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第三十七話 夢を叶える悪魔(自力)

「魔王様かぁー。それは予想外」


 ハルト達三人があらかた事情を報告し終えた後。そんな事を言いながら、ルークは棚から抜き出した分厚いファイルを事務机に置いた。すぐにそれを一枚ずつ捲って確認しながら、シルヴィアは頷く。


「そりゃそうよ。サタン様の事は極秘事項なんだから」

「どうして隠しているんですか?」

「だって復活できるなんて知られて邪魔されるの嫌じゃない? せっかく死んだと思われてるんだし、そのまま勘違いさせとこうと思ったのよ」

「封印されていることは知られてないんですね」

「そういうこと」


 シルヴィアが見終わったファイルを棚に戻し、また新たなファイルを出して机に積んだ。いなかった五百年分の書類は膨大だが、目を通すだけ通しておこうと彼女は頑張っている。天国で書かれたあらゆる出版物や資料が揃う白の部屋はとても広いが、ミカエル一人の仕事場として使っているここには全員が座れるだけの椅子はないので、皆思い思いに動きながら会話していた。


「でも魔王様って天使の間でイメージ悪いっすよ? 五百年前天使が絶滅しかけたのも、魔王が攻めてきたからだってウワサ聞いたことあるし。まぁ俺はぜんぜん信じてねーけど」

「確かに、私もそんな話を聞いたことがあります。本当にいらっしゃるとは思っていませんでしたが」

「あー、そうそう。架空の存在だと思ってたよね。おとぎ話みたいな」


 リリィとルークが口にした魔王のイメージに、ミカエルが笑う。


「その噂なら私も聞いたことがあるよ。訂正しようと思ったが、下手に庇うとこちらの信用も失いかねないからね。本人が出てきてから頑張ってもらうとしよう」


 ミカエルの笑みにはこの五百年間の苦労とサタンへの期待が(にじ)んでいた。ハルトはサタンを思い出す。確かに彼になら、何を任せても大丈夫な気がする。悪評も瞬く間にひっくり返しそうだ。


「じゃあやっぱり、一般の天使たちは五百年前の事件について全然知らないんですね」


「天使にはある種の勇者信仰のようなものがあるからな。正義の象徴である勇者が一方的な虐殺を行ったという事実を受け入れるのがそもそも難しい」


 天井近くで古代語の本を並び替えていた黒谷が軽い溜息とともに降りてきた。ミカエルが自ら棚に戻した本は、あまり順番を気にせずざっくりと押し込まれている。数字や文字が正しく並んでいないと気が済まない黒谷は、来るたびに少しずつ直していた。


「勇者って、天使に近い存在なんですか?」


 リリィが抱えていた重そうなファイルを代わりに持ったハルトが、誰ともなしにたずねた。ミカエルが少し考えて頷く。


「感覚的にはそうだね。人間ながら天使と見紛うばかりの聖なるオーラを(まと)う者。でも勇者には、天使と決定的に違うところがある」


「決定的な違い、ですか?」


 ハルトが首を傾げる。ミカエルが答えを言う前に、ルークが剣を振るような仕草をする。


「そりゃ、聖剣でしょ。天使の能力では相手を傷つけることはできないし、武器はあるけど法で厳重に定められていてほぼ使えない。でも勇者は聖剣でどんなに強い悪魔でも(はら)えるっしょ? すげーじゃん。ってなるわけよ」


「え? でも、天使って別に悪魔を祓いたいわけではないんだよね?」


「昔はね。でも今の天使は思ってるかもしれないわよ」

「そこまで過激な事を思っているわけではないと思いますが、今は実際に攻撃的な悪魔が多いですから」

「怖がってはいる感じだよね。悪魔が攻めてきても防戦一方だって歴史が証明してるんだし。自分たちのために戦ってくれる人がいたらって思ってるとおもうよ」


 天使のリーダー三人が、それぞれ苦い顔をする。現在悪魔と仲良くする意思があるのは上層部だけだ。既に一般天使の考えは、自分たちとは大きくかけ離れている。


「闇に呑まれて自我を失った悪魔や魔物が人間や天使を襲う事がたまにある。そういうものから守るために、勇者は本来存在するはずだ」

「魔物っていうのもいるんですね」

「地獄に住む生きもので、人型でないのがそれだ。大抵の魔物は悪魔と契約を結ぶことで管理されているから人間に迷惑をかけることは滅多にないが、時々フリーなやつが人間界に迷い込むこともある」

