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第十話 信じる先を間違えてはいけない

 勇者。それは正義の象徴(しょうちょう)のような存在として語られる。悪を倒し魔を(はら)い人を救う強き者。そんな勇者が、何もしていない悪魔を無差別に殺し始める。それは確かに、誰も予想し得ない大事件に違いなかった。


「いくら魔を(はら)えるからってそんな事……酷すぎます」


 リリィはほとんど泣きそうな表情で言った。ハルトは無意識に黒谷を見る。彼はこの場で唯一の悪魔だが、突然地獄に突き落とされたも同然のハルトをここへ連れてきてくれた事への感謝は計り知れない。そんな黒谷が、悪魔だという理由だけで突然勇者に殺されたとしたら。そんな事があっていいはずがない。


「死後の世界に生きている人間が来ること自体が(まれ)なことだし、伝説の勇者がまさかあんな形で出てくるとは思わなかった。どうにか被害を食い止めようとそれぞれが自分の役割を果たし力を尽くしたが、結果的に多くのものを失ってしまったのは事実だ」


 しかし当時を知る黒谷の淡々とした語り口や表情から(にじ)み出るのは、勇者への憎しみや怒りではなかった。彼の中にあるのは、当時感じたやり場のない苦々しい気持ちや自分への後悔だ。あの時もっとうまくやれていればと考えなかったことはない。そんな表情を見ながら、ルークが考え込むように眉を寄せる。


「でもさー。勇者って正義の象徴だから、いい奴じゃないとなれないんじゃなかったっけ?」

「話が通じない奴ではあったが、悪人というわけでもなかったな」

「でも大量虐殺犯なんですよね?」

「勇者はある悪魔に(そそのか)されただけだ」

「あー。それが今業績とか言ってる奴?」

「そういう事だ」


 やり口変わんねーな、とルークが(つぶや)く。急に話が今に繋がり、ハルトは少し頭の中で考えを(まと)めた。


 『ある悪魔』が天使を憎み、業績を広めて悪魔が天使を嫌うように仕向けている。同じように五百年前は、天使を絶滅させるため、勇者を使って悪魔を倒した。ん?


「何で天使を憎んでるのに悪魔を虐殺?」

「聖剣は魔を(はら)うから、天使は攻撃できないっしょ」


 当然のように言うルークは、ハルトやリリィよりもずっと頭の回転が速いのだろう。しかし黒谷は混乱している様子のハルトにもわかりやすいように説明してくれた。


「そう、聖剣は悪魔しか殺せない。だから当時そいつはまず勇者を使って悪魔を虐殺(ぎゃくさつ)し、それを天使のせいにした。信じやすいように幻術も使ってな。そして天使が勇者を使って悪魔たちを滅ぼそうとしていると思い込んだ悪魔は天国を総攻撃、煉獄(れんごく)と天国の二ヶ所で大規模な殺し合いが起こったんだ」


「自分は何もせずに勝手に殺し合う、効率的な戦法っすね」


 ルークが椅子の背に(もた)れた。感心するような言葉とは裏腹にその表情は厳しい。ハルトもようやく状況がわかって、納得したように頷いた。


「それで天使も大勢亡くなったんですね」

「天使悪魔ともに、当時の生き残りはほとんどいないといっていいだろうな」


 黒谷が(うなず)き、ボードの方を振り返った。そろそろ話を戻そうという合図だろう。


「そんな事があって天秤が壊れたわけだが、今再起動に向けて準備しているところだ」


「え?天秤って生きてんすか!?」

「じゃあもしかしてこの数字も無くなるんですか!?」


 ハルトとルークが同時に机に手をつき立ちあがる。ハルトはカウンターの数字を机の向かい側に見せるように左腕を上げた。それを見て、ミカエルがしっかりと頷く。


「その通り。天秤の修理が終われば、カウンター制度はなくなり元の天秤を中心としたシステムに戻ることになる。ハルトくんのその数字もなくなるよ」


「あとどれくらいで出来るんですか!?」


 今日一番の勢いで詰め寄るハルトに、ミカエルは口元に手を当ててしばらく考えた。


「うーん。どうかな……だいたい一年から五十年後くらいかな?」

「そんな幅あります?」

「もうすぐですね!」

「いや一年ならすぐだけど、五十年だったら結構長いよ?」


 当然のように幅のある数字を出してきたミカエルと嬉しそうに胸元で両手を合わせるリリィにハルトは突っ込んだ。ハルトは今年十六歳、まだ誕生日が来てないので十五歳だ。一年後ならよほどの事が無ければ生きているだろうが、五十年後はちょっとわからない。


「天使の時間感覚は曖昧(あいまい)だからな」


 黒谷がボードに『天秤制度への移行 1〜50年?』と書き加えた。天秤を修理するには膨大な聖の力が必要だ。黒谷には扱えないので、ミカエルに任せるしかない。


「天秤が完全に使えるようになるのが早いか、ハルトのカウンターがプラスになるのが早いかだな」

「その前に死んだらゲームオーバーで地獄行きって感じ?」

「ルーク!」

「まぁまぁ。そうならないように、あれを書いてもらったんだろう?」


 リリィが不謹慎だと(まゆ)()り上げてルークを(にら)む。そんな様子を見て苦笑し、ミカエルが立ち上がった。窓際のデスクに移動すると、一枚の羊皮紙を手に戻ってくる。ハルトが昨日大苦戦して書いたあの羊皮紙だ。


