【短編版】顔が見分けられない伯爵令嬢は妹の代わりに嫁ぎますが、嫁ぎ先の悪人公爵様が愛妻家過ぎて困ります!?
本日(7/8)【連載版】を投稿いたします。
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※タイトル変更しました。
「お姉様、このブレスレット可愛いね! ミナリーにちょうだい?」
「うん、良いよ」
「お姉様、ミナリー足が痛いの。書庫からいくつか本を持ってきてくれない?」
「うん。分かったわ」
「ねぇお姉様、ミナリーの代わりに嫁いでくれない?」
「―――とつ、ぐ?」
時刻は夕方。
夕食の時間になり、使用人たちが慌ただしく準備を進める中、まるで理路整然とそう告げられたサラは、過去の記憶に思いを馳せた。
幼少期、年子の妹のミナリーは多少人のものが欲しがる癖が強かったけれども、まだ可愛かった。
ブレスレットをあげれば「嬉しい嬉しい」と喜んでいたし、次の日には興味が失せたようで雑にしまわれていたとしても、しょうがないよねとサラは思っていた。
サラが14歳のときには、ミナリーからまるで使用人のような扱いが始まったが、それも別に構わなかった。
サラは貴族としてのマナーや教養は既に学び終わっていたし、貴族同士の駆け引きや自慢話、足の引っ張り合いがどうも苦手だったので、代わりにファンデッド家の令嬢として表に立ってくれる妹の役に立てるならそれで良かった。
むしろこんな姉でごめんね、とさえ思っていた。
普段のサラの食事といえば、いつの間にか自室と化した屋根裏部屋で細々と行うものだった。
家族の命令により使用人は誰も面倒を見てくれないので、サラは自ら台所に立った。
食材といえば残り物ばかりだったけれど、ありがたいことに伯爵家の残り物はそれなりに食べられるものが多かったし種類も豊富だ。
野菜の皮しか無いならほんのり甘いスープにしてしまえばいい。肉や魚の切れ端がある日はご馳走が作れると、飛び跳ねるほど喜んだものだ。
もちろん洗濯に掃除。母と妹に指示され招待状や手紙を代筆したり、贈り物の選定をしたり。
父の仕事である領地運営の概算を精算したり、他の領地との差別化を図るための資料集めをしたり。
―――あれ? これは使用人の仕事に入れて良いのかな?
とりあえず、サラは今の生活にそれなりに満足していた。
そうして話は現実に戻るのだが。
使用人としての生活が続いて家族と共に食事をすることなんて暫くなかったサラの元へ、何年かぶりに使用人がやってきて簡素なドレスを着せてくれた。
そのまま案内されて家族が普段食事をするダイニングルームに通され、椅子が4つあることにはサラは感激を隠せなかった。
(え! もしかして今日って私の誕生日だったかしら? いえ違うわね……だって半年前に一人で残り物のパンにお肉の切れ端を挟んだサンドイッチを食べて18歳になったお祝いをしたもの)
しかしあれよこれよと考えているのも束の間、ミナリーのあまりにも無茶な発言にサラは目を開いて閉じてを繰り返す。
とっさのことで返事ができずに口籠ると、程なくして両親も現れ、昼食をとるべく同じテーブルへと着いた。
「早く座らんか」
「はっはい……! 申し訳ありません……きゃっ」
使用人に椅子を引かれるが、そんな当たり前のことさえも数年ぶりだったのでもたついてしまう。
はしたないわ、とぼそりと呟いた母に、サラはおずおずと頭を下げてから席に着いた。
「それで、ミナリーから話は聞いたか?」
「えっと……はい。ミナリーの嫁ぎ先に、私が代わりに嫁いでほしい、と」
「ほしいじゃないわよ! 嫁ぎなさいと言っているの。……全く、ミナリーったら優しいんだから。そんなことだからサラが調子に乗るのよ?」
「ごめんなさぁいお母様? ふふふ」
「あ、あの、お聞きしたいのですが……そもそもミナリーに来た縁談を、代わりに私を、となった理由を知りたいのですが……」
サラの疑問はもっともであった。
そんなことも分からないのか、と父は叱責するつもりだったが、嫁いでから有る事無い事を言われたり下手をされては困るのは自分たちだと、サラの疑問に答えることにした。
「お前は我が領地の状況を細かく知っているな」
「? はい。財政のことや物流のことでしたら全て」
