第七話 西欧文明的啓蒙主義はまったくよろしからんものだ
考えてみれば未成年飲酒の規制なんてものは、地球にしたって近代の先進国からはじまった習慣に過ぎないだろう。郷に入れば郷に従え。西欧文明的啓蒙主義はまったくよろしからんものだ。細かいことを気にするのはやめて、異世界で味わう2杯目のお酒を堪能しよう。
まずはジョッキに鼻を近づけ香りを確認する。ジョッキを覆う薄い泡の膜がはじけ、鼻の頭に少ししぶきが散る。香りはあまりしない。アルコール臭もそれほど感じない。ドワーフと言うと度の強い酒をガブ飲みするイメージだったけど、やはり子ども向けということで度数控えめなのかもしれない。
続いて味だ。一気に流し込むのが作法のようだが、失礼してまず一口。おっ、よく冷えてる。控えめな酸味と甘み。わずかなとろみがあるが、微炭酸が口中を刺激して後味も爽やかだ。地球のお酒で例えるなら、マッコリを炭酸水で割ったら近い味わいになりそうだ。
次は周囲に倣ってゴクゴクとジョッキの半分くらいまで飲み干す。おほー、これは爽快。素早く口の中を通過することで甘みよりも酸味が引き立ち、弱っていない炭酸がキレのある喉越しを演出する。うん、焼き肉とかのこってりした料理に合いそうだぞ。
「みさきさん、これにかぶりついてからまた飲んでみてください。エンペールとプチハーピーのお肉は最高に合うんですよ」
はじめて飲むお酒に夢中になっていたら、ミリーちゃんがお皿に骨付き鶏もも肉的なものを差し出してくれた。ハーピーってファンタジーに出てくる人面鳥みたいなやつだよね……と一瞬脳裏に嫌な想像がよぎったが、郷に入れば郷に従えだ。地球にだって猿のたぐいを食べる文化はあったし、気にしていてははじまらない。それよりなにより、目の前の脂が滴るローストチキン的な物の前に、日本的倫理感など風の前の塵に同じだ。肉を掴んでばくりとかじりつく。
「ふぉぉぉおおお……おおお……」
まさに弾ける肉汁。肉の表面を歯が突き破った瞬間に口の中に溢れんばかりの肉汁が飛び出す。いや、実際ちょっと口の端から脂が垂れてしまった。キャッ、はしたない。しかし口中を満たす肉汁の前にそんな些細なことは気にしていられない。お肉のジューシーさに気を取られて気が付かなかったが、肉とは違う複雑な香りがするな。そして若干の辛味。ハーブや唐辛子的なものに漬け込んでから焼いたのだろうか。
ああ、いかんいかん。この脂の後味が残っている間にエンペールとやらを再びお迎えしなくては。グビグビと流し込むと脂でいっぱいだった口の中がすっきりする。控えめだったはずのエンペールの酸味と甘味がくっきりと際立った。あかん……これは無限ループできるやつだ……。
プチハーピーとエンペールの往復作業を繰り返していると、またしてもミリーちゃんが異なる料理を取り分けてくれた。見たかんじ、茸のサラダ? 一口大に千切った白と黒の舞茸的なものが和えられている。
「これは張り付き茸を塩と酢で和えたものです。さっぱりしますよ」
出されたものはありがたく頂戴するのが古今東西異世界を問わず礼儀というものであろう。フォークかお箸的なものはないかといまさら確認するが何もない。辺りを見渡すとみんな手づかみで食べている。左手にジョッキ、右手で料理を手づかみというワイルドスタイルがここの作法のようだ。
わたしも右手で茸をつまみ上げて口の中に放り込む。シャキシャキだ。塩味が少しきつめなのは、汗をかく肉体労働が多いせいだろうか。鉱石を掘っていると言っていたし、いかにもたいへんそうだ。よく噛んでいるうちに茸から旨みがにじみ出てくる。酢は茸の細胞壁を壊して旨みを出やすくする工夫だろうか。
「これもおいしい。いくらでも食べられそう……」
思わずつぶやいていると、ミリーちゃんがうれしそうに微笑んだ。
「張り付き茸は狭い岩陰に生えるので、採るのは私たち女の仕事なんですよ」
なるほど、自分たちで採ったものだから褒められて余計にうれしかったのか。知らなかったけど、わたしグッジョブ!
そのままお酒と料理を楽しみながら、周りの女子たちも巻き込んでの女子トークタイムだ。外から来る人間が珍しいのか、自然と質問はわたしに集中する。そして食事中ということもあり、地球で味わった料理やお菓子の数々について話すことになる。寿司、天ぷら、すき焼き……パンにラーメン、うどんに蕎麦、ケーキ、プリン、チョコレートなど、見たことも聞いたこともない食べ物にみんな想像を巡らしているようだった。
「いいなあ。みさきさんの故郷はいろいろなものが食べられるんですねえ」
とくに食いつきが激しかったのはミリーちゃんだ。目をキラキラさせながら身を乗り出し、たまによだれを垂らしている。ミリーちゃんは食いしん坊キャラだったのか。
ドワーフ料理はどれもおいしいが、品数は少ない。香辛料はしっかり使われているので、極端に食材に乏しいということもないだろう。なにしろ「加護なし」ではやってくることさえ厳しい環境だ。おそらく、外部との交流が少ないせいで、新しい料理のアイデアが入ってこないのだ。
ふうむ、と少し考え込む。これはささやかだけれど恩返しになるかもしれない。
「ねえ、ミリーちゃん。お台所って借りられるかな? もしかしたら、わたしの故郷の料理、食べさせてあげられるかもしれない」
ミリーちゃんの表情がぱっと輝いた。よろしい、自炊歴十年弱の腕前を見せてやろうではないか。
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