小話2 この「ひととき」3
「……文句、というか」
着流しの男は、彼らをひと通り見渡し鼻で笑う。
「空気の読めん若造は、どこにでもいるなあと思っただけだ」
「な、なんだと?」
「あー、別に君たちとはいってない」
「こ、この」
「暴力を振るうのか? それはもう、ただのガキだろ。お前さんらはどちらかな?」
「う、ぐぅ」
着流しの男の言葉に言いくるめられて、持ち上げかけた拳を震わす若い男達。巧みな言葉さばきに、周囲の客達は無言ながら感心していた。
そんな気を張り詰めた場に、甘い香りが漂う。
「お待たせしました。本日のオススメケーキセットです」
コトンとカウンター席のテーブルに、コーヒーとケーキの皿が置かれた。視界にそれらが入った瞬間、着流しの男は彼らの存在を排し、早速とばかりにフォークを手に取る。
「今日は、ショートケーキか! 果たしてお味は……」
「お、おい。じいさん」
「あーん……なんだ、まだそこにいたのか?」
つい先程までの口論も、既に興味を失っていたらしい。ひと口サイズにしたケーキを口に入れる途中で、渋面をつくった。
「この至福のひとときを、邪魔されるのは不愉快だ! マスター、彼らにもケーキセットを」
若い男達の驚きも意に返さず、注文する着流しの男。「おごってやるから、食え」と言われ、怒りもなんだか引っ込んで素直に席に着く。しばらくして彼らの前にも、ケーキセットが並ぶ。
困惑顔で互いの視線を交わすも、食欲に負けてケーキをひと口。途端。
「「「うまい!!」」」
目を見開いて驚き、その後無言のまま食べ進めてゆく。そんな彼らを見て、着流しの男はニンマリと笑う。
「うまかろう? この店の味付けは、少々独特でな。サッパリと甘く、ほんのり塩気がある。いつもながら、なんとも不思議な味わい」
コーヒーを飲んで、再びフォークを動かす着流しの男。甘ったるいとは違うケーキに、舌鼓を打つ。
気づけば、店内に広がっていた冷たい空気が消えていた。
「今日も、最高の味だ。お前さんらは、どうかな?」
言葉にするのも惜しいのか、しきりに頭をブンブン縦に振っている。新しい同士を得た事に、男は声をあげて笑った。
「おう、すまん。少々うるさかったか」
こうして、若い男たちはこの店の味に魅了されたと言う。
次回は、水曜の19時更新です。