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第二十二話 銃刀法違反にならない武器を選ぼう

 ハルトが瑠奈に襲われる少し前。白亜の城の第三食堂では、リーダー会議の面々が黒谷持参のケーキを食べながら雑談をしていた。特に会議というわけではなく、たまたま皆いるのでお茶でもしようかという流れだ。


「ハルトくんも呼べばよかったね」


 ミカエルがハーブティーを一口飲み、ほっと息をついて言った。嬉しそうに苺ショートにフォークを入れていたリリィが首を振る。


「ハルトさんは学校ですもの。忙しいので邪魔はだめです」

「ガッコーってどんなとこなんだろー?」


 リリィの隣で、ルークが首を傾げた。天国に学校はない。ルークはリリィと違って人間界によく行くが、制服姿の人間たちをよく見かけるなと思うだけで何をするところなのかはいまいち把握していなかった。そんなルークの向かい側でのんびり珈琲を飲んでいた黒谷が、記憶を辿(たど)るように眉を寄せる。いつだったかシルヴィアが医師免許取得のために学校に通っていた時期があったのだ。試験のたびに勉強につきあわされていたので覚えている。


「だいたい同じ年齢の人間たちが集まって、計算や言語や一般常識などを教わるところらしいぞ」

「本読めばわかるのにわざわざ教わんの? めんどくない?」


 真顔で言ったルークは素だ。彼の優れた頭脳では、大抵の事は本を読めば理解できる。しかしリリィはフォークを置き、溜息をついて紅茶の入ったカップを両手で包んだ。本を読んだだけで理解するのは難しいのだ。リリィはいつも、何度も同じ箇所を読んだりミカエルや黒谷に聞いたりしてどうにか必要なことを頭に叩き込んでいる。


「ルークは優秀だから。私は学校に行って教われたらいいなって思います」

「試験もあるらしいぞ」

「えっ……それは、ちょっと」

「ねーちゃんガッコーなくてよかったじゃん」


 隣でルークがケラケラ笑った。秒速で前言撤回したリリィをミカエルが微笑ましげに見ている。


「昔は学校設立の話も出てたんだけどね。五百年前の事件でそれどころではなくなってしまったんだよ」

「今となっては教師になりうる天使もいないしな」

「昔は博識な方がたくさんいらっしゃったんですよね」


 五百年前に進んでいたはずの研究も、研究者がいなくなってしまって途絶えたものがたくさんある。その中でも現在特に困っているのが古代言語と医療の分野だ。そのどちらにも深く関わっていた一人の天使の姿を、ミカエルは思い浮かべていた。


「ん、うまっ! ……癒しの天使ってどこにいるんすかね?」


 真っ白なレアチーズケーキに舌鼓を打っていたルークがそれを口に出す。優れた頭脳といえば彼の母親であるローズの代名詞だったが、彼女の専門分野は主に発明。医療や言語の分野で多大なる功績を残した癒しの天使は、今も行方不明のままだ。


「どこかで生きていればいいんですけど」

「すげー天使だったんすよね」

「本当に優秀だったよ」

「次期マスターと言われていたからな」


 黒谷の言葉に、リリィとルークは揃ってミカエルを見た。物心ついたときからミカエルがマスターだった彼らにとって、マスターが代替わりするなんて想像もつかない。


「マスター引退とかあんすか?」

「いや、有事の時って意味だよ。私に何かあったら天国を託そうと思っていたんだ」


 まさか先にあっちの方に何かあるとは思わなかったと、ミカエルが寂しそうに眉を下げた。その様子を横から見て黒谷が口を開く。この場に癒しの天使がいたら言うであろう言葉を、彼は代わりに口にした。


「ミカエル様が無事なら、それ以上の事はないです」

「残される側は辛いんだけどね」

「いっぺんにリーダー全員いなくなったら、そりゃ辛いっすよね」


 当時を思い出し力なく微笑むミカエルに対し、何も覚えていないルークはやはりあっさりとしている。彼の中では親はいないのが普通だし、大切な人が亡くなった時の悲しみもまだ彼は知らない。