随分(ずいぶん)苦労して書いてくれたみたいだね」


 ミカエルが羊皮紙を机に置き、(いた)わるようにハルトの字を指でなぞる。黒谷がそれを見て羽根ペンとインクを持ってきた。これも昨日と同じものだ。


「契約用の羊皮紙ってやつですか?」

「そうだよ。天使が人間に力を分け与えるのは初めての事だが、リリィがどうしてもとせがむのでね」

「ありがとう!リリィさん、助かります」

「そっそれは……もちろんです。私のせいなので」


 満面の笑みでリリィを見たハルトに、リリィの(ほお)が少しだけ赤くなる。そんな彼女に慈愛(じあい)(こも)った笑みを向け、ミカエルはどこからかあの天国の法律書を取り出した。そして人差し指を口に当てて、内緒だよと片目を閉じる。


「一応確認したけど、人間に力を与えるな、という項目はどこにも()ってない。ハルトくんにプレゼントだよ」

「ありがとうございます!」

「ま、めんどいけどしょーがないな」

「ハルトさんには絶対に天国に来て欲しいですから」


 ハルトは勢いよく頭を下げた。ミカエルの力は強すぎて人間には扱いが難しいとの事で、契約はリリィとルークの二人とする事となる。二人が署名用だという羽根ペンとインクで名前を書くたびに羊皮紙が淡く光った。


「契約完了だ」


 ミカエルが羊皮紙を丸める。リリィがにっこりと笑顔でハルトを見た。


「これで、ハルトさんに私達の能力の一部が渡されました」

「俺は『守護の天使』って呼ばれてる。強力な防護壁(シールド)とかでるから危ない時使ってー」

「う、うん。ありがと」


 ルークに雑な説明をされて、ハルトは曖昧(あいまい)(うなず)く。保身第一の今の状況にぴったりな便利な力だと思うが、それをどうやって使えというのだろうか。


「私は『運命の天使』なので……」

「瞬間移動ですね」

「そうです。昨日も説明しましたね」


 リリィがこくこく(うなず)いた。ハルトは屋上から落ちた日を思い出す。あの時ハルトを救ってくれたのは、リリィの運命の力だった。


「その力ってどうやって使うんですか?」

「そんなん念じれば何か出てくるって」

「天使の本質は守ることだ。危ない時には必ず助けてくれるよ」

「は……はい……?」


 ルークの雑な説明に、ミカエルのふんわりした説明が上乗せされた。ハルトはやはり曖昧(あいまい)(うなず)いた。


「おい」


 次に、腕を組んで様子を見ていた黒谷が、ハルトの目の前まで来て何かを手渡した。真っ黒なホイッスルだ。


「俺の能力は人間が使うには危険すぎる。それ吹いたら直接行くから持っておけ」

「ありがとうございます」


 悪魔召喚(しょうかん)、という文字がちらりと脳裏をかすめたが、命が惜しいハルトは黙っておくことにした。危ないということは、黒谷の能力は誰かを傷つけるようなものなのだろう。身を守るような能力が主な天使とは違い、悪魔らしいといえば悪魔らしい。


「そうだね。クロムの能力はハルト君には危険だね」

「ちなみにどんな能力なんですか?」

「師匠はすげぇよ!何でも一瞬で灰にしたりとかー」

「雷を落としたり、氷漬けにしたりもできますよね」

「え」

「契約はやめておけ。同級生にうっかり雷を落としたりしたら困るだろう?」


 ハルトは(うなず)いた。強そうだとは思っていたが、改めて聞くと恐ろしい。異世界転生でモンスターと戦う状況なら(のど)から手が出る程欲しい能力だが、ハルトは普通の人間だ。学校生活で人間に雷を落とせたら便利だと思うことはまずない。そんなハルトを見て、黒谷は思い出したように続けた。


「それに、悪魔と契約すると地獄に()ちるというしな」

「本末転倒じゃん。ウケる」

「いや別に面白くないし!」

「ただの(うわさ)だ。悪魔と契約したなんて馬鹿な人間の情報はまだ入ってきていない」

「でも危険です」

(うわさ)(いき)を出ないが、一応用心した方がいいね」


 反応は様々だが、皆がハルトの事を思いやっているのはその表情で明らかだ。ルークだけは違うかもしれないが。


「皆さんありがとうございます。絶対に死なないように頑張ります」


 ハルトはホイッスルを首にかけ、全員を見渡し頭を下げた。見守るような瞳がハルトを包む。まだ地獄行きから逃れられたわけでは無いが、とても心強かった。


「さて、そろそろ昼だな。何か作るか」


 壁の時計を見ながら黒谷が言った。そういえばお腹が空いてきたな、とハルトが思った時、ぐぅーとお腹のなる音が隣から聞こえてきた。リリィだ。顔を真っ赤にして(うつむ)く彼女を中心に、和やかな空気が(ただよ)う。


「おれも腹減ったー!師匠の料理めっちゃ美味いから楽しみっす!」

()めても大したものは出ないぞ」


 天使は菜食主義が多いからな。と黒谷は言いながらも、厨房(ちゅうぼう)にあったものを思い出しながらメニューを考えているようだった。食材名をぶつぶつ(つぶや)きながら執務室を出ていく黒い翼を見送って、ハルトは感心したように言った。


「黒谷さん、ケーキだけじゃなくて料理も上手なんですね」

「それはもう何を作っても絶品なんです」

「俺大豆ミートのパスタ好き」

「私はふわふわトロトロのオムライスが」

「ああ!あれは美味しかったねえ」

「ケーキと言えばさぁ。あのつやっつやのチョコケーキ美味かったなー」

「あ、僕も食べたよ。あと桜のシフォンも美味しかった」

「この前持ってきてくれたモンブランも絶品だったよ」

「私はやっぱり苺ショートが好きです」


 美味しいは正義。絶品料理とケーキ談義(だんぎ)は盛り上がりに盛り上がった。

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