「なら今後より安定して領地経営をするにあたって一番必要なものは何だ?」
「……お金、です」
「そうだ。……そういう、ことだ」
そういうことという抽象的な表現だったが、サラにはこの縁談の意味が簡単に理解できた。
(相手先はきっと我が家より裕福なのね……金銭を融通してもらうための政略結婚で、ミナリーはそれが嫌だったと)
この貴族社会において政略結婚は珍しくない。
使用人としてずっと屋敷に閉じこもっていたサラでもそれくらい分かる。
それに小さい頃はそれなりの教育を受けていたし、自分も将来は家のために政略結婚のだと思っていた。
「ではお父様、そのお相手と言うのは……?」
「カリクス・アーデナー公爵だ」
「!? 伯爵家の我が家に、公爵家からの縁談が……? それはとても良い話に聞こえるのですが……」
フッと母が馬鹿にしたように笑う。
「何も知らないのね?」と言ってからワインをゴクリと飲み干した。
「確かにアーデナー公爵家は古くから王に仕える名家よ。けれど現当主のカリクス公爵は残忍で冷酷、目を背けたくなるくらいの大きな火傷痕が顔にあるの。貴族たちには忌み嫌われて『悪人公爵』なんて呼ばれてるわ。―――そんな男に、ミナリーをお嫁に行かせるのは可哀想でしょう?」
「お父様お母様……! ミナリー怖い……!!」
「大丈夫だミナリーお前をそんな野蛮な男の元には行かせないさ」
顔を両手で隠して肩を震わせるミナリーを両親は後ろから包み込むように抱きしめた。
大丈夫よミナリー泣かないで、と励ましている。
しかしミナリーの目の前に座るサラには見えていた。
その瞳からは一滴たりとも涙が流れていないことも、鮮やかな紅をさした唇が弧を描いていることも。
けれどそんなことは些細な問題、ですらないのだ。ミナリーが願うこと、それ即ち決定事項なのである。
「―――分かりました。私が代わりに参ります」
「おお! よく言ってくれた。お前をここまで育てたことに感謝する日が来ようとはな」
「本当ですわね。……まあ、腐っても貴方も伯爵家の人間ですから殺されたりはしないでしょう」
「お姉様ありがとう! 幸せになってね!」
ニヤリと弧を描く唇に、薄っすらと目を細めてこちらを見下ろしてくる。
この縁談がファンデッド伯爵家にとっては良縁なもので、嫁ぐ本人のサラにはそうではないもの、というのが如実に現れていた。
明らかに蔑ろにされている。しかしサラは、それほど両親と妹を恨んでもいない。
再三になるが、サラは今までの使用人紛いの生活が苦では無かったから。
別にどんな扱いをされても別に大したことは無かった。
相手方には指名されたミナリーではないので悪いとは思うものの、サラは縁談にはそう後ろ向きではなく、どうにか貴族の娘としての役目を果たせて良かったとさえ思っている。
「出発は明日だ。急だが輿入れの品は要らんと言われているからな! 有り難いことだ」
「本当ね〜。サラは晴れて公爵夫人。我が家はより潤沢になる。皆幸せになれるわね! ささ、今日が最後の我が家での晩餐よ! たーんと食べなさい?」
「うちのことは心配しないでね? 私が素敵な殿方を婿に迎えるから!」
ここ数年、家族とこれだけ会話らしい会話をしたことがあっただろうか。笑顔を向けられたことがあっただろうか。
―――否。けれどサラは家族への感謝を忘れずに嫁ごうと思った。きちんとファンデッド家に資金が送られるよう、良き妻にならなければと思った。
どうせなら―――役に立ちたい。
明日ファンデッド家を旅立つサラは、そう決意する。
「ああ、そういえばサラ。貴方よく人の顔が分からないって嘘をつくけどあれ止めなさいね? 貴方が殺されるだけならまだしも、そんなくだらない嘘でファンデッド家に被害が及んだらただじゃおきませんから」
「………………はい」
ただ一つ心残りがあるとすれば、あらゆる人の顔が認識できないと打ち明けたことを、嘘つきの一言で片付けないで欲しかった。
◆◆◆
次の日、嫁ぎ先の公爵家からの馬車が迎えに来ると、舗装されている王都の通りを抜け、緑溢れる辺境の地へと到着した。
家族は誰一人見送りに来なかったけれど、使用人たちは何人か見送りに来てくれたので、知らない土地に妹の代わりに嫁ぐことになったサラの心は晴れやかだった。