「誰もいない状態からいきなりリーダーになったお前らも、よく頑張っていると思うぞ」


 尊敬する師匠からの言葉に、ルークが嬉しそうに口角を上げた。リリィもほっとしたように紅茶を一口飲んで笑う。この五百年、天国の立て直しには相当の苦労が伴った。しかし地獄はそれ以上に大変だろうと、ミカエルは黒谷に労いの視線を向ける。


「いつもありがとう、クロム。君がいなければ、地獄は存続さえも危うかった」

「ただ出来ることをやっているだけです」


 返事はいつも通り簡潔に返ってくる。地獄を守ることは当然の役割だと、彼は一度も弱音を吐いたことがない。いくら強靭(きょうじん)な体力と並外れた精神力を有していてもそろそろ限界に近いのではないかと、ミカエルは心配していた。


「定期的に吐き出すんだよ。しかるべき人のところでね」

「……必要があれば」


 それが誰かとは言わなかったが、ミカエルと黒谷が思い浮かべているのはおそらく同一人物だろう。今頃クリニックか店のどちらかにいるであろうあの銀髪は、昔から黒谷をよく理解している。


「今地獄はどうなんすか?」

「大荒れだ。ライアが目覚めれば、実行犯の名を聞くことができるんだがな」

「強力な暗示だが医療班が頑張っているからね。きっと回復するよ」

「それ考えるとやっぱハルトお手柄だよなー」

「身を(てい)して守るなんてなかなかできませんよね」


 ルークが感心したように腕を組み、リリィが頬を緩ませる。天使は守りに特化したその性質から保身の気持ちが強く働くようにできているが、リーダーとして天国を守る使命を負った二人は、常々天国のためには自己犠牲も必要だと心構えをしている。


 しかし、それは簡単にできるものではない。能力がうまく発動するかもわからない状態で何の計算も心構えもなく、ただ目の前の二人を守るために飛び出していったハルトの勇気ある行動は、二人の心を大きく動かしたのだった。


「すっかりハルト君のことを気に入ったようだね」

「まーね。あいついいやつだし。あ、ねーちゃんとの件は別だけど」

「え?」


 ルークが牽制(けんせい)するとリリィの顔が朱に染まる。その表情を見てミカエルは微笑み、黒谷はにやりと口角を上げた。


()れたか」

「えっ? い、いえいえ! そそそんなことは……」

「動揺しまくりじゃん」

「ちがうの。ただその……かっこよかったな、って」

「これが青春ってやつかい?」

「そのようですね」

「もうっ、からかわないでくださいっ!」


 耳まで真っ赤になった顔を両手で覆い隠したリリィは間違いなくハルトの事を意識しているのだろう。先のことを考えるあまり手放しで応援できないルークとは違い、黒谷とミカエルは(おおむ)ね好意的なスタンスで見ている。


「それなら特に、これからハルト君をしっかり守らないとね」

防護壁(シールド)あるし大丈夫じゃない?」

「ライアとオリバーを守った件で目立ってしまったからな。もしかしたら狙われるかもしれん」

「そんなっ! どうしましょう」

「心配ないよ、ルークの防護壁(シールド)は優秀だ。でも、これからはハルト君にも攻撃手段が必要になるかもしれないね」


 ミカエルが口元に手を当て考える。攻撃といっても、ハルト本人に危険が及ぶかもしれない黒谷(あくま)との契約は論外だ。悪魔(ばら)いの手段なら天国にもいくつかあるので、武器を貸し出す形になるだろうと武器庫の在庫を思い出す。


「聖なる弓やナイフなんかは武器庫にあったと思うんだけど」

「危ないでしょう。高校生が持つものではありません」


 過保護な黒谷は鋭利な武器を秒で却下した。他人に興味を示さない彼にしては珍しいことだと、ミカエルは笑う。


「ハルト君は逸材(いつざい)だね」

「何がですか」

「いや、何でも。ならあれはどうだい? 『水鉄砲』」


 黒谷の返事を待たずして、ミカエルは立ちあがり自身の仕事部屋である白の部屋へと向かった。ほどなく持って来たのは宝石が散りばめられた豪華な箱だ。(ふた)を開けると、中には繊細な細工が(ほどこ)された銀色の銃が一丁入っている。いかにも国宝という扱いの品に、リリィとルークは思わず立ち上がって箱の中を覗き込んだ。