「なるほど」


 黒谷の説明を受けて、ハルトは水鉄砲を出した。人間に害を及ぼす危険な悪魔や魔物を聖水で祓う。それはまるで……


「勇者っていうより、悪魔祓い(エクソシスト)って感じですね」


 黒谷は頷いた。


「存在意義としてはそちらの方が近いが、悪魔祓いは聖なるアイテムがあれば誰でもなれるのに対し、勇者はその時代に一人しか現れない。戦力も段違いだ」

「聖剣の威力は凄いんですものね」

「一振りで地獄消えるんだっけ? ハルト責任重大じゃん」

「頑張ってみるよ」


 ハルトは頷いた。魔王を倒すという目標を掲げていた浅黄を思いだす。彼より先に勇者にならないといけないと、ハルトは何となく思っていた。


(浅黄先生の事、みんなに言うべきかな……?)


 シルヴィアの座っている机にファイルを置いて、ハルトはそのまま悩んでいた。リリィがハルトの顔を心配そうにのぞきこんでも、しばらく気がつかないほどだ。


「ハルトさん?」

「……え? あ、リリィさん!? すいません気がつかなくて」

「いえ。何か考え込んでいるみたいだったので。大丈夫ですか?」

「あ、はい。全然……」

「どうしたのよ? 何かあったの?」


 書類確認中のシルヴィアも顔を上げて、不思議そうにハルトを見ている。ちょうど近くを通った黒谷がハルトの肩をぽんと叩いた。


「言え」


「あの、実は……」


 ハルトは黒谷の圧に負けて、浅黄の存在を皆に報告した。


          ◇


 浅黄との数学準備室での一部始終を聞き終えた黒谷は、腕を組んで宙を(にら)んだ。何冊目かのファイルを閉じたシルヴィアも頬杖をついて考え込んでいる。


「勇者になって魔王を倒す……か」

「会ったこともないのによく言うわよね」

「雰囲気は確かに恐ろしかったですけど、中身は明らかにいい悪魔(ひと)でしたもんね」

「私もお会いしたかったです」

 

 リリィがまだ見ぬ魔王を思い浮かべたが、うまく想像できずに首を傾げた。実は彼女は以前に何度もサタンに会っているのだが、まだ小さかったので記憶がない。


「浅黄先生も、魔王様に会えばきっと倒そうなんて思わないのに」

「そいつ勇者になる前に潰せねーの? 勇者に関する記憶消すとか」


 ミカエルのデスクで処理済みの書類を確認しながら、ルークが物騒なことを言った。すぐに黒谷が首を振る。


「今の段階ではただの人間だろ。どうにもできん」

「ハルトくんがさっさと勇者になっちゃえばいいのよ。そしたら平和的に勇者潰しができるわ」

「やっぱりそれしかないですよね」


 ハルトは頷いた。自分が勇者になることで浅黄が敵になる可能性を潰せるなら、その方が確実だ。


「具体的に勇者になるにはどうしたらいいんですか?」

「おっ、ハルトやる気じゃん」

「ハルトさんが勇者なら安心ですね」

「みんなのために僕ができるのはそれくらいだと思うから。頑張ってみるよ」


 拳を握って決意表明をしたハルトを見て、黒谷が無言で棚へ向かった。ほどなく奥の方から本を何冊も抱えて戻ってくると、机の上に積んでいく。それを何往復も繰り返し、次第に机は本の山で埋まっていった。


