第六十五話 神様でも正体不明のヤバい存在なのか
「別に入信ゆうても大仰なことはあらへんよ。寄進して、名簿に記帳して、引き換えに聖印をもらったらおしまいや」
あらまあ、ずいぶん簡単な。説法を聞いたり洗礼の儀式を受けたりする必要はないんだろうか。
「山ほどの金貨でも雷鳴は戻せん、ゆうからな。無駄な時間がかかることはやらへんのよ」
さすがは商いの神様というだけはある。徹底して合理的だぜ。ちなみに、「山ほどの金貨でも雷鳴は戻せない」というのは「時は金なり」的な意味のこちらの慣用句だ。
しかしなあ……とくに面倒な戒律やらなんやらがないにしても、寄進となると考えてしまう。
そう、ぶっちゃけわたしは金欠なのだ。元々ドワーフ村のみんなから預かったお金しか持ってないし、これは有望な作物を見つけたときのために手を付けるわけにはいかない。しかも、道中の路銀は基本的にサルタナさんに出してもらっている。
一応、ずっと護衛を続けているという建前ではあるのだが……交易都市を出て以降の旅は最初の契約からは明らかにはみ出ている。サルタナさん的にもメリットがあるというのは理解しているのだが、それにしたってずっと支払いを任せっぱなしというのはどうも肩身が狭い。
自前で稼いだお金で寄進ができるのなら、損はなさそうだし入信してみたってかまわないのだが。神様、イケメンだし。
「なんや、金欠なんか。ほんなら武術大会にでも出てみたらどうや?」
武術大会とはなんぞい?
「学院の選考会で来る王国軍のお偉いさんの向けの接待ゆうか、仕官希望の腕自慢が集まる武芸比べの大会やな。ま、半分は興行や。上位に入れば賞金も出るで」
ほへー、そんなイベントがあるんだ。しかしわたしはごく普通の三十路OL……とは言い難いな、もはや。ともあれ、武道の達人でもなんでもないぞ?
「そんなクソ重たい戦鎚を2本も背負って平然としてるやつが普通なわけあるかい。わいの見立てじゃ結構いいとこまでいくと思うけどな」
「ご主人、小生も出場を推奨します。あの大型の瘴気領域の主との戦いで痛感しましたが、いまのご主人の力ではまだまだ不足と言わざるを得ません。この機会を利用して研鑽を積むべきかと」
うわ、こいつこんなタイミングで話しはじめやがった。メルカト様が顔をしかめてセーラー服を見る。
「なんやこいつ……けったいやな。疑似魂魄もないのにこんな流暢にしゃべりよるんかい」
「小生はそんな原始的で不安定なものには依らず、創造主から与えられた疑似人格を基にしていますからね。性能が異なるのは当然です」
げ、こいつ神様に相手にマウント取りやがった。布切れのくせに。
「キショいのう……。いま嬢ちゃんと話しとるんやから黙っててんか?」
「おや、小生はメルカト殿の意見に賛同し、主人の背中を押しているのですが」
「わかったわかった。もうええわ。それで、嬢ちゃんはどないするん?」
ええー、どうしようか。正直、お金はかなり欲しいぞ。賞金って、実際どれくらい出るんだろう。
「せやな。3位で1年遊んで暮らせるくらい。優勝すればちっこい家くらいなら建てられるのう」
おおー、そんなにもらえるのか。出るだけ出てみて、怪我しそうだったらとっとと棄権しちゃうとかもありなのかな。
「不戦敗やら開幕降参やらは困るんやけど……。まあ、女子供が出るゆうだけで盛り上がるやろからな。それでもかまへんで」
んん? なんで武術大会でわたしが棄権するとメルカト様が困っちゃうの?
「ああー、わいの神殿が主催者やからな。売上は教団の維持費に使うし、あんまりしけった試合は困んねん」
いきなり武術大会を勧めてくるなんて何かと思ったら、何のことはない。自分たちがプロモーターで目玉になる出場者を探していたのか。さすが商いの神様だけあって抜け目ない。さすがメルカト様。さすメル。
「そやな。一方的に頼むだけっちゅうのも気持ちが悪いわ。どや、出場してくれたら寄進はロハにしたる。この条件で出てくれんか?」
もともと寄進代を稼ぐために武術大会に出ようって話だったのに、いつのまにか手段と目的が入れ替わってるような……。
「そりゃ嬢ちゃんみたいなおもろいのん逃すんはつまらんしな。あれこれ理由をつけて勧誘してるんやで。ちゅうても、最初からロハでっちゅうんじゃ他の信者さんに示しがつかんからのう」
おう、ストレートに思惑を明かされると逆に断りづらいな。サルタナさんも交渉上手だと思っていたけれど、そのサルタナさんが信じる神様ともなればさらに上を行くものらしい。
とはいえ、忘れちゃならないのはわたしたちの本来の目的だ。ドワーフ村大不況を避けるための産物を探すのが第一目的である。武術大会が数ヶ月先とかだったら出場自体が難しい。
それに、そんなのんびりしてたらセーラー服君が馬頭ゴブリンを引き寄せるフェロモンを撒き散らしはじめたりしかねない。非常に危険である。
「そこは問題ないで。武術大会は選考会の前々日からの二日間やからな。予選がはじまるのはあと雷鳴が2回巡った後や」
ありゃー、スケジュール的には問題なしか……。神様がここまで熱心に誘ってくれてるんだし、出てみてもかまわないんかな。
「おう、そういうことなら決まりやな。おーい、武術大会の申請用紙持ってきてくれや!」
メルカト様がそう言うと、しばらくして書類を持った神官が入ってきた。指さしされた場所に順番に署名をしてエントリー完了。細かい契約文言とか確認しなかったけど……仮にも神様だ。嘘をついたりは……ああ、あの自称女神モドキみたいな例もあるから安心できないな……。
「そんなわけわからん邪神みたいなんと一緒にせんといてくれや。ほんま傷つくで」
えっ、あの女神モドキって邪神だったの?
「会うたこともないからわからんのう。ただこっちの神さんたちとは完全に違う存在やと思うで。だーれも信仰なんかしとらんのに、わけのわからん力だけは持っとる。気味の悪いやっちゃ」
うげ、神様でも正体不明のヤバい存在なのか……。いつかぶん殴ってやりたいと思ってたけど、到底そんな機会は得られそうにないな。
「ほんま、わいもいつか引っ叩いてやりたいのう。別の世界から適当に色んな人間を送り込んできてめちゃくちゃさせよる。迷惑なやつやで」
神様的にも腹立つ存在なんだなあ。なんか同志が見つかってうれしいぞ。
「ほな、こんなところで失礼させてもらうわ。ほんまの目的は他の商人とのつなぎやろ? 邪魔してすまんかったな」
「いえ、とんでもございません。ひさしぶりにご尊顔を拝する機会を得まして大変光栄でしたわ」
「そう言ってもらえるとうれしいのう。邪魔した詫びに、なんや融通するよう神官どもには伝えとくわ」
「まあ、それは大変ありがたいことで」
メルカト様はサルタナさんと一通り言葉を交わすと席を立った。部屋を出る直前、思い出したようにわたしに話しかけてくる。
「そうや、お嬢ちゃんのその服、霊素やら魔素やら吸ってなんかおかしなことになってるで。なんや上手く説明できへんけど、気ぃつけてな」
いや、去り際にそういうおっかないこと言い残さないでほしいんですけど……。