「それが『水鉄砲』?」

「初めて見ました」

「こんなに貴重なものを……」


 ミカエルも大概だと黒谷は呆れた。箱の中にあるのは紛れもなく国宝の水鉄砲だ。そんなものをぽんと貸し出そうとしているのだから、ミカエルの中でハルトの信頼度は相当なものなのだろう。


「これなら人間界の法律にも触れないだろう?」

「あくまで水鉄砲ですからね」

「中身ってやっぱり水なんですか?」

「なわけねーじゃん。ねーちゃんやべーな」

「え?」

「まあ『水鉄砲』と聞いたらそう思うだろうな」


 ルークに揶揄(からか)われたリリィをすかさず黒谷がフォローした。その隣でミカエルが銃を構え、真っ直ぐ黒谷を狙う。


「中身はね。『悪魔祓いの聖水』だ」


 ミカエルは少しも躊躇(ためら)わず引き金をひいた。銃口から出た聖水が矢のように鋭く、黒谷に向かって飛んでいく。それを反射的に受け止めた黒谷の手のひらで水の矢はぱしゃりと弾け、透明な液体が袖を濡らした。


「……なぜわざわざこちらに?」

「動作確認だよ。それに、どうせ君には効かないだろう?」

「濡れるんですが」

「師匠強えー」

「大丈夫なんですか!?」

「平気だ」


 黒谷はハンカチを取り出し手をふいた。悪魔祓いの聖水をかけられたにしてはその手のひらには少しの傷もなく、嫌そうに眉を寄せているのもただ意味もなく袖を濡らされた事へ抗議の意を込めただけだ。天国に溶けることなく来ることができるほど、黒谷の身体は聖なるオーラに慣れている。聖水がどれだけ効くかは特異体質などではなく、要は慣れと気持ちの問題なのだ。


「クロムほど天国(ここ)馴染(なじ)んでいれば、聖水もただの水だ。でも普通の悪魔への効き目は保証するよ」

「聖水の威力は強力だ。おそらく普通の悪魔なら一発で消滅させられるだろう」

「そんな平気そうな顔で言われても全然信じらんないんすけど」

「本当に効くんですか?」


 リリィとルークの疑わし気な反応も当然だろう。先に黒谷を撃ったのは失敗だったかと、ミカエルは苦く笑って水鉄砲を机に置いた。


「もちろん効くよ、クロムは本当に例外なんだ。あと、聖水は自動生成されるようにしておくよ。大事な時に弾切れは困るからね」


ミカエルがその上に手をかざすと、淡い光の玉が銃身に吸い込まれるように入り、全体が金色に光り輝く。やがて光が馴染んでもとの銀色になった銃を再び手に取り、彼はリリィに向けて惜しげもなく国宝を差し出した。


「とりあえずハルトくんに渡しておいてよ。ね」

「折角の機会だ。今から行ってくればいいんじゃないか?」

「え……いいんですか?」


 国宝を慎重に受け取ってあからさまに嬉しそうな顔をするリリィを見て、ルークが面白くなさそうに口を尖らせる。


「めんどいけどおれも行く」

「邪魔するなよ」

「邪魔しねーともっとめんどい事になりそうだし」

「ルークったらもう」


 仕方なさそうにルークを見るリリィは、完全に甘えん坊の弟を(なだ)める姉の顔をしている。それに、ハルトとは恋人同士でも何でもないので二人きりで会いたいと主張するのも変な話だ。まず店に行くつもりなのでシルヴィアもいるだろうし、普通についてきてくれた方がありがたかった。


「じゃあルーク。一緒に行きましょう」

「どうせ店でしょ? 師匠も行かね?」

「いや、クロムは残ってくれないかな。頼みがあるんだ」

「だそうだ。……書類仕事が溜まっているんでしょう。計算くらいしかできませんよ」

「ありがとう!!」


 (すが)るように黒谷を見ていたミカエルの顔がぱあっと輝いた。黒谷は昔からよく天国の仕事を手伝っていたので、仕事内容もリリィやルークより詳しい。


「じゃあ行ってきますね」

「ハルト君によろしく」

「必ず持ち歩くように伝えておけよ」

「はいはーい」


 笑顔で手を振り、リリィとルークはすぐに消えた。残された黒谷とミカエルは白の部屋へ移動し、山積みの書類を前に溜息をつくのだった。

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