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第十四話 白黒つかないこともある

 ライアは焦っていた。上司の店に行って地獄の秘宝を盗んでこいとの命令を受けたのはつい昨日のこと。店が閉まっているのを確認して忍び込んだのは良いが、まさか人がいるとは思わなかったのだ。


「あなた、何者なの?」


 目の前の緩く巻かれた銀髪を見る。細身ながら男性的な骨格に女性的な顔立ちとピンヒール、この店の関係者ということは悪魔なのかと思ったが、彼または彼女の背に未だ翼は生えておらず、こちらの攻撃にも一向に反撃する気配が無い。ただの人間なのかと思えばカウンターも見えなかったので、人間でも無いのだろう。


 だからと言って天使でもない。もしも天使だとしたら見習いだとしても簡単な防護壁(シールド)か短距離の瞬間移動くらいは出来るはずだが、どちらも発動した気配はない。そもそも、悪魔の店で天使が留守番をしているなんて事は有り得ないのだが。


「さぁ。何でしょう」


 質問に質問で返し、シルヴィアはとっさに見つけたゴム手袋をつけた。雷対策としては心もとないが無いよりマシかもしれない。箒はとっくに真っ黒な炭の塊となってレジの横に転がっている。何か代わりになるようなものはないだろうかと見回すシルヴィアに、ライアは再び言った。


「翼があるなら出しなさいよ」

「嫌よ」

「無いの?」

「さぁね」


 眉を寄せるライアに向かって、シルヴィアは大袈裟に肩をすくめた。自分が何者かなんて事は、ここ五百年の間ずっと自分に問い続けてきた。翼もない、かといって人間にもなり切れない中途半端な存在。でもそうして生きていくしかない。


「天使でも悪魔でも人間でもないなんて、おかしいわよ」


 毛玉が良く(こす)れた繊維のようにパチパチと静電気を内包しながらこちらへ向かってくる。傷はつかないが当たるととても痛いのは経験済みだ。


 シルヴィアはそれを(かが)んで避け、同時に黒いピンヒールのパンプスを(つか)んで投げつけた。見事毛玉にヒットした靴はバチッと青白い光を一瞬放って毛玉とともにショーケースの奥へと転がっていく。これは意外といい武器になると思いながら、もう片方も脱いで手に持つ事にした。ヒールは片方だけでは履けない。


「白か黒かだけじゃつまんないじゃない。そう思わない?」


 ライアは全身に電気を(まと)わせながら、何を言っているのか分からないという表情でこちらを見ている。若い子には早かったかしら、と内心呟き、シルヴィアは彼女を観察した。


 基本的に天使や悪魔は、生まれながらの自分の能力に近いリーダーの管轄に置かれる。黒谷はあの性格から滅多に能力を見せることはしないが、主に自然現象を操る破壊攻撃が得意で、破壊の悪魔と呼ばれている事をシルヴィアは知っていた。今のところ彼女からは雷しか出ていないが、氷や竜巻が出てくる可能性も充分にある。


「知ってる?悪魔は他種族を傷つけてはならないと昔から地獄法で決まってるのよ。破ったらタダじゃ済まないわ」

「そんなの知ってるわ。あなたほんとに何者なの?」

「悪魔だといいわね。殺しても罪にはならないもの。でも、あなたの上司は黙ってないかも」


シルヴィアはできるだけ余裕そうに見える表情で言った。例え何も無くても、手の内があると感じさせることが大事だ。 しかしライアは法律違反というところよりも、上司という言葉を聞いた時にびくりと肩を震わせた。法律より黒谷の事が怖いようだと、シルヴィアは意外に思う。


「あら、そんなに怖がっててよくこんな事してるわね」

「仕方ないのよっ、早く探さないと」

「何を探してるの?」

「きっ……何でもないわ。あなたに関係ない」

「そうね。でも助けてあげられるかも」

「あなたに話しても無駄よ!」


 これ以上話はしたくないと、ライアから雷が飛んだ。先程持ったもう片方の靴を高く放り投げてそれを受け、低く伏せる。シルヴィアの身代わりに黒焦げになったそれは箒の隣に転がった。これでもう武器は尽きた。シルヴィアは真っ直ぐライアを見て、ゆっくりと言葉を(つむ)いだ。賭けだ。