「勇者に関する記述はそれほど多くない。この辺が詳しいだろう」


「多くないって……これすごい量じゃ……」

「念のために全部覚えろ。天使や悪魔に関する基礎知識もあった方がいいから足しておく」

「……ぜ、全部覚える……?」


「勿論だ。あとは実践だが……水鉄砲の射撃訓練は必須だろう。正確に的に当てる技術も欲しいし、威力の調整もできた方がいい。実際に聖剣を手にした時を想定して、剣も持ち慣れておくべきだ。健全な精神は健全な肉体に宿るというし、体力はあるに越したことはない。やることはわかったか?」


「ええと……座学、射撃、剣の訓練、体力……?」

「そうだ。天秤が治るまでには全部終わらせる。ハルト、やるからにはきっちり仕上げろ。妥協は許さん」

「はっ、はいっ!」


「あーあ……スイッチ入っちゃったわね。大変よ」


師匠(あくま)ハルト(ゆうしゃ)を育成するって変な感じっすね」


 背筋を伸ばしたハルトに、シルヴィアが同情の視線を向ける。全員が少し引き気味に見守る中で、黒谷は自信に満ち溢れた勝気な笑みをハルトに向けてきっぱり言い切った。


「お前を勇者にしてやろう」


 やはり、黒谷(あくま)の前で希望(ゆめ)を口にするには相応の覚悟が伴うのだ。ハルトはこれから始まる壮絶な修行の日々を覚悟し、より一層背筋を伸ばして深く頭を下げるのだった。


「よろしくお願いします」


         ◇



「癒しの天使?」


 寂れた駅裏のベンチで、クレハは盛大に眉を寄せた。隣には、白いキャップを深くかぶった青年が、(うつむ)いたまま無言で頷いている。


「誰よそれ。聞いた事ないけど」

「……五百年前から行方不明と聞いてました。天使のリーダーで、ミカエル様の補佐をしていたって」


 青年はぎりぎり聞き取れるくらいの声量でぼそぼそと話した。真偽を確かめるために表情も見たいところだが、彼は一度もこちらに視線を合わせようとしない。


「マスターの補佐なら、結構な力の持ち主じゃないの」


 クレハは背もたれに身体を預け、空を仰いだ。癒しの天使、と小さく呟く。


「癒しってことは、回復系の力ね」

「医療の専門家だそうです」

「どのくらい治せるの?」

「来て間もないのでわかりません。医療棟にもまだ知らせが来たばかりだそうです」


 青年は首を振った。いかにも無理やり言わされているように報告をする彼は、最近自ら志願して来た新人のスパイだ。天国へ行ける翼を持つ彼は確かに貴重な戦力だが、今後も使い続けるのは難しいかもしれないと、クレハは思案する。


「……そう。でもそんな天使がいきなり出てきて、周囲の天使たちは受け入れるかしらね」

「急に新しいリーダーが現れたので、困惑しています。特に医療棟は」

「仲間割れっていい響きね」


 クレハはうっとりと目を細めた。そうして勝手に自滅してくれるなら、それに越したことはない。

 

「少し様子を見ましょうか」

「あ……あのっ……彼女は! た、助けてくれるって」


 立ち上がったクレハを青年が呼び止める。そういえばそんな話をしていたかと思い出し、クレハは彼に白い小瓶を差し出した。


「それを飲ませなさい」

「ありがとうございます!」


 恐怖と戦いながらそれを掴んだ青年は、立ち上がろうとしたが足が震えて動けず、結局ベンチに座ったままで深く頭を下げた。彼が悪魔と取引したのは、昏睡状態の恋人を助けるためだ。


「なるべく早く飲ませるのよ。天使には、悪魔の治療なんかできやしないんだから」


 目の前でばさりを黒い翼が広がる気配とともに、彼女の声が降ってくる。それがどんなに怪しくても何の知識もない青年は、ただその言葉と手の中の小瓶に(すが)るしかない。天使に悪魔の治療が難しいのは、ここ数週間医療棟に通い詰めた彼自身もよくわかっているのだ。


(ライア。待ってて、今僕が助けるから)


 クレハの気配が完全に消えた後、青年(オリバー)は白い翼をいっぱいに広げた。愛する恋人が目を覚まし、再び自分を見てくれる日は近いと信じて、彼は空高く天国へと帰っていった。


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