森の旅人
鳥が鳴き、獣達が奔放に走り回っている鬱蒼とした森に一人の旅人が歩いていた。まっすぐ目的地に向かうように歩いたり、かと思ったら太い木にぶつかって方向転換したり、めちゃくちゃに歩を進めた彼はすっかり森から抜け出すルートを見失ってしまったようだ。かといって彼の顔に失望はない。歩いているうちに少しずり落ちたフードを被り直し、平然とした顔でぐちゃぐちゃに進んでいった。
旅人は何時間歩いただろうか。森に入った頃はまだ日は高く、暖かかった。しかし、あたりはすっかり暗くなり、唯一の光源たる星々は生い茂る葉と枝に遮られてしまっている。
バチッ。火種として使った松ぼっくりが爆ぜる音が響く。
夜の森は昼の森とはまた異なる趣をおびる。昼より多くの生物の息遣いが聞こえてくる。猪の草を踏みしめる音が聞こえれば、小動物が草の下を俊敏に掻き分けて走っていく。梟が控えめに鳴きながら周囲を隙なく見渡している。そんな中、虫達は子孫を残すために羽を震わせてビビビビと音を奏でる。
旅人も体に布を巻きつけて、鼻を鳴らしている。ゆったりと上下に膨らむ体に時折虫が登っていく。もうすっかり薪の火は消えてしまい、あたりに木の燃えた鼻につく匂いが漂うばかりだった。
朝日が登り始め、木々の上の鳥達が鳴き始める頃、旅人はのそりと動き出した。まだ空は完全には明るくなっていないが、足元は充分に見える。そろそろ活動を開始すべき時間だろう。旅人は朝日を浴びながら体をグッと伸ばす。身体中からペキペキ音がする。十分に体を伸ばした後は、荷物を背負ってまた歩き出す。また無秩序に歩くのだろうか。だが今度はもう目的地を定めているらしく、迷いのない足取りで木々を避けていった。
旅人曲がった先には沢があった。沢といっても旅人が飛び越えられるほどの小さな沢だったが、流れている水は透明で底の丸い石を撫でながらころころ流れていった。旅人は沢の手前で膝立ちになって水を掬って顔を洗い、水を飲んだ。喉はごくごくと上下し、相当喉が渇いていたことが分かるだろう。水を飲んだ後、旅人は背負っていた鞄に括り付けていた無骨な木の水筒に水を汲み始めた。汲み終わればやっと一息、岩の上に腰掛けた旅人は腰のポーチから干し肉と乾かした果物を出して齧り始めた。相当硬く食べにくいのだろう、口に入れて唾液で少しずつ戻しながら噛み切っていた。
朝食は時間がかかってしまったが、まだ日は上りきっていない。この時間ならまだまだ森を歩くことができるだろう。旅人はカバンを背負い、重くなった水筒を背で感じながら沢を越える。
旅人は歩き出す。まっすぐ歩いては木にぶつかり、木にぶつかればそこで曲がる。そうやってフラフラと歩いて、森の中に迷い込んでいく。
彼の旅に目的はあるのだろうか。旅人の背中は木と木が織りなす深い陰の中に消えていった。