「罪のない少年を地獄行きにして脅されてるんですってね」


 ライアが目に見えて動揺する。背後に小さな雷が落ち、床にタイル一つ分ほどの穴が空いた。しかし今のは狙ったわけではないのだろう。きちんと制御出来ているのだろうかと不安になる。


「な、何であなたが知ってるの!?」

「あなたの上司も知ってるわよ」

「嘘っ!まだ広まってないって」

「誰に言われたの?」


 ライアの顔が強ばった。半分開いたままの口からその名が零れることは無かったが、瞳は明らかにシルヴィアではなくこの場にいない特定の人物を映しているようだった。やはり背後に誰かがいるのは確実だ、シルヴィアはちらりと時計を見た。笛を吹いてからまだ数分、黒谷もおそらく最速で来てくれるだろう。あと少しだけ時間を稼げばいい。


「奪ったポイント、リーダー権限で(さかのぼ)って見られるのを知らないようね」

「でも大丈夫よ。地獄の秘宝さえあれば守ってもらえる……言う事聞けば、なかった事にできる……」

「なかった事にはならないわよ」

「地獄の秘宝を……なかったことに……」

「だからならないってば。聞いてんの?」


 ライアの瞳から光が消える。こちらの話が届かないのは追い詰められているせいか、それともやはり暗示がかかっているのか。彼女の動揺を表すように、バチバチと不穏な音が大きくなる。室内にも関わらずどんよりとした雲がパステルカラーの店内に影を落とし、(うね)るように大きく広がっていった。おそらく完全に制御外だ。


(これはまずいわねぇ)


 シルヴィアは目を固く閉じ、姿勢を低くして頭を抱えた。これで駄目なら仕方ない。


「もう、全部無くなっちゃえばいいのよぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!」


 自暴自棄な叫び声が響き、フラッシュを()いたような強い光が(まぶた)の裏側に走った。少し遅れてドンという大きな音とともに固いタイルの床が揺れる。これ以上無いほど身を縮めたシルヴィアに、しかし覚悟したような衝撃は無かった。


「シルヴィアさん、大丈夫ですか?」


 まず初めに、優しくあどけない少年の声が聞こえた、ハルトだ。目を開けると視界いっぱいに広がる白い翼とその上の鮮やかな桃花色、ルークが天に向かって手を伸ばし防護壁(シールド)を張っているのが見える。(いた)わるように背中に添えられたリリィの手は小さいながらも温かく、シルヴィアは安心するように息を吐いた。


 あと一人、横に蒼白な表情で立っている見慣れない天使もいるが……誰だろう。あの子死にそうな顔してるけど大丈夫かしら、とシルヴィアは思う。


「もっと早く呼べ」


 そして最後にもう一人、シルヴィア達天使とライアの間に立ち(ふさ)がるように広がる黒い翼が、開口一番シルヴィアに文句を言った。雷を手で直接受けたのか、その右手は帯電したようにピリピリと強い光が弾けている。痛そう、とシルヴィアは反射的に思ったが、恐らくそうではないのだろう。雷は黒谷の得意分野だ。


 黒谷は振り向くと、シルヴィアの前まで来て(ひざ)を折り、無事を確かめるように視線を合わせた。薄墨色(うすずみいろ)の瞳が、気遣わしげに揺れる。


「あんたこそもっと早く来なさいよ」

「最速だ。怪我は」

「無いわ」

「無茶するな」

「日頃のあんたに比べたらしてないわよ」

「俺の無茶は死なない」

「あたしだって死なないわ」

「どうだかな」


 そのまま口喧嘩を始めてしまいそうなある意味いつも通りの二人を見て、防護壁(シールド)の内側に安堵(あんど)の空気が漂った。しかし向こう側ではライアが絶望的な表情を浮かべている。それをちらりと見て、やがて黒谷が動いた。


「まともに話が出来ればいいが」


短く息を吐いて、黒い翼は背を向けた。


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