「精一杯頑張りましょう……! うん、きっとやれることはあるはず」
昨日の今日であることと、屋根裏部屋には生活をするための必要最低限のものしかなかったことから、サラは信じられないほど身軽だった。
着ているドレスは、昨日初めて袖を通したものと同じものだ。
薄ピンクの生地に、袖に少しだけフリルがあしらわれている簡素なドレス。どう考えても輿入れ時に着用するようなものではなかったが、サラにはこれしか無かった。
しかも2日続けて同じドレスなんて控えめに言ってあり得ない、のだが背に腹は代えられない。
「後5分もせずに屋敷に到着します。揺れるのでご注意ください」
「ええ、ありがとう」
御者と軽く会話を交わすと、サラは舌を噛みたくないので口を閉じることにした。
することがないので、夫となるカリクスについてサラは考えを馳せる。
まず到着したら挨拶をする。そしてミナリーではないことの謝罪が必須だ。
(本当に申し訳ないわ……サラだということは早馬で連絡したらしいけど、それにしたって……あちらはミナリーとだから政略結婚を持ち掛けたのだろうし。……私が現れたらこの話は無かったことに……? あり得るわね……)
それならもう謝り倒すしかない。今更ファンデッド家に居場所がないことをサラは感覚的に理解していた。
「お待ちしておりました」
目的地に着くやいなや、穏やかな男性の声が聞こえてサラはすかさず背筋を正す。
それからサラは数年ぶりのカーテシーを行うと、自分自身の緊張を解くために頬を緩めた。
「はじめまして。サラ・ファンデッドでございます。この度は迎えの手配をしていただきありがとうございます」
「いえいえ、当然のことでございますので」
「本当に助かりました。アーデナー公爵閣下」
「はい?」
「―――え?」
しばしの沈黙。サラはこの空気を良く知っていた。
(まっ、間違えたのね……!!)
サラは「冗談ですわ」とサラリと告げて、慌てて口元を隠す。言ってしまった言葉は無かったことにはならないが、咄嗟の行動だった。
多少おかしい、と、思ったものの主人からは丁重にもてなすようにと指示を受けている執事のヴァッシュは、追求はせず自己紹介だけしておくのだった。
馬車から積荷を下ろしてくれた執事のヴァッシュ。丁寧な口調、こちらに合わせた歩調、緊張をほぐすための雑談に、サラはただただ感銘をうける。
(こんなに、立派な執事―――ヴァッシュさんが仕えるのだから、公爵閣下も素晴らしいお方なのかも。お母様たちから聞いた噂は一旦忘れましょう)
百聞は一見にしかず。まずは本人と話してみないことには分からないし、何より花嫁変更という非礼を行ったのはファンデッド家だ。
サラは胸に手をやって深呼吸をしてから、ヴァッシュの後に続いてカリクスがいるという執務室に足を踏み入れた。
「失礼致します旦那様。サラ・ファンデッド伯爵令嬢をお連れいたしました」
「ああ。ではこちらに」
右側のテーブルで執務に励んでいたカリクスはサラが来たことにより手を止め、左側にあるソファへと足を進めた。
言われた通りサラもソファの前に立つと、緊張しながらもスカートに手をやり淑女の挨拶を行う。
「はじめまして。サラ・ファンデッドと申します。公爵閣下におかれましては」
「前置きは良い。疲れただろうから座って話そう」
「、は、い」
向かい合うようにしてソファに腰を下ろし、サラは俯く。
身体の配慮をしてもらうことが、より花嫁を変更をした罪悪感を膨張させた。
―――ガバリ。
サラは勢いよく頭を下げる。額がテーブルにスレスレだった。
「この度は花嫁を変更するなどという非礼、本当に申し訳ありません……!」
「頭を上げてくれ。気にしていないから」
「そんなわけありません……! どこの世界に適当に妻を娶る人間がいましょうか」
「ここにいる。君の目の前に」
「えっ」
パチクリと、サラの瞳が大きく開かれる。
てっきり、ミナリーを妻にしたくて縁談の話が来たと思っていた。だからこそ金銭を融通する話も上手く進んだのだと。―――けれど実際はどうやら違うらしい。
サラは、それならばこの婚姻を白紙に、とはならない可能性が高いことに安堵し、再びカリクスの言葉に耳を傾けた。
「3年前父が亡くなって私が後を継いだんだが、そろそろ妻を娶れと周りが煩くてな」
「なっ、なるほど……」
「それでそれなりの爵位で適齢期な女性を探していたわけだ。別にミナリー嬢がどうこうというのは一切無いよ。ただの偶然。だから君は気にしないでくれ」
「分かりました。話してくださってありがとうございます」
サラにとっては好都合なことだったので、肩からフッと力が抜けた。
膝辺りに置いていた拳も解かれる。
「あの、公爵閣下、私からも伝えなければいけないことが」
「ああ。何でも言ってくれ。我が家に嫁ぐ以上不自由をさせるつもりはないから」
カリクスは優しく微笑む。
声色から微笑んでいるのだろうと想像して、サラの表情には影が落とされた。
伝えれば婚姻が白紙になる可能性があることをわざわざ云いたくはない。―――けれど、カリクスの包み隠さない言葉に、サラは伝えておかなければいけないと思ったのだった。
「実は……昔から人の顔を見分けることが出来ないのです」
「……? もう少し詳しく話してくれ。済まないが理解できなかった」
「はい。勿論です。―――信じて頂けないかもしれませんが」
そうしてサラは自身の症状についえ事細かく説明した。
5歳の頃、妹と遊んでいる拍子に頭を打って気絶し、目が覚めたら人の顔が見分けられなくなっていたこと。
見分けられないのは人の顔や表情だけで、食べ物、衣服、建物などは普通に見分けが付くこと。
初めは眉間にシワを寄せていたカリクスだったが、サラが説明を続けると、その表情は少しずつ変わっていった。
「この症状のせいで、私は昔から社交界では役に立ちません。人の顔を見分けられず、表情も読めません。貴族社会において絶望的です。声や仕草で多少見分けることは出来ますが、時間がかかりますし間違うことも多いです。―――幼少期は、母でさえ間違えたことも有りました」
「…………そうか」
「家族にも信じてもらえませんでしたが…………本当に、本当なんです。嘘では、ないんです」
ザザザ、と開いた窓から風が入ってくる。
サラは乱れた前髪をそのままに、カリクスを見た。
漆黒の黒い髪に、アッシュグレーの瞳、唇は少し薄い。
パーツパーツでは捉えられるのに、顔として、表情としては捉えることができない。
遣る瀬無さで再び俯いくと、カリクスがずいっと顔を近づけた。
サラは何事かと肩をビクつかせる。
「それならこの顔にある火傷痕も分からないのか?」
「何となく見えますが……だからどうとか無いといいますか……ただそこにぼんやりとあるだけで」
「……気味悪くはないんだな?」
「はい。それは全く。……失礼かもしれませんが、むしろ私からしたら見分けるのに有り難いのです。……こう、ぼんやりと温かくて赤い……何だか優しいオーラのように見えるというか……」
きっと信じてはもらえない。サラはそう思いながらも自分が見える景色を一生懸命に伝えた。
するとサラの膝の上においた手が、カリクスのゴツゴツとした大きな手に掴まれる。
そのまま彼の顔へと誘われ、指先が頬の辺りに触れる。
「触れば分かるか? 私は今笑っている」
「はっ、はい」
「ありがとう……この火傷痕を気味悪がらないどころか褒めてくれて。この火傷痕は、私にとっては大切なものなんだ」
「そう……なのですね」
「サラ、君の言葉を信じるよ。だから大丈夫だ」
火傷痕の理由は聞かなかった。
きっとまだその時ではないと思ったのと、サラ自身も伝えたいことで胸がいっぱいだったから。
「カリクス様、と呼んでも?」
「もちろん」
「……カリクス様、信じてくださったのは貴方が初めてです。ありがとうございます、信じられないくらい、嬉しい、です……っ」
「当たり前だろう。どこの世界に妻になる人の言葉を信じない人間がいる?」
「ふふっ……それは、中々多いと思いますよ?」
―――そうかな。―――そうですよ。
カリクスの頬に指が触れたまま、サラはつられたように頬を緩ませた。
限りない嬉しさを感じ、二人は目を細める。
カリクスが優しい瞳で見つめた先にサラ自身がいることを実感するのは、もう少し先のこと。
読了ありがとうございました。
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