第八十五話 「或るゴブリンの一生」
竹を編んで作ったお盆の上に、椀と皿がひとつずつ並んでいる。例によってどちらも竹製で、椀は太い竹を輪切りにしたもの、皿は竹を削って作った長方形の角皿だ。椀の中身も皿に盛られた料理も量は控えめである。
椀の中には透明な汁の中にタケノコのスライスのようなものが入っている。何も言わずに出されたら日本のお吸い物だと勘違いしてしまうだろう。とりあえず、こちらから一口ずずずとすする。
ふぅむ、竹の香りと薄めの塩味、そしてわずかな甘みを感じる。とろみはまったく付いておらずさらりとした口当たりだ。和風だしや醤油を加えたら完全にお吸い物として通用しそうだ。
次に具をいただく。食器はこれまた竹を削って作ったフォークだ。タケノコにぶすりと刺して頬張る。おお、このシャキシャキの触感は完全にタケノコだ。
タケノコは好物なので素直にうれしい。炙ってからスープに入れたのか、非常に香ばしい。そして噛むほどに甘みが出てくる。日本で食べてきたタケノコにこんな甘みはなかった。これで煮物を作ったらすごい美味しくなりそうだ。
吸い物をフォークでかき回すと細く割かれた肉の切れっ端が引っかかった。口に入れるとほのかに香辛料の刺激。さっき進呈したジャーキーをさっそく使ったらしい。
貰い物を右から左に消費しなければならないとは、想像以上にこの村の状況は切羽詰まっているのかもしれない。
お次は皿に盛られた料理だ。見たところ、タケノコと葉物野菜の炒めものと言った雰囲気。こちらはひとまず野菜だけをつまんでみる。ふむ、柔らかくて少しねっとりとした舌触り。
いかにも「野草!」って感じのほろ苦さはあるが、耐えられないほどではない。日本酒などの甘いお酒に合いそうだ。大人の味わいって感じだけれど、ミリーちゃんは大丈夫だろうか?
ふと心配になってミリーちゃんのお皿を見てみるとすでに空になっていた。わたしのを分けてあげたいけれど、わたしはわたしで空腹で動けなくなってしまっては問題である。心を鬼にして、残りの料理を腹に入れる。
「すまないな、客人。狩りさえできればもっとちゃんとしたものを振る舞えたんだが……」
申し訳なさそうな顔でやってきたのはマーシャルさんだ。片手に竹筒を持っている。
「ほんの気持ちだが、このエルフの酒を呑ってくれ。腹の足しにはならんが紛れはする」
といって竹筒を差し出してくる。酌を断るのが無礼なのは古今東西異世界を問わず変わらないだろう。残っていたお茶を飲み干して湯呑を差し出す。
注がれた酒は見事に透明だった。匂いをかぐとアルコールのあまい香りがほのかに漂う。一口飲むと、おお、こりゃなかなかキツイな。香草のような匂いと苦味もある。何かのリキュールなんだろうか。
「風霊様の恵みを丸ごと砕いて薬草と一緒に何年も漬け込むんだ。薬としても使うんだが、祝いの席でも飲む。今回は……そうだな、風霊様が心強い援軍を送ってくださった祝いだ」
うーん、その理由って完全にいま考えた後付ですよね。でも気持ちはありがたい。竹筒一本だが、じっくり味わって頂戴することにしよう。
「同じ薬酒でもドワーフのものとはぜんぜん違うんですね。でもおいしいです!」
「エルフの酒といえばめったに出回らない貴重品でございますね。不思議な味わいが致します」
「ひさしぶりに飲みましたねえ。ボクの里とは微妙に味が違う気がします」
「南方にはほとんどエルフがいないッスからね! このネタはウケるッスよー!」
同じくマーシャルさんから酌を受けたみんなが口々に感想を言う。プランツ教授は酒が飲めない体質だそうで丁重に断っていた。この世界にも下戸がいたのか。みんな昼間からエールを引っ掛けてるイメージだったからちょっとだけ驚いた。
簡素な夕餉が終わると、集会所に集まっていたエルフたちは三々五々解散していった。マーシャルさんによると、普段は各家庭で食事をしているのだが、今回の緊急事態を乗り越えるために配給制的な食事となっているらしい。
エルフたちがいなくなると、集会所は一気にさびしくなった。一度に100人以上は入れそうな広間にわたしとミリーちゃん、サルタナさん、リッテちゃん、ロマノワさんにプランツ教授の6人しかいないのだ。
ゴゴゴゴ……と北の雷鳴が地を揺らす。明日も狙撃の仕事があるし、今日はおとなしく寝よう。
貸してもらったエルフ製の寝具で寝床を用意する。一番下に敷くのは竹で編んだマットレスのようなものだ。竹で編んであるのだが、複雑な立体格子を描いていて隙間が多い。実に通気性が良さそうである。
その上に自前の毛布を敷き、横たわって外套をかぶる。セーラー服君はエネルギー充填効率が下がるから嫌がるが、こればっかりは譲れない。わたしは何かかぶってないと眠くならない性質なのだ。
ロマノワさんからもらった本を腹ばいになって読みはじめる。寝る前に読書をするのは長年の習慣だったが、こちらの世界に来てからはすっかりご無沙汰だった。
太陽が常に空にあるこの世界に消灯という概念はない。みんな明るさも気にせず寝息を立てている。大部屋で読書をしても明かりに気を使わなくていいのはこの世界のメリットだ。
「或るゴブリンの一生」の主人公はいまでは珍しくなった原種のゴブリンで、族長の家柄に生まれた。しかし、八十八人目の子どもで身体も小さく、兄たちにいじめられて育った。
子育てに関心のない父親も、次の子どもを産むのに忙しい母親も主人公を助ける気配はなく、唯一の味方は幼馴染のメスゴブリンだけ。それを支えにつらい日々をなんとか生き抜く主人公だが、ある日、勇者を名乗る人間の一団に集落が焼き討ちされてしまう。
主人公と幼馴染は手に手を取って必死に逃げ出し――って、ホントにこれゴブリンの生態についての本なのか? ちょっとドラマティックすぎて中断するタイミングが見つからないのだが。
「ほお、『或るゴブ』かね。わしも若い頃は熱中したのう。続刊が100以上もあるせいで危うく学院の試験に落ちるところだったわい」
なんだその最近人気のラノベみたいな略し方は。声をかけてきたのはプランツ教授だ。あ、やば、つい熱中してページをめくる音がうるさくなっちゃったかな。
「しかし、50年以上も前の作品を読むとは高町君も勉強熱心じゃの。いや、名作は何度天が灰に染まろうが色褪せん、と言うべきじゃの」
んんん? この本の著者ってロマノワさんのはずなんだけど、計算合わなくない?




