

「もっと深くだ。完全に突き刺す勢いで……何だ、用があるなら早く言え」


「……いや……なんか悪かったな。邪魔して」


 近くで見てみれば、二人は完全に仕事モードだった。毒霧を濃縮して固めたような黒い塊をクロムが両手で持っていて、シルヴィアがそれに光を当てている。これが五百年前に失われたといわれる幻の医療技術、浄化というやつかと、ファルコは食い入るように見ていた。


「えぇと……深く……突き刺す……」


 ぶつぶつ言いながらシルヴィアが両手を黒い塊にぐいっと近づけると、それはどろりと溶けて白くなり、光の粒子となって散っていった。


一応、解毒と浄化の違いに関しては、

解毒……毒の種類を特定して種類別に対処する

浄化……問答無用で全部吹き飛ばす   イメージです。

普通の天使にとっては解毒の方が楽ですが、シルヴィアさんは力が強いので「全部吹き飛ばしちゃった方が毒の特定しなくていいし楽よねー」って言ってます。セレブ理論です